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ワタル 2(8)

「お前、覚悟は出来てるのか?」

 ワタルの顔にクエスチョンマークが現れる。

「覚悟って……」思わず間の抜けた疑問が口から漏れ出す。

 麻生が呆れたような、蔑むような顔でワタルとリサを見る。「あのなぁ……」と、麻生が溜め息混じりに話し始めた。

「お前には言っただろ。俺が国家機密に関わってたって」

「ちょっと、国家機密って何よ。嘘でしょ?」

 リサの顔色が一変する。今まで麻生の素性についてほとんど何も聞かされていなかったのだから無理もない。

 ワタルが気まぐれで助けた人間が国家機密に関わっていたなど、そんな作り話のような話がありえるわけがない。そう思いながらも、麻生がリサやワタルがどれだけ探しても見つけ出すことの出来なかったシンゴやアサカの行方を知っていたことから、そんな馬鹿みたいに思えるような話もありえるのではないかと思えてくる。

 しかしやはり信じがたい事実であることに変わりはなく、反論と疑問をぶつけたくなる。様々な感情のジレンマに呑まれ、結局リサは何も言うことが出来なかった。

「残念ながら嘘じゃない。それを証明するために俺の経験を語ってやることも出来るが、何も知らないまま、それに関わる覚悟もないままのお前らに全てを語ることは出来ない。だからこそ聞く。お前らに覚悟はあるのか。アサカを助けるために、国家機密に関わり、最悪の場合、命を投げ捨てることになるかもしれない。それでもいいのかってな」

 そう言いながら麻生は、いつか自分が似たような言葉を投げかけられたことを思い出していた。そして、その言葉を告げた人物のことが自ずと思い出される。

 過去が頭の中に霧のように立ち込めてくる。ぼんやりと、目を細めなければ見えない遠くの景色のように浮かんでは、また霞んで消えていく。

「俺は……死にたくない。絶対に」

 三者が淀んだ沈黙の中で各々の思考を巡らせている中、ワタルがその沈黙を文字通り切り裂くように言った。その声には覚悟を決めた鋭さが宿っていた。

「死ぬわけにはいかない。絶対に。俺には守らないとならない奴が大勢いるんだ」

「守らないとならない奴ってのは?」

 麻生はそう言いながら、横目でリサを見る。その視線に気付いたリサと麻生の視線が一瞬だけぶつかり、彼女の表情が強張る。

「勿論、リサもその一人だ。でもそれだけじゃない。俺にはチームの仲間がいるからな。俺はそいつらのために生きていかないといけないんだよ。何があってもな」

 凛とした口振りでしっかりと話すワタルを見る麻生の目は、余りにも冷ややかなものだった。覚悟があるのかと訊ねておいて、その答えを聞いても麻生が釈然としない表情を浮かべていることに、リサは気付いていた。その違和感に、背筋が冷たくなるような感覚を覚える。そして、ワタルもこの空間に満ちている違和感に気付いた。

「何だよ……何か文句でもあるのか?」

「いや、文句はないが疑問がな」

 空気が、更に凍て付く。時が止まったような、完全な沈黙。

「疑問って?」

 沈黙に耐えかねたリサがかすれた声で訊ねた。麻生の眉がその声に反応してぴくりと動く。

「聞きたいか?」

「何で焦らすんだよ。答えを焦らすことはあっても、質問を焦らすことはねーだろ」

 ワタルが出来うる限り冷静な口振りで言い放つ。しかし、その声はかすかに震えていた。そのわずかな動揺を麻生は見逃さない。眉根を寄せて、真剣な顔でリサとワタルを見つめる。

「質問の内容によっちゃ、相手にとってそれが答えになりうることもある。そうでなくても、相手に大きな精神的ダメージを与えることだってある。そんな経験ないか? 例えば、悪戯したときに、誰がやったんですか? って聞かれただけでドキドキするだろ。そんな感じだ。

 俺が今から言おうとしてる疑問は、お前らに多かれ少なかれダメージを与える。それは間違いない」

 回りくどい言い回しばかりの麻生にさすがに苛立ちを感じたワタルが、小さく舌打ちする。

「いいから言えよ! 覚悟は出来てんだよ! もう能書きはいらない。後は進むしかねーんだから!」

 きつく握り締めた拳が、震える。

 指先が、手のひらに食い込む。

 背中に冷たい汗が滲む。

 リサは祈るようにして瞳を閉じ、二人の言葉の応酬に耳を傾けているだけだった。もう、何も言えやしない。何を言ったところで、どう足掻いたところで、ワタルの言うとおり、もう進むしかないのだ。そのための覚悟をしなければならない。無意識に身体が強張る。

――お願いだから。もういいから。私達を先に進ませてよ!

そう叫びたいのに、声が出なかった。

「分かった。じゃあ聞こう」

 僅かな沈黙の中、視線だけでの攻防をワタルと繰り広げた後、麻生が大きな溜め息を吐き出したながら言った。

 ――緊張感が空間を支配する。

張り詰めた糸が限界まで引き伸ばされており、何かの拍子ですぐにでもプツンと容易く切れてしまいそうな、危うげな空気。そんな中にワタルとリサは放り込まれた。その空間の支配者は、目の前にいる一人の男。気まぐれな悪魔のような男。彼が、ゆっくりと口を開く。

「お前がそれだけ思って守っている連中……本当に信頼に値するのか?」

 プツン、と音がしたように感じた瞬間、リサの隣に座っていたワタルが突然立ち上がり、麻生に掴みかかった。

「ワタル!」

 何故かは分からない。本当ならば、麻生など庇おうとも思わない。リサにとって庇うべきはいつもワタルなのだから。それなのに、今は違う。

麻生の言葉を遮ってはならない――!

ただ、そう感じたが故の行動だった。

 麻生に向かって振りかざされた拳を止めるため、リサは咄嗟にワタルの腕にしがみついた。その行動に最も驚いたのは、無論ワタルだった。

「リサ! 何だよ、何で止めるんだよ? こいつ、みんなのこと馬鹿にしやがったんだぞ! 俺達の絆を馬鹿にしやがったんだ!」

「落ち着きなさいよ、ワタル! 今は麻生さんの話を聞かないと、何処にも進めないって分からないの?」

 リサの言葉を聞いても、ワタルの目に映る怒りの色は収まりそうにない。

 麻生は目の前に迫るワタルの怒りに満ちた拳を見ても、全く動じる様子はない。冷徹なまでの視線を拳に注いでいる。

「リサの言うとおりだ。ほんと、血の気が多いのは大歓迎だが、さすがにここまでだと歓迎しがたいな……。とにかく、落ち着いて俺の話を聞け。全部聞かせてやるから。もうああだこうだ言ってんのも面倒くさくなってきたからな……なるようになれだ」

 麻生がそう言うのを聞いて、ようやくワタルは少しだけ冷静さを取り戻した。一方のリサは安心すると共に、呆れ果てた。

「何よ、それ……結局言うんだったら、余計なこと言わずにさっさと言ってくれればよかったのに」

 悪いな、俺は気分屋なんだ、と謝る気があるのかないのか分からない、曖昧な返事をいつもの皮肉じみた笑顔で言った。

「分かったから、さっさと話してくれよ。あんたが知ってること、全部まとめてな」



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