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17 大人気の騎士団長様

「う……」


 いくらなんでも食べ過ぎた。

 気持ちが悪いとまではいかないが罪悪感がいっぱいで、胸が苦しいくらいだ。甘いものは好きな方だが、食べても食べても次のお皿が運ばれてくるという状況はさすがに困惑する。好きなものではあっても限度があるというものだ。


 そのあたり、サイラス様は規格外だった。


「酒の香りがいっそう甘さを引き立てますね……とても上品です」

「まあ! お褒めの言葉、ありがとうございます」


 店主らしき女性とにこやかに会話をしつつ、光の速さでお皿のケーキを平らげていく。対面でいるわたしとしては一種の出し物を見物しているようで面白くはあるのだが、お腹の調子がどうも怪しい。

 しばらくは甘いものは食べなくてもいいかな、という心境になりつつ、わたしはサイラス様がお店にある全種類のケーキを完食するのを見守った。さすがにこれには店内の女性客たちも引いているだろうと思ったのだけれど――。


「甘いものがお好きな男性って可愛らしくていいわね」

「見た目は精悍な顔立ちだというのにギャップ、とでもいうのかしら。やっぱり素敵なお方ね!」


 そろいもそろって美形の雰囲気に呑まれて正常な判断が下せていないようだ。それはまあ、わたしもおなじなので人様のことは言えない。


「リーリエ、本当にそれだけでいいのですか。もしよければお代わりなど」

「大丈夫です、もう本当にお腹がいっぱいなので」


 既に何度か繰り返したやりとりをしてから、わたしたちはようやくパティスリーを後にしたのだった。



 外の日差しが眩しい。まだ馬車が迎えに来るのには早い時間だった。


「リーリエは何か見たいものがありますか?」

「そうですね……何通か、お返事をしたい手紙があったので便箋が見たいなあ、と」


 エルドラン邸にも用意はあるのだが、あまりにも飾り気がないので出す相手によっては使うのを躊躇してしまう。相手が華美なものを使っている場合は特に……。


「それでは雑貨店にでも寄って行きましょうか。確かこの通り沿いにあった筈です。歩かせてしまって申し訳ありません」

「歩くのは好きだし慣れているのでお気になさらず!」


 それどころか腹ごなしにもなるので大歓迎である。


「あの」


 たた、と駆け寄って来た女性がサイラス様に熱を帯びたまなざしを向けた。


「近衛騎士団長のサイラス・エルドラン様でいらっしゃいますよね」

「ええ、そうですが」


 すると、近くにいた他の人々も足を止め一瞬でサイラスとついでにわたしを取り囲んだ。


「エルドラン卿だって⁉ 危険な巨大魔獣討伐をたったひとりで成し遂げたっていう」

「王子殿下からも信頼されているって聞いたぞ」

「そんな高貴な大英雄様がこんな場所に? なんてこった! ぜひご挨拶しなくては」


 ざわめきと興奮で取り囲まれ、わたしは呆気にとられた。ただサイラス様は慣れているようで「皆さん、落ち着いてください」と声掛けをしていた。だがその程度で収まるような状況でもなく、わたしたちを取り囲む輪はどんどん大きくなっているようだった。


「エルドラン卿にご支援いただいている孤児院の者です! 子供たちもエルドラン卿が大好きで、毎月来て下さるのを楽しみにしているんです」

「どうかうちの店に寄っていってください。新鮮な野菜を仕入れたんですよ」


 声を張り上げ、どうか視線をこちらにと願う人々からはサイラス様への好感がみちあふれている。まともに身動きが取れないほどに道を塞がれてしまっている。


「すみません、リーリエ」


 わたしにだけ聞こえるような小さな声でサイラス様は言った。歓声に掻き消されかけてはいたが大体何を言われたかぐらいは想像がつく。


「えぇっと、どうしましょうか。皆さんサイラス様にご挨拶したいみたいですし」


 無下にはできないだろう。サイラス様は基本的には人当たりもいいし優しいひとだ――というのは、このほぼ監禁生活でもわかっている。身分によって態度を変えたりもしない。だからこそこうして、取り囲まれてしまうほど好かれてもいるのだろう。

 わたしは大きく息を吸い込んで声を張り上げた。


「皆さん、此処ではお店の邪魔になりますので、噴水広場まで移動しましょう。そこでおひとりずつどうぞサイラス様とご歓談なさってください」

「リーリエ⁉ いったい何を……?」

「ひとまず二列に並んでください。それから移動しますね!」


 わたしの声にざわめきながらも従ってくれた。引率するかのようにぴっと片手を上げてサイラス様と噴水広場に向かって歩きはじめれば素直についてきてくれる。


「すごい、ですね」

「大売出しの手伝いとかしたことあるので……」


 賃金目当てでこっそり手伝い募集の張り紙を見て応募して、平民と名乗って列さばきの特訓を受けたことがあるのだ。雇ってくれた店主が気に入ってくれたのか、何度か使ってもらえたのでこの手の仕事は慣れている。


「サイラス様、こうしてお話しできて感激です……!」

「いえ、俺はそんなたいしたものじゃありませんよ」

「いいえっ、握手してください!」


 戸惑いながら差し出された手を握り返すと、女性は感極まった悲鳴を上げた。

 連鎖的に後ろに並んでいた人々も男女問わずわっと歓声を上げる。それを何回も繰り返し、列がはけたときには馬車の迎えを頼んでいた時間を大幅に超過していたのだった。


「お疲れさまでした」

「……はは、ありがとうございます」


 さすがのサイラス様も疲れたのか、馬車に揺られながら力なく笑っている。微笑みすぎて唇がけいれんしそうなのかもしれない。完璧な貴公子然とした姿しか日ごろは目にしていないから、ケーキの前にした時の喜びようといい、ファンとの交流といい、珍しいものを見たような気がする。


 しげしげとサイラス様を眺めていると、ぱちりと透き通った碧眼と目が合った。


「申し訳ありません、リーリエ」

「え? 何がですか」

「便箋、見に行きたいと言っていたのに――ご案内できませんでした」


 萎れた花のような表情でサイラス様が言うものだから、つい笑ってしまった。


「わたしは嬉しいです」


 サイラス様はきょとんとしている。それもそうか、と思いながらわたしは補足した。


「また今度、が出来たので――また、一緒に出掛けてくれますよね?」

「……ええ、勿論です」


 夕陽が馬車の座席に射し込んでいる。だからそのせいだろう、サイラス様の頬が朱く染まって見えた。


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