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ワタル 2(2)

 ほぼ間隔をあけることなく、三人は向かい合って座った。ワタルはそうして三人で同じ空間にいることに少し喜びを感じているようだった。元来、人懐っこい性格である彼は、新たな友人が出来るのが純粋に嬉しかったのだ。しかしリサにはそれが嫌でたまらなかった。本来踏み入れられてはならない領域を侵されているような感じがして、ひどく不愉快だった。自然と、眉根が寄る。肩をすぼませ、出来る限り麻生と物理的距離を取った。そんなことをしたところで気休めにしかならないが、今の彼女にはそんな気休めが必要だった。

 麻生はまず、ワタルとリサにとっては丸一日分に相当する量の食事を平らげた。よほど腹をすかせていたのだろう。これにはさすがのワタルも眉をひそめたが、まぁ無理もないだろうと思い、見逃してやることにした。皆、助け合って生きていかなければならないんだ。人に冷たくしたって、自分がいざ助けて欲しくなった時に助けてもらえなくなってしまうのだから。人に情けをかけて悪いことはない。そう思って、自制した。

 一方のリサは、苛立っていた。自分達が苦労して手に入れた食糧をこうも簡単に平らげられてしまうのは、とても見逃せない。それなのに、ワタルは相変わらず、麻生に何も言おうとはしない。――私が言うしかないのか。いざとなったら、きっとワタルが守ってくれる。そう覚悟して、リサは唇をなめた。

「ちょっと」

 その声に麻生とワタルの双方がはっとした。二人は仲睦ましげに、食後の団欒を楽しんでいるところだった。リサはそんな輪の中から、あえて離れていた。

「悪い、食事のことか」

「分かってるなら、少しぐらい遠慮してみたらどうなの」

 麻生は気付いていた。食べ物を口に運んでいる間中、彼女がずっと恨めしそうにその様子を見ていたことを。だが、あえて気付かないふりをしたのだ。こっちだって腹が減って死にそうだったのだから。

「まぁ君の言うとおりなんだけど……自分でも信じられないくらい腹が減っててさ。とても遠慮なんて出来なかった。出来るならもちろんしたかったが……君らの暮らしがどんなものなのかさっき聞いていたし、俺も十分理解してる。本当に申し訳ない」

「あなたに分かるわけないでしょう? 私たちの苦労が! ふざけないで。本当に分かってるなら、こんなことするはずないわよ!」

「おい、リサ。落ち着け。なに興奮してるんだよ」

「ちょっと黙ってて。もうあんたに任せてられない」

 リサは真っ黒な瞳で麻生を睨み付けながら、ワタルの方には目もくれずに言い放った。

「麻生さん。あなた、私達に何が出来るんですか? 何も出来ないでしょう? 何も持ってないんでしょう? 私達とあなたは、何の縁もない。助ける義理もないんです。それなのに、助けてもらうだけ助けてもらって、申し訳ないの一言で納得できるわけがないでしょう? ふざけないで下さい」

 麻生はリサが思った以上に冷静だった。出来損ないの人間ならば逆上されてもおかしくない。たったこれだけのことで殺されてしまうことだってありえる世の中だ。リサの心臓はその恐れゆえに縮こまっていた。ドクンドクンと脈打つたびに、心臓が痛んだ。その痛みを鎮めようと、自分を落ち着かせるために胸に手を当てた。しかし、知らず知らずのうちに手に力が入り、服の胸元を握り締めることになった。

「要は……何か礼が必要だってことだな?」

 その言葉を聞いたリサの頭に、かっと血が上った。さっきまで心臓の周りでたむろしていた血液が一息に集結した。

「そんなんじゃないっての! ふざけてんの?」

「俺は何も持っていないわけじゃない。俺の情報量は、確実にお前らの上をいくものだ」

 情報量――。

「麻生さん」

「ちょっとワタル、口出さないでって言ってるでしょ?」

「お前こそちょっと黙ってろ」

 ワタルが大人びた口調で、リサを制する。余り見ることのない彼の雰囲気が放つ威圧感に気圧され、リサは何も言えなくなった。

 麻生もその雰囲気の変化を敏感に感じ取っていた。ワタルの変化に伴い、麻生までもが変わった。

「何か、知りたいことでもあるのか」

 麻生の朗らかな口調が一変し、鋭いものになった。低い、落ち着いた声。

「いや、別に……いくら情報量が多いからって、さすがにこの界隈のことに詳しいってわけじゃないだろうし」

 言いかけて、ワタルは躊躇した。

 未だにシンゴのことは気になっている。シンゴの隣人である飯田カヨとも、定期的に情報を交換し合っている。そこからいくつかのことが明らかになってきている。それを麻生の持つという情報に照らし合わせれば、更に何か分かるかもしれない。シンゴの行方に、もう一歩近付くことが出来るかもしれない。

 そう思ったが、途端に麻生にそれを尋ねる勇気がなくなった。麻生が知っている保障は何処にもないし、知らないという可能性の方が高い。そしてまた落胆するのだ。

 ――もう、シンゴの行方は最後まで分からないままかもしれない。

 そんな諦観がワタルの中にはびこっていた。

「確かにここら辺のことには余り詳しくないが……ものによるな。あと、俺が言えるのは二ヶ月前までの情報までだ。それ以降のことは何も知らない」

 二カ月前まで……十分だ。シンゴが姿を消したのは、もうかれこれ一年近く前になる。

「麻生さんが詳しいのは、どんな情報なんだ?」

「先にそれを言うわけにはいかないな。質問されたことに対してしか答えない」

「分かった」

「ワタル、もしかしてシンゴのこと、この人に聞くつもりなの? 知ってるわけないじゃない。もう止めなよ」

「おい」

 突然、空気が凍りついたかのような緊張感が走った。表情らしい表情を浮かべない麻生の表情が急に険しくなった。いや、翳ったともいえるかもしれない。どちらにしろ、彼の全身から放たれる表情には、戸惑いが見て取れた。


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