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シンゴ(7)

 麻生が言った通り、小一時間でベースに到着した。

アサカは初めて車に乗ったせいか、車酔いになってしまっているようだ。顔色が少し悪く、ぐったりとしてシンゴにもたれかかっていた。

 麻生に言われるまでもなく、この建物がベースであることをシンゴは察することが出来た。

工業地帯のような雑多な雰囲気を醸し出している場所に佇む、その場に不似合いな小奇麗な建物は、嫌でも目に付く。

車が建物の入り口の前で停まり、降りろという指示があったので、アサカの手を曳いて車から降りる。

「ついて来い」

 運転手は恐らく車を駐車場に停めに行ったのだろう、麻生だけが車から降りてシンゴとアサカを先導した。

 この建物の出で立ちを見れば、彼等が本当に政府組織に属しているらしいことが自ずと理解できた。どうやら厳重に警備されているらしく、あちらこちらに警備員が立っている。

 麻生の後ろについて歩いているだけだが、麻生はある程度進む度に身分証を警備員に提示している。どうしてこの施設をこんなにも厳重に警備しなければならないのかが、未だにシンゴはピンと来なかった。

 建物の中は外観と同じく、綺麗なものだった。本当に病院のような施設だ。いや、病院と研究所みたいなものが同化しているといった方が相応しいだろう。

 五階立ての様々な棟に区切られた、横長な施設である。シンゴ達が連れて行かれたのは、最上階である五階にある一室だった。

 麻生はその部屋の前で立ち止まり、ドアの横にある機械――生体認証のためのものだろう――に手をかざしてドアを開けると、シンゴ達に部屋の前で待っているように告げ、一人で部屋の中へと消えていった。麻生を中に入れると、ドアは仰々しい音を立ててロックされた。

 長く伸びる廊下の端に取り残されたシンゴとアサカは、急に心細さを感じた。

 シンゴはアサカのことが心配になり、彼女の様子を窺った。アサカもまた、シンゴの様子を窺おうとしていたらしく、顔を目一杯上げて、シンゴを見つめていた。その表情から、必死に不安を打ち消そうとしていることが分かった。

「大丈夫だ」

 シンゴは小さな声でそう囁いてやることしか出来なかった。そして、そのことで自分の中にある不安も消えてしまえばいいと思った。

 ここまで来たら、もう逃げ出すことは出来ない。もしかしたら、足を踏み入れてはならないところに来てしまったのかもしれない。すでに、何もかも取り返しのつかないことになってしまっているのかもしれない。

 目の前にある大きな扉の先にあるのは、天国か、地獄か。この扉の向こうで、最後の審判が行われる。シンゴにはそんな風に思われた。

 アサカの手を握る右手に無意識に力がこもる。その手が汗ばんでいることが、アサカはもちろん、シンゴ自身も分かった。アサカがその手を黙って強く握り返す。それだけで、シンゴは安心することが出来た。こんなか弱い少女に守られていることを思うと、少し情けなくなった。

 

 しばらくすると、ドアの隙間から麻生がひょこっと顔を覗かせた。

「入れ」

 麻生はそう言うとすぐに顔を引っ込めた。ドアが閉まらないよう、手で支えてくれているようだ。シンゴはアサカを先に入れ、その後に続いた。

 その部屋は、だだっ広い会議室のようなところだった。円形の大きなテーブルが中央に置かれ、その周りを座り心地の良さそうな椅子が取り囲んでいる。

 もちろん、その椅子には人が座っていた。特にシンゴの目を引いたのは、白衣を着た者達だった。十人くらいはいるだろうか。

 それだけではない。白衣を着ているのは少数派で、殆どのものがスーツに身を包んでいる。麻生と同様に黒いスーツを着た者が半分くらいだ。総勢三十人程度の人間が、薄暗い部屋の中にひしめき合っていた。

 突然そんな大勢の前に引っ張り出されて、驚かない者はいないだろう。大の大人とも言えるシンゴが驚くのだから、アサカに至ってはその比ではない。部屋に入ってこの様子を目にした途端、シンゴの腕にしがみ付き、背後に回って隠れてしまった。見ると、今にも泣き出しそうな顔で辺りを見回している。シンゴは背後に手を回して、アサカの肩を掴むと、しっかりと引き寄せた。

「臨床試験対象者、識別番号二〇三、櫻田シンゴです」

 麻生がシンゴの前で、堂々とした口調で言い放った。先程まで見せていた、怠けたような態度は何処にも見つけられない。背筋をピンと伸ばした麻生は、まるで別人のようだ。

 ――臨床試験? 識別番号?

 状況が全く把握出来ていない上に、そんな言葉が次々と飛び込んでくれば、混乱するに決まっている。

「君が、櫻田シンゴ君で間違いなんだね?」

 円形のテーブルに座っているスーツを着た中年男の一人が、シンゴにそう尋ねてきた。

「……あぁ」

 シンゴは訳が分からないまま、ぶっきらぼうに答えた。すると、麻生が横から口を挟んできた。

「おい、口を慎め」

 こうも変わられると、もはや別人であるとしか思えない。ふざけたようにしか見えなった細い目は、ただ鋭く光っていた。

「初めまして、櫻田君。私はこのベースの最高責任者の倉田という者だ。よろしく」

 シンゴはその挨拶を返す気になれるはずもなく、ただの中年サラリーマンにしか見えないその倉田という男を、思い切り睨み付けた。麻生はそんなシンゴを睨んでいる。

 倉田は微かに笑みを溢しながら、「そんな怖い顔をしなくてもいい……と、言ったところで無駄か」と言うと、空席を手で指し示しながら言った。

「とりあえず、そこに座りなさい。お嬢ちゃんも」

 早く行けと麻生が横から急かす。その声に引きずられるようにして、シンゴはアサカと共に椅子に腰掛けた。


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