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07 実家からの手紙

 婚約式を終えた翌朝、ヴェルファ家からサイラス・エルドラン卿の屋敷へ手紙が届いた。




 内容は予想どおり「どうぞどうぞうちの娘をよろしくお願いします」という内容で、わたしに対しては「サイラス様に失礼がないようにくれぐれも気をつけなさい」というものだった。




 話を通しておくとはいっていたが――どう考えても買収したとしか思えない。ヴェルファ家は経済面の援助を得る代わりに、長女を売り渡したのである。




「……あの馬鹿親……」




 わたしはぐしゃりと手紙を握りつぶした。


 いずれはお金持ちの男性のもとに嫁いで、実家への支援を求める役割を果たすことになると覚悟はしていたがあっという間に決まった結婚に戸惑う娘への配慮は欠片も存在しなかった。




 手紙の開封時にそばにいたレベッカは、醒めた眼差しをわたしに向けていたがお茶のご用意をいたします、と言って離れていてしまった。




「リーリエ、どうかしましたか」


「い、いえ……」




 にこやかに微笑むサイラス様はわたしの内心の動揺など考えてもいないだろう。見つめられるだけで動悸が激しくなり冷や汗が背中を伝う。




「あの……わたしがこの屋敷に来てそろそろ一週間ほどになるのですが……」


「ええ、本当にあっという間でしたね」




 わたしにとってはひどく長い体感だったのだが、サイラス様はそうではないらしい。




 レベッカが用意した紅茶を飲む姿も実に優雅で、貴族然としている。そうだった、騎士とはいえどもこのひとは伯爵家のひとなのだ。どうやら機嫌は悪くないようなのでおそるおそる、尋ねてみることにした。




「そろそろ……外出、させていただいても」


「駄目です」




 満面の笑みでサイラス様はすかさず言って来た。だが予想どおりではあった。いままでも何度か、外に出たい、実家に戻って家族の顔を見たい、といったような相談はしたのだが却下され続けている。そして理由は不明だ――なにせこのひとはなにも説明しようとしない。ただこの屋敷という名の牢獄にわたしを監禁している。


 監禁。


 言葉にするとひどく物騒に思えるのだが、この状況はそれに他ならないことにようやくわたしは気づいてしまった。レベッカはメイド兼監視役であり、常にわたしの行動を見張っている。世話も焼いてくれはしても心から信用することは難しい。




「せめてどうして外に出ては駄目なのか、教えていただけませんか」


「……危険だからです」


「はあ」




 何が危険なのかさっぱりわからない。


 この屋敷があるのは王都の貴族の邸宅がずらりと並ぶ地区であり、不審者が出入りできないように衛兵が常に歩き回っている。何か困ったことがあれば、すぐに飛んできて対処してくれるようになっていた。




「敵はどこに潜んでいるのかわかりません。せめてもう少し、態勢が整うまではこの屋敷の中でゆっくりしていてください」


「敵、とは……」




 わたしの疑問にまともに答える気はないようで、にこっと笑顔だけが返って来る。


 サイラス様がわたしの何を気に入って婚約を申し出たのかも不明だし、こうして監禁まがいの所業を当たり前のようにしていることが謎すぎて理解不能だった。むしろ普通に怖い。それは婚約者になった相手に抱くべき感情には程遠いものである。




「リーリエ、何か欲しいものはありませんか?」


「欲しい、もの……ですか」




 そして、わたしが困惑しているあいだにぱっと話題を変えてきた。


 ちなみにこの一週間のうちに部屋が埋まるほどのドレスを仕立屋が持って来て(しかもサイズがぴったりだった)、指輪に首飾りといった宝飾品の類が山のように届けられた。


 こんなにあっては首や指や腕が何本あっても足りない。




「もうたくさんいただいたので、お気持ちだけ……あっ」


「何かあるのですか」




 サイラス様が眸をきらりと輝かせた。どうやらわたしがものを強請るというのが嬉しいらしい。よくわからない感覚だ。




「その……いま家にいることが多いものですから、本が読みたいな、と」


「ええ、もちろん用意しましょう。欲しいジャンルやタイトル、作者などがあれば教えてください」




 わたしが告げた作者名を書き取ると、では、と言いおいて屋敷を足早に出て行ってしまった。


 久々の休みだと言っていたのにこのような使い走りのようなことをさせてしまったことに一抹の罪悪感をおぼえたが、サイラス様が嬉しそうだったのでよしとしよう。

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