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ワタル2 (7)

 ひとまず自宅へと帰り、再び話し合いの場を設けることとなった。この頃になると取り乱していたリサも落ち着き、普段の冷静なリサへ戻っていた。

そこでようやく彼女は麻生と向き合うことが出来るようになった。と言っても本当に信用したわけではないらしく、その目にはまだ疑念が窺えた。麻生もそれに気付いてはいたものの相手にはしなかった。女というのは総じて疑り深い生き物なのだからという、一種の諦めによるものだったが。

「さ、まぁお互い正式に協力しようってことになったわけだし、改めてよろしく、麻生さん」

「正式にって……別に契約書にサインしたわけでもないのに、そんな安請け合いしていいのか? また嫁に叱られるぞ、お前」

 呆れたような表情を浮かべてはいるものの、麻生の口元には冷やかすような嫌な笑みが見受けられた。照れ隠しからか、ただの怒りからかは分からないがリサが語気を強めて言った。

「ちょっと、人を馬鹿にすんのもいい加減にしてよ」

 リサが鋭い目で麻生を睨む。しかし、当の麻生は余裕の笑みを浮かべていた。

「そうやって俺にやけに突っかかってくるところも、そのものの言い様もシンゴに似てるよなぁ。このへんのガキどもは皆こんなに活きがいいもんなのか?」

 いかにも楽しそうな口調で笑いながらシンゴのことを口にした麻生を見ると、少しふっきれたようにも思える。ワタルの言葉で麻生の中の何かが変わったのかもしれない。

「ねぇ」と小さな声で、にやにやと笑ったままの麻生にリサが声をかけた。

「本当に……シンゴのこと知ってるんだ?」

「だから、何回言ったら分かるんだよ。ていうか、何て言えば納得するんだ? さすがにこんな後味の悪い冗談を言う趣味はないんだけどな。それが俺のこの人柄の良さから分からないか?」

 麻生が肩をすくめながら言うと、ワタルが彼の横腹を肘でちょんと小突いた。一方のリサは困ったような表情を浮かべてはいるものの、その瞳に宿る光は静かな怒りをもって麻生を射抜いていた。ワタルは麻生の耳元で苦い顔をしながら囁いた。

「そうやって茶化すから駄目なんだって。リサは冗談の類に弱いんだよ。余り理解がないんだ」

 麻生を睨んでいた鋭い目がワタルにも向けられた。

「今は冗談言ってる場合じゃないでしょ? だから嫌なだけ! 理解がないのはワタルでしょ? いっつもへらへらしてさ、イライラするの。麻生さんだってそんな感じだし……先が思いやられるわよ……」

 二人に挟まれた麻生がやれやれと言うように両手を挙げる。そしてその手を他の二人の肩へ置いた。

「お前らが喧嘩したら元も子もねぇだろうが。俺は別にお前らに喧嘩売ろうってわけじゃないし、今更決別するような気もない。それだけは約束するよ。ただ、俺がこういう性格でいらないことを言ってしまうのは仕方ないことだと思って、目を瞑ってくれよ。お前達の広い心でさ。俺はお前らに何を言われようが基本的には構わん。海のように広い心の持ち主だからな」

 ワタルは懲りることなく軽口を叩く麻生の一連の言葉を無視して、新たに話題を切り出した。

「なぁ麻生さん、こうして協力しようってなったからには、あんたが持ってる情報、俺達に全部提供してくれるんだよな?」

 ワタルの表情は明るかった。今まで何も見えなかった道のりに、明るい光が一面に差し込んできたようなものだ。これでもう苦労することもないだろうと、そう思わずにはいられないというのがワタルの正直な思いだった。

 しかし、そんなワタルとは引き換えに麻生の表情は芳しくなかった。腕を組み、眉間に一筋の皴を寄せている。

「麻生さん?」不安を感じたワタルが声をかける。

「何、今更協力できないとか言うつもりじゃないでしょうね?」

 リサが棘のある口調で問い詰める。すると、麻生が急に重くなった口を開いた。低い落ち着きのある声が吐息と共に漏れる。

「いや……協力させたくないんだ」

「どういうことだよ。協力してくれって頼んでるのは俺達だぞ?」

 一層深い溜め息が、麻生の口から吐き出された。その中には後悔と執念と、憎悪が込められていた。一見、力ないように見える彼だが、よく見ると彼の拳は骨が筋張って浮き上がるほどに、力が込められていた。なかなか言葉を語ろうとしない麻生を見かねて、ワタルが声をかけた。

「頼むよ、麻生さん。俺達はアサカちゃんを助けたい。そして、シンゴの死の真相を知りたい。どうしてそんなことになってしまったのか……それを知らずにアサカちゃんを助けることは出来ないと思うんだ。これは完全な俺の勘で、根拠のない考えだけど……だから、教えてくれ、麻生さん。これは俺達の希望だ。麻生さんのわがままとかじゃないから」

「お前……ほんと何処までいい奴だよ。もし俺の話を全部聞いたらお前の人格、崩壊するかもしんねぇぞ?」

「それでもいいよ。俺は知りたいんだ。ただの好奇心とかじゃない。これは俺の義務なんだ。もう逃げ出しちゃいけない。もう、逃げ出したくないんだ。自分自身の弱さを言い訳にはしたくないんだよ」

 このときワタルは、最後に見たシンゴの姿を思い出していた。謝る言葉と、優しい笑顔。彼の優しい人柄が前面に押し出されているように思える瞬間だった。そのシンゴの優しさが、今もなおワタルを苦しませている。自分の弱さをシンゴとシュウジによって改めて突き付けられたのだ。自分には、何も出来ないのだとワタルはあのとき実感した。

 だからこそ、今は諦められない。何があったとしても、アサカを助け出さなければならない。そんな一種の使命感のようなものが、シンゴをただひたすらに突き動かしていた。

 ――自分は強くなった。それを証明するためにも、ワタルは麻生に食い下がる。

「俺はあいつの唯一の親友なんだよ。あいつを助けられるのは俺だけだ。俺があいつの願いを聞き入れなきゃならない。初めて会ったときから、俺達は助け合ってきたんだ。俺は、あいつを裏切ったりはしない。絶対に助けてやる。シンゴも、アサカちゃんも」

 何とかそう答えるが、喉の奥が震えている。強気でいなければ、何も言えなくなってしまいそうだった。


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