01 ふたりきりの婚約式
「あなたに永遠の愛を捧げることを誓います」
そんな甘ったるい文句をうっとりとした表情を浮かべて眼前の男は言った。
月明かりを浴びて輝く金砂の髪に、湖面を映し取ったかのような碧い眸。乙女が焦がれてやまない端正な顔立ちを持つ騎士、サイラス・エルドラン卿。社交界の淑女たちの間でも彼の崇拝者は多く、熱烈な愛をつづった手紙が近衛騎士団官舎の部屋あてに毎日届くと評判である。
わたし、リーリエ・ヴェルファは石のように固まったまま、身じろぎもせずにそのサイラスから愛の告白を受けていた。
これはいわば結婚の約束、婚約のための誓いの言葉だ。
近頃のオディール王国では婚約の誓いというのが流行している。
実際の婚約手続きとは別に、愛し合う恋人同士が月夜に向かい合い、互いへの愛情を確かめるように言葉を紡ぐのだ。だがわたしとサイラス様の関係において成立するとは思えない。
ひゅう、と冷ややかな風がわたしと彼の間を流れていく。秋口だというのにどうも肌寒い。わたしたちのいるバルコニーの気温は急降下しつつあった。それはわたしが言葉を失い、茫然と求婚者を見つめているせいなのだが――。
「リーリエ、どうかしましたか」
「い、いえっ」
わたしの視線はサイラス様が手にしている白銀の剣に吸い寄せられている。
また、なのだろうか――。
びくびくしながら「ええ、わたしも、その……誓います」もごもご口を動かしておなじような言葉を吐き出すと安堵の息を吐いて、サイラス様はようやく剣を鞘に収めてくれた。わたしは見栄を張るのは得意でも嘘をつくのはすこぶる苦手なので、この場をなんとか切り抜けることが出来ただけでも上々と言えるだろう。
わたしたちの婚約式を見守るのは月と星々の輝きのみである。
こういうのは所詮形式上のものだ。やったかやっていないか、という事実のみが大事なので合って中身などどうだっていい。サイラス様はわたしよりもはるかに口が上手いので、誰かに尋ねられたとして乗り切ることが出来るだろう。
どうしたものだろうか、これから先……。月の化身のごとく美しいサイラスの姿を見ていても心に巣食った不安は消え去ることはない。顔がいいことは勿論とても素晴らしいことなのだが、それ以上の難点がこの男にはあるような気がしてならない。ただしそんな予感を口にしようものなら、わたしの首は胴体とお別れすることになってしまう。
それだけは絶対に避けなければ。
「愛しています、可愛いリーリエ。俺は君を絶対に守る――絶対に、誰にも渡しません」
「あは……嬉しい、です」
低められた声音にぞっと首の裏側が寒くなったが、ぎこちなく笑ってわたしは難を逃れることに成功した。武器を手にされたままされる愛の告白ほど恐ろしいものがないということを、このひとは理解しているのかいないのか。
「……気付いているんだろうなあ」
「何か言った、リーリエ?」
いいえ、なにも。
美貌の騎士様の意向になにひとつ逆らえないまま、人形のように望まれた反応を返すのがわたしにできる精一杯の処世術となりつつあった。
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