私って暗殺者だよね?
息の白さも隠さなくてはならない夜、私は姫様が惚けたように見上げるその満月に影を落とさず窓から参上した。無表情で窓の机にニンニンとしていたら姫様がじーっと冷めた目で睨んできた。それで私は思わず白い吐息を姫様に漏らしてしまった。そのややムッとした顔に。
「邪魔。早くそこから下りてちょうだい」
「あっ、はっ!」
私は最近読んだ小説の忍者のようにシュッとバッと着地、姫様にひざまずいて敬意を表した。しかしまだ姫様が曇ったお顔をなさって、そうか!っと私は姫様の肘を丁寧に持ち上げて窓の机に置いた。そういえばさっきも頬杖をしていたようないなかったような。ここに気づくとはさすが私。そう満足げに頷いていると姫様は溜息をついて、呆れた様子で言いました。
「なんかちょっと浮かれてる? あなたホントに暗殺者?」
「忍!」
「ニン??」
「はっ!」
「……」
「ごほん」
ここ数年、主人から休暇を頂いていたから気が抜けてしまった。いけない、ちゃんと心を引き締めて仕事に集中しなければ。私は火遁剛火球の術の印をやめて、静かな面持ちにした。
「あなたを呼んだのは他でもないわ。最近、隣国のボルレンの王が変わって、我が国レンドールに敵対的な姿勢を取っているのは知ってるわね。この前の会談でもその体制は変わらず、父上も考えを変えたんだって」
「なるほど」
休暇中はパン屋で働いてこっそりと騎士団長の部屋に耳を立てていた私の情報の通りだろう。石炭の関税を下げなければ国境に軍を派遣するとボルレン王は脅してきたらしい。なんて恐ろしい王だろうか。昨晩これを聞いたばかりだったので今日は三十枚ほどパンを焦がして店長に叱られた。姫様の話からもここは一つ、隣国を黙らせようという策だろう――――そう、ボルレン王の暗殺を。
姫様に手渡しされたボルレン城構造やボルレン王の資料を読み込む。警備の薄い北の塔から入っていけばすぐに行けそうだ。久々の仕事、頑張るぞ。
「だから命じるわ。ボルレン王子、クロノスさんの恋愛事情を調べてきなさい!」
「はい、任してください。必ずあの悪しき王の首を取ってみせま――――え?」
姫様は「きゃー! 言っちゃったー!」と赤らんだ頬に手をあててツインテールを揺らした。その尖端が私の鼻の前を右往左往して、くしゃみがでそうになった。私、風邪ひいてるのかな。ボルレン王子の恋愛事情?
「えっと、姫様。何かの聞き間違えかもしれません。確認ですが、ボルレン王の暗殺……ですよね?」
「違うわ。何度も言わせないで、ボルレン王子の好きなタイプとか、食べ物とか、休日はなにしてるとか……あ、あと、あたしのこととかぁ? いや、やっぱこれはいい!」
姫様は「そ、そんなわけないよね。で、でも?」と期待と妄想に膨らんだ頬に手をあてながらツインテールを揺らした。それが鞭のように私の顔をビンタするも、まだ夢は覚めそうにない。ボルレン王子の好きなタイプ?
戸惑いを隠せず改めて資料を読んで、姫様の女の子過ぎるニヤニヤした顔から目を逸らすも、資料の大半はボルレン王子のことばかりだった。『○月×日、会談で王子と話した。真面目な感じだったけど、その目の奥にはどこか意味ありげな?』……妄想日記じゃねえか。思わず床に資料を叩きつけた。
「姫様、主は本当に私を要請したんですか。何かの間違いでは」
「間違い? 父上がどうしたの? ああ、父上は何も依頼してないわ」
「では姫様の勘違いでしたね。わかりました。では」
「待て待って、勘違いじゃないって。私の依頼だから頼んだわよ」
「ええ……」
私が「職権乱用では」と戸惑いを露わにすると姫様は「それがどうしたの?」と念を押すように妄想日記を押し付けてきた。主はどうして姫様に暗殺者の権限を与えたのか。私にもわからないので誰にもわからない。
「わかった? ちゃんと調べてきてよね」
「は、はい……」
私は資料を手に持って窓に上がった。やけに明るい満月が喧しい。せっかく暗殺装束を新しく縫ったのに使わないのか。ボルレン王を暗殺するときの決め台詞だって三十個くらい考えたのに。私がそうがっかり肩を下ろして窓からぶら下がって下りようとすると姫様が平気な顔で
「あ、邪魔な女がいたら殺っちゃっていいから」
と言ってきて驚いた。驚きのあまり窓から落ちた。ついでみたいな感じでどうでもいい暗殺の依頼するな。私はルンルンと鼻歌交じりに月を見上げ時めく姫様を見上げ、月を暗殺したくなった。
「はぁ……」
依頼内容は好きな男の恋愛事情。あれ、私暗殺者だよね?
――あとがき――
勢いで書いているので先の展開はあまり決まってない。ぼちぼち適当にやっていったほうが筆が乗るときもあるもので。