シュウジ(1)
その人物の名を耳にした瞬間、ワタルの鼓動がドクドクと震えるように高鳴り始めた。
さっきから懸念していたことが、現実になろうとしている。否、まだそう決まったわけではない。シュウジのことだと言っただけじゃないか。何も心配することはない。
――そう思ってはいても、鼓動は早まる一方で、手の平や背中には嫌な汗が滲み出てくる。汗の出てくるじっとりとした感覚が余計に不快感を煽る。
「麻生さんが何で、シュウジさんのこと……知ってるんだ?」
様々な感情が渦巻き、頭が混乱しそうになってはいたが、それでもワタルは気付いた。
麻生にグループのことを話はしても、シュウジの名前は一度も出していなかったということに。
――互いに、もう言い逃れは出来ない状況が揃ってしまっている。もうこの先の行動を考えるための時間はない。否、目を背け、現実から逃げ回るための時間だ。
ワタルがまた迷いだしては話にならない。そう考えた末の麻生の策略であるとも言えた。この一言でワタルがどれ程衝撃を受けるのか、麻生は勿論考えてはいた。しかし、それを顧みている場合ではない。覚悟を決めたという彼に、これ以上の猶予は与えられない上に、与える必要もないのだ。そして、麻生は更にワタルにとって残酷な現実を突きつけるべく、言葉を浴びせる。
「シュウジは俺の部下だからな。お前がシュウジと知り合う前から、あいつのことは知っている」
――何も言葉が出ない。麻生の言っている言葉の意味が、まるで理解出来ない。頭が真っ白になるというのはまさにこのことかというほどに、ワタルの脳内には何一つ浮かんではこなかった。
「ちょっと待ってくれよ」
「いや、もう待たない。俺が今から話すことは全て真実だ。お前にそれを疑う権利はない。嘘なんかじゃなく、全て本当のことなんだからな」
「ふざけんな、聞きたくねえよ! そんなこと! 嘘だろ、シュウジさんが……」
何もない頭の中に強引に投げかけられる麻生の言葉が無性に残酷に感じられ、ワタルは声を荒げた。しかし、混乱ゆえに自分の発言にさえ自信が持てなくなり、その声は徐々に小さく悲しい声へ変わっていった。
ワタルがそんな混乱を抱えていることを容易に察した麻生は、彼を威圧するかのように語気を強めてまくしたてるように言う。
「いいか、よく聞け。俺がユウコさん……例の研究者の人だ。彼女とNSOの一員に任命され、それぞれの任務に就いたのが五年前。俺が十八の時だ。それから俺は探索係の指揮者として精力的に働いた。元々キャリアのない俺のどん底の経験は、ぬくぬくと育った人間ばかりの組織の中で重宝された。そういう情報は、臨床試験対象者を選別する組織にとって欠かせないものでもあったからな。
そういった背景もあって、俺はこの地域の人選の責任者に選ばれた。俺もこの近辺を縄張りにしてたからな。最初は俺の知り合いだった数人を紹介していった。でも、知り合いなんか元から少なかったからな、すぐに誰もいなくなったよ。さて、これからどうしようかってときに、シュウジと知り合ったんだ」
麻生がそうして語り始めた時には、ワタルはさっきまでの混乱を落ち着かせ、更にそれを収めるためにも麻生の話に慎重に耳を傾けていた。
拒んでも仕方ない。そう心の中で言い聞かせ、ワタルは懸命に麻生の話に意識を集中させた。