10 王宮夜会
「……来るんじゃなかった」
「どうかしましたか、リーリエ?」
ぼそりと呟いた一言を拾い上げられて実に気まずい思いをした。いいえ、とぎこちなく返せば満面の笑みが返ってくる。
なかなか予約が取れない仕立て屋でオーダーされたドレスはシンプルながらも清楚なデザインで、不思議なほどわたしの身体にぴったりと合っている。
採寸をしてもらったわけでもないのに、だ。
なんでもサイラス様が直々に赴いて、サイズやら何やらなにもかもを説明して、さらには写真を見せて彼女に合うように仕立ててほしいと頼んだらしい。
その話を聞いたとき、不覚にも背筋がゾクっとしてしまった。もちろんサイラス様の気遣いの深さに感じ入ったわけではない。
ただ、近衛騎士団専用の礼装姿のサイラス様の隣に並ぶと、すぐにわたしが彼の婚約者であるとわかるのだ。それぐらい使われている生地の色といい何もかもサイラス様にぴったりなのだった。
「リーリエ嬢、目線こちらにいただけますか⁉」
向けられたカメラのフラッシュが焚かれて目が眩んだ。王宮が許可した新聞記者がカメラマンと共に夜会に来ているらしい。謝罪を避けようと笑顔で通り過ぎてもしつこくあとをついてくる。
「リーリエ嬢とのご婚約おめでとうございます、エルドラン卿」
「ありがとう」
そつなく記者たちにも笑みを浮かべているが、サイラス様はがっちりとわたしの腕を離すまいと掴んでいる。放っておけばふらふらと彷徨い歩くとでも思われているみたいだ。そこまで愚かではないつもりなのだが……。
夜会に招かれた貴族たちが次々と王宮の大広間の中に吸い込まれていく。高位貴族しか招かれていないらしく、わたしもただの男爵令嬢という立場では中にも入れなかったに違いない。
ひとえにわたしが近衛騎士団長、サイラス・エルドラン卿のパートナーだからここにいられるだけである。
「サイラス様。あなたのパートナーになりたそうなご令嬢方がわたしを殺しそうな目で見てくるのですが……」
「大丈夫です、あの辺りの方々はもう既に確認済ですから危険はありませんよ。ただあなたへの態度は気に入らないな……一度、強く言っておかなくては」
言わなくていい、火に油を注ぐようなものだ。
「あれ?」
わたしたちを見守る夜会参加者の中に見知った顔があったような気がして思わず立ち止まってしまった。
「どうかしましたか」
「いえ、いま……レベッカがいた……ような」
「気のせいでしょう」
それはそうなのだろうけれど。
レベッカはメイドであるし、先ほど屋敷で見送られたばかりだ。王宮夜会に出席しているはずがない、のだが――。彼女はサイラス様とおなじ近衛騎士団の礼装を纏っていたような気がしたのだった。