シンゴ(5)
「どういうことだ」
当然の反応だな、と麻生は口元を歪ませながら呟き、更に続けた。
「お前は、この社会に絶望しているか?」
唐突に、麻生はシンゴに尋ねた。
「当たり前だろう。お前らが本当に政府の奴らなら、一体毎日何をしているのか、問いただしたいね」
「ごもっともだね。俺も聞きたいよ」
乾いた笑みを浮かべながら、麻生が言う。後ろに控えている男が、わざとらしい咳払いをした。しかし、麻生はそれを一つも気にしていないようだ。
「この情勢については、俺達の管轄じゃないからどうしようもないんだけどね。でも、俺達は何もしていないわけじゃない」
全く話が見えてこない。説明するつもりなどなく、自己満足のために語っているかのようだ。麻生のそんな調子のせいで、みるみるシンゴの苛立ちは募っていく。
「今の気分はどうだ?」
「ふざけてんのか」
シンゴは低い声で反抗してみせた。いい加減、この男には付き合ってられない。麻生は相変わらずにやにやしながら、シンゴを見ている。
「ふざけてるつもりはないんだけどなぁ。まぁ見るからに気分は最悪ってとこかな? うん、そりゃあそうだろうな」
人を馬鹿にしたような笑顔で、麻生は言う。そして、スーツの胸ポケットに手を突っ込んだ。
まさか。シンゴは最悪の事態を予想した。胸ポケットから銃が出てこないとは言えない。後ろに一歩飛び退くようにすると、麻生は呆気にとられたような顔をした。
「おいおい、そんな身構えなくても銃なんか出てこねーって」
そう言って麻生が取り出したのは、煙草とライターだった。
「おい、お前、勤務中だぞ! しかも重要な任務中に……何を考えてるんだ」
麻生を非難するそんな声が、あちこちから沸いた。
「いいじゃん。一本だけ。手持ち無沙汰でさ」
麻生は何を鑑みることなく、煙草に火をつけた。周りからは大きなため息が聞こえてくる。周りの連中は、ほとほと麻生に呆れているようだ。
麻生は白い煙を卑しく歪んだ口元から吐き出した。
「とにかくだな」
麻生は狐のような細い目でシンゴを見据えた。奥の見えないその瞳に、言い知れぬ恐怖に似た感情を覚える。
「お前は俺達に選ばれたことで、その最悪な気分から脱せる。どうだ、最高だろ?」
「意味が分からないぞ。ちゃんと説明しろ」
麻生はにやりと笑うだけで、それから何も話そうとはせず、煙草を吸っているだけだった。妙な間を作る麻生に対し、更に苛立ちが増す。
「とにかく、まずお前らが政府組織の奴らである証拠がないだろう。証拠を見せてみろ」
「あぁん? 証拠ねぇ。見せたところで信用しねぇくせによ……」
「いいから、あるなら見せろ。話はそれからだろう」
はいはい、と麻生は二つ返事をしてごそごそとポケットを漁り始めた。「あれ、どこにやったっけなー……」と、ぼそぼそと呟いている声に気付いたのか、麻生の後方に控えていた男がため息をつきながら一歩こちらに近付き、警察手帳のようなものをシンゴの眼前に突き出してみせた。
「政府組織、国民安全管理部、通称NSO。その証明書だ」
シンゴは突き付けられた手帳を男からひったくると、それをまじまじと見つめた。
本物のように見える。国家政府の認定印が右下に押されている。じっくりと観察しているシンゴの視界の中に、白い物がちらついた。男が一枚の紙切れをシンゴに差し出している。
「そしてこれが、君を実験体とする認定書だ」
「実験体?」
シンゴはその一言を聞き逃すことが出来ず、そしてその言葉の意味を理解することも出来なかったために、その言葉をただ繰り返した。
「だから、君は選ばれたんだよ」
再び麻生が口を開いた。鬱陶しく語尾を伸ばすその話し方が、シンゴの苛立ちの原因の一つになっているのかもしれない。
足元に落とした煙草の吸殻を踏みにじると、麻生は再び前列に立った。家のドアの前に立っている連中も、いつの間にかこちらの様子を窺っている。
「意味が分かんねーって」
「とにかくだ。話の続きは俺達についてきてもらってからだ」
シンゴは異議を唱えようとしたが、それは叶わなかった。
麻生が手を差し込んでいるスーツから、銃のグリップ部分が顔を覗かせていたからだ。それを目にした途端、シンゴの体は凍りついてしまったかのように動かなくなった。
「大人しく、ついてきてくれるな? こっちもお前をここで手放すわけにはいかないんだ」
麻生の口調は、先程までのふざけたものとは程遠いものだった。地を這うような低い声に載せられた威圧感が、シンゴの足元から頭の先まで絡み付いてくるようだ。
「どうした。もう一度聞くぞ。大人しく、ついてきてくれるな?」
麻生は同じ声色で同じ台詞を吐き出した。