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13 月明りの素顔

 夜会の会場を出るとひややかな風が頬を打った。

 王宮の庭園には星明りがともり、さえざえとした月光が足元に降り注いでいるから暗くはなかったが、前に立つサイラス様の大きな背中を見ているとなんだか気持ちが落ち込んで来てしまう。

 強引に婚約者にされたわけで、わたしの気持ちが伴っていないのだから――罪悪感めいた感情をおぼえなくてもいいはずなのに。


「リーリエ」

「は、はいっ」


 びくっと肩を揺らして返事をするとサイラス様は立ち止まり、振り向かないままで尋ねた。


「――ジェレミア・ロレルが気になりますか」

「えっ、ええっと……初対面なので気になるとかそういうのはあまり」


 低い声音にびくつきながらなんとか答えると、静かに息を吐く気配がした。


「あっ、サイラス様。もしかしてヤキモチですか? なーんて……あは」

「……………」


 しらっとした空気が流れてしまったことにわたしはひどく後ろめたい心地になった。どうしてこんな雰囲気になってしまっているのか自分にはわかりかねるのだ。


「嫉妬、だけであればこのように気が重くなることはないのでしょうか」


 ぼそりと呟いたサイラス様の声ははっきりとは聴き取れなかった。いまなんと、そう訊き返すよりも早くサイラス様はこちらを振り向いた。


「戻りましょうか、リーリエ」


 その表情がいまにも泣きそうなもののように思われてしまったせいで、これ以上わたしは何も言うことはかなわなかった。



 *.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.*



 エルドラン邸に戻ってからもサイラス様はどうもようすがおかしかった。

 いや、挙動がおかしいのはいつものことではあるのだけれど……。おかしさの角度が違うというか、そういう感じなのだ。


 在宅時はひとりで部屋に閉じこもりがちになったり、浮かべる微笑みに影があったりといかにも何か歯車が合わなくなった兆候があからさまにあらわれている。

 そこを構ってあげるのが正解なのだろうけれど、わたし自身監禁されている身なので監禁している張本人を気にしてあげる余裕はない。

 余裕はないのだけれど……わたしは、大きく息を吸い込んでサイラス様の部屋をノックした。


「――リーリエ」

「あ、あのサイラス様。レベッカがお茶を用意してくれるみたいなので一緒にどうで……」


 腕をぐいと掴まれて、部屋の中に引き込まれる。背後でばたんと勢い良くドアが閉まる音を聞いた。

 そういえばサイラス様の部屋には入ったことがなかったな。さすが家主らしくて堂々たる部屋――と思いきや、家具が妙に少なくて質素な印象だった。

 じゃなくて。

 現実逃避を終わらせてわたしはサイラス様の腕の中から逃れようともがいた。大きくて広い胸板を押したり叩いたりしてみたのだがびくともしない。本気なのだとわかった。戯れではなく、真剣に逃さないとすればわたしなんかが全力で抵抗しても無駄なのだと思い知らされる。


「すみません……もう少しだけ、このままでいさせてください」

「わ、かりました……」


 心臓がばくばくと激しく鳴り響いている。呼吸まで苦しくなるほどに、胸がぎゅっと締め付けられるように痛くなった。

 わけがわからないまま婚約をしてしまったのだけれど、このひとは本当にわたしのことが好きなのだ。それがようやく実感としてわいてきた。理由はわからないし、どこかでかつて出会ったような心当たりもない。

 それでも。


「大丈夫ですよ、サイラス様」


 腕をサイラス様の背中に回し、幼い子供をあやすようにとんとんと叩いた。するとわたしの背中に巻き付いた腕の力がいっそう強くなった。え、何か間違えてしまっただろうか。


「リーリエ。君のことは必ず守ります――何に代えても」


 そんな大げさな。普通の令嬢(若干財政難ではあるけれど)が命の危険に晒されることなど普通に考えて有り得ない。笑い飛ばそうとしたのだが、サイラス様の声音の真剣さにそれもかならず――小さな声で「ありがとうございます」と応えた。

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