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14 穏やかな目覚め

「ん……」


 薄く開いた窓からやわらかな小鳥の囀りが届く。

 身体が重だるく、目を開けるのも億劫だ。それにしてもこんなに身動きが取れないなんて。

 よほど疲れているのか――ほとんど外出もできないくせに、そんなはずはないのだけれど。


「えっ」


 ぐ、と絡みついた腕がベッドにわたしを磔にしている。一生懸命に抵抗してもびくともしない腕。たくましい胸板。それが檻のようにわたしを取り囲んで逃れられないようになっている。


「ど、どどどどういうこと、何が起きたの……?」


 頭が混乱している。眼前にはすうすうと穏やかな寝息を立てる婚約者――サイラス様がいて。彼の腕の中にわたしは囚われ身動きが取れない状態になっていた。必死で抵抗を試みたが、がっちりと押さえ込まれているせいでびくともしない。


「サイラス様! 起きてください」


 声を掛けたはみたものの、何も反応はない。だからといって死んでいるわけではないのは確認済だ。ただ眠っているだけ――にしても心臓に悪すぎる。この至近距離から整った顔立ちの男性の寝顔をじっくり眺めまわせるほどに、わたしは神経が太くなかった。


「もう……どうしよう」


 どうやら此処はサイラス様のお部屋らしい。


 家具も少ない簡素な部屋の中、ぽつんと置かれたベッドの上でわたしは抱きしめられている。さながら抱き枕のように。


 どうしていままで目が醒めなかったのか不思議なぐらいの密着具合にわたしの体温は急上昇していた。

 はっと自らの服装を確かめてはみたが乱れはない。妙に薄着になっているなどの異変はなかったことにひとまずほっとする。


 なんらかのやむを得ない事情により、こうなってしまったのだろう。まったく昨夜の記憶がないのでなんでなのかはまったく見当がつかない。

 サイラス様を昼に訪ねたところまでは覚えている。それからレベッカが用意してくれたお茶を飲んで――そのあと、なんだか急に眠くなってしまった、ような。


「それだ……」


 おそらく、だが――わたしが眠ってしまったのでサイラス様はご親切にも自身のベッドを貸し与えてくれたのだろう。ところが寝汚い自分が起きる気配はまったくなく、そのまま一晩が経過してしまったという……。


 ぜんぶ悪いのはわたしじゃないか。さあっと血の気が引いたのがわかった。


 わたしという邪魔者がいる中で、屋敷の主人に不自由な睡眠をとらせてしまったに違いない。謝らなくては、と若干見当違いの方向に思考が飛んだときにサイラス様がわずかに身じろぎした。


「さ、サイラス様――あ、あの」

「……リーリエ?」


 寝起きの掠れた声が耳朶を打った。甘く柔らかく、最愛の相手に向けるような甘ったるい声音にどくんと心臓が跳ねる。ぱちりと押し開かれた碧眼が澄んだ輝きを放ちながらわたしに向けられる。


 こんな至近距離で見られるのは困る。あ、どうしようよだれでもついていたら――などという考えは一気に吹き飛んだ。


 なぜならサイラス様がわたしを離してくれるどころか、さらに強い力で抱え込んだからである。


「もうサイラス様、離してくださいってば、ちょっとぉ!」


 ぎゅうぎゅうと締め付けられて息が苦しくなる。

 騎士なだけあってサイラス様の腕力はすごい。軽く林檎を潰せるほどの力があることをリーリエは知っている。

 さすがに自分相手にそんな力を発揮することはないだろうと信じてはいるが刻一刻と窒息に近づいていくのがわかった。あとみしみしと骨が悲鳴を上げている。


「起きてください!」


 声を張り上げるとようやくサイラス様のとろんとした眸に生気が宿った。ふにゃふにゃとした顔つきが徐々にいつもの彼らしい怜悧な相貌に近づいていく。そのことに少し安堵していると、わたしの骨を軋ませていた腕から力が抜けた。


「……夢、ではなかったのですか」

「現実です……」


 残念ながら。

 出来ることならなかったことにしたいレベルだが、こんなよくわからない同衾で夜明かしをしてしまったことは消すことができない事実のようだった。


「――起きた瞬間、最初にあなたの顔をみられるなんてわたしは幸せ者ですね」


 そう言ってサイラス様は力の抜けた表情で、へらりと笑った。


 不本意ながら。

 その表情を少し可愛らしいと思ってしまったことは、誰にも言うことが出来ない秘密だった。

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