ハロウィンのランタンのもう1つの話
プロローグ~
暗く秋の夜、ハロウィンの夜空を彩る満月の光の中、子供たちが楽しげにかぼちゃのランタンを手にして歩く姿を目にすることでしょう。しかし、そのランタンの背後に隠された物語、ある男の悲痛な伝説を知っていますか? 彼は天国の光からも、地獄の炎からも拒絶されました。しかし彼の心の中には、絶え間なく燃え続ける一つの愛がありました。
今夜、その男ジャックの知られざるお話をご紹介しましょう。
・・・
アイルランドの地で、まだケルトの言葉が交わされていた時代。
緑豊かな草原が広がり、古の神々が人々の心に息づいている小さな村がひとつありました。
その村の中心には古木が立ち並び、村人たちは季節の変わり目にそれぞれの祭りを執り行い、豊かな収穫や家族の健康を神々に祈っていました。
この村にはジャックという名の若者が住んでいました。彼は他の者たちとは少し違い、物事を深く考え、やり遂げる強い意思を持っていました。しかし彼の人生には深い悲しみも秘められていました。愛する妻を失い、彼の心には大きな傷となって残っていたのです。
そして彼の生きる力は、彼と妻の間に生まれた一人娘シェイリーへの深い愛だけでした。
深夜、ジャックは手仕事に没頭していました。そんな静かな時間に、突如として悪魔が姿を現しました。悪魔は冷たい声でジャックの死期が近いことを告げました。
悪魔は、人々を誘惑するために真実とウソを巧妙に織り交ぜることが知られてましたが
最近体調を崩していたジャックは、この言葉が真実であることを身体が教えてくれました。
また悪魔はこのように弱みがある人間を選んで付け込むことが生業なのです。
その弱さを利用して誘惑や取引を持ちかけるのが常套手段だったのです。
誘惑の内容は、お前が村の他の人をひとり惑わすたびに1年寿命を延ばしてやろうというものでした。
ジャックは、村の人々のことが大好きでした。そんなことはできないけど、もっと大好きな娘シェイリーを守らないといけないとも痛切に感じていました。悪魔は本当に巧妙なのです。
ジャックは即答できないから明日同じ時間に来てくれと震えていうのが精一杯でした。
・・・
翌日
夜のとばりがおり、コウモリさえも眠りのために巣にもどるころ、ジャックの前に再び悪魔は現れて「もう心は決めたか?」と問いました。
ジャックは
「契約はしてやろう。だが、その前に1つ願いがある。森の中の一番巨大なオークの樹があるだろう。あの樹には沢山ヤドリギが生えている。そのうちで1番高いところにあるヤドリギが欲しい」といいました。
悪魔は驚きの表情を隠せず
「そんな簡単なことでいいのか?世界を飲み込む富さえも生み出せるのに…」と云いつつも、ジャックの要求を受け入れました。
ジャックは続けて
「私はうたぐり深い、悪魔はウソを平気でいうだろう?なので一緒に行ってお前が1番上のヤドリギを取るのか見せてくれ」
悪魔は少々面倒くさがりながらも、その後の報酬を考え
「わかったついて来い。私がとるところを見るがいい」と答えました。
彼は家を出る前に、寝室へ足早に向い、そこで穏やかに寝息を立てている娘の額にそっとキスをし、毛布をきちんと掛け直してあげました。
家を出る際、ジャックは戸締りをしっかりと確認し、納屋からヤドリギを入れるための袋をもって、悪魔とともにでかけるのでした。
ジャックと悪魔は、闇の中、森の奥深くへと進んでいきました。
やがて、月明かりの下に巨大なオークの樹が姿を現しました。
その樹はまるで天を突き刺すかのように高く、太い幹と幾千もの枝が空へと広がっていました。このオークの樹は千年以上の時間を生き抜き、多くの歴史をその幹に刻んできたことが想像できました。
ジャックは樹の下に立ち、その巨大さと樹齢の長さに少しの間、息をのみました。
悪魔が「いつまで見とれているんだ」と声でジャックは我に返りました。
悪魔はオークの樹に上り始めていました。
高いオークの中には、数百のヤドリギが一緒に生きていました。
そのうちの一番上のヤドリギに悪魔は手を伸ばしていました。
悪魔の様子をうかがいながらもジャックはさっと袋から馬の蹄鉄を取り出し、オークの根元に素早く一定の間隔で並べ始めました。蹄鉄は古くから悪魔や邪悪な霊を遠ざける力があると信じられておりました。
ジャックの目的は、この蹄鉄を使い悪魔をオークの上から降りてこれないように閉じ込めることであったのです。
風の音と葉っぱのさらさらという音の中、何かを感じ取ったのか、悪魔は樹の上からジャックの動きに気づきました。彼の目は真っ赤に光り「謀ったな、ジャック!!」と怒声をあげました。彼はジャックの策略を打破しようと、急いで樹から降りようと試みました。
しかしジャックの作業の方がひと時はやく、最後の蹄鉄を地面に打ち込むと、完璧な円を形成してオークの根元を囲んでいたのです。
悪魔が樹から降りようと地面に足をのばした瞬間、その円が放つ強い光に阻まれ動けなくなってしまいました。
ジャックは悪魔に向かって微笑みながら云いました。
「欲をかいた人間ほどだましやすいといったのは、お前だろ?」
ジャックの言葉は、悪魔の心の中で響き渡りました。長い存在の中で彼が見てきた無数の魂の中で、ジャックのように悪魔自身の言葉を引用して自分を責める者は初めてでした。
悪魔の堅い外殻にひびが入り、弱さが見え始めていました。
「何が望みなのだ」と悪魔は声を震わせながら云いました。
しかし、その目は通常の獰猛さとは違い、一瞬の躊躇や不安を隠せない様子でした。
ジャックはしっかりと悪魔の目を見つめ
「私は悪魔のように弱き者をいたぶる趣味はない。なのですぐに契約の話をしよう」と冷静に返しました。
彼の目の奥には、悪魔を恐れず、彼の家族を守る強い意志が光っていました。
こうしてジャックと悪魔の間に新たな契約が結ばれるのでした。
・・・
家に戻ったジャックの考えたのは「神が嫌う一番の悪い行いはなんだ」ということでした。
その答えが出るまではそれほどの時間はかかりませんでした。
「殺人」
ただジャックは殺されていい人間なんて誰もいないとも思ってました。
そこで悪魔がいっていた言葉を思い出しました
「私と契約しないならお前の目は、次の満月を見ることはないだろう」と。
空を見上げると、10夜の月が美しく輝いていました。
あと4日で15夜の月、そして自らの命の終わりが訪れる。
彼は深く息を吸い込み、静かにつぶやいきました。
「ここに、今ともしびを終えようとしている魂が1つあるじゃないか」
その言葉には、運命を受け入れる覚悟と、愛する者たちへの絶対的な決意が込められていました。
ジャックの顔には、深い葛藤や不安を感じさせるものはなく、むしろ穏やかな微笑みが浮かんでいたのです。
その夜、ジャックは机の前に座り、一筆一筆と心を込めて手紙を書き進めました。
娘への愛情や、友人への感謝、村の人々との思い出を綴りました。
彼の字は慎重で、言葉の一つ一つに彼の情熱や愛情が感じられました。
娘への手紙には「君が大きくなってこの手紙を読む時、私はすでに君の側にはいないかもしれない。しかし、私の愛は常に君とともにある。どんな時も、どんな場所でも」と書かれていました。
手紙をすべて書き終えた後、ジャックは深くため息をつき、ネズミを殺すための毒薬を手に取り、ゆっくりと飲み干し静かに目を閉じるのでした。
彼の心の中には平和と解放感が満ちてあふれていました。
翌朝、ジャックの亡骸が発見されたとき、彼の手には娘への手紙が握られていました。
その手紙の隣には、村の人々や友人たちへの手紙が丁寧に束ねられていました。
・・・
村長への手紙は特に重厚に封がされておりました。
村長が封を切り、手紙を広げると、ジャックの筆跡が鮮明に現れました。
手紙の中では、ジャックの心の内が詳細に綴られておりました。
「愛する村長へ、
私の決断が皆様を驚かせることかもしれませんが、これは私自身の選択です。私はこの村とその人々を心から愛しています。私の魂がこの世をさまよい続けることになるかもしれませんが、それでも私は娘とこの村を守りたいと強く願っています。
ある日、悪魔が現れ、私の余命を告げました。しかし、その予言は、私がその前にこの世を去ったために成就しませんでしたが。悪魔の要求は、村人たちを誘惑することで、ひとりにつき1年の寿命を延ばすというものでした。皆様もご存知の通り、私には愛しい娘シェイリーがおります。悪魔は、この子と村人たちを天秤にかけようとしました。
私は悪魔に対して策略を巡らせました。それは成功し、悪魔は二度とこの村を訪れることはなく、また私の魂は地獄へは連れていかれないという契約を結びました。
娘をこの世で見守り続けるために、私は神を敵に回す選択をしました。それは、自分自身への殺人でした。これにより、私は地獄にも天国にも行けず、この世に留まることができました。
ふとした瞬間に、私の存在を感じるでしょう。その時には、そこに私がいるのです。
永遠に感謝を込めて、
ジャック」
村長は手紙を読み終え、涙が止まりませんでした。ジャックの犠牲的な愛と勇気に心を打たれたのでした。
それからというもの、収穫祭には村全体でランタンが灯されるようになりました。
それはジャックを追悼し、また彼を怖がった悪魔をよける目的でもありました。
それは毎年恒例となり、隣の村、また別の村へ広がり、今では世界各地に広がりました。
ふとした瞬間に、ジャックがあなたを隣から見ているかもしれません。
オーク(英: oak、仏: chêne、独: Eiche)は、ブナ科 コナラ属(学名:Quercus)の植物の総称。落葉樹であるナラ(楢)の総称。
ヤドリギ(宿生木・宿り木・宿木・寄生木)は広義にはヤドリギ類 (Mistletoe) の総称的通称だが、狭義には特にそのうちの一種、日本に自生する Viscum album subsp. coloratum の標準和名である。英語ではミスルトウ(mistletoe)と呼ばれる。