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第七話「猫影」です

 ともかく、私は家に帰らなければならない。

 こんな場所に居ても、ろくな事が起こらない。


 しかしながら私の街へと続く馬車道は、北門から伸びている。その北門こそ、先程兵士達が向かっていった方向そのものである。


 グリフォン騒動が収まるまで、私はどこかで待機しておかねばならない。


 騒ぎが収まるまで、ここでこのまま丸くなっていた方が賢明だろうか。


「違うか、よく考えてみよう私」


 兵士達がこの辺りの住人を避難させていたのは、この辺りまで被害が及ぶ可能性があるから。


 ここが一番区というのは兵士達の会話で分かったものの、何番区が安全か危険かまでは分からない。こういう時は、人が集まっていそうな場所に行くのが得策である。


「けど、今の私ってどういう状況なんだろう。兵士さん達に捕まっちゃう?」


 司祭様に暴力行為紛いの行為をして、恥までかかせてしまったのだ。教会騎士団に捕らえられる可能性だってある。


「あぁ、どうしよう。こんなところで死にたくないよ」


 混乱すればするほど、独り言の回数が増えていく。


 というか本当に、周りに誰もいないよね? 実は誰かがその辺りにいて、独り言を言っているのを聞かれでもしたら私、恥ずかしさで爆発しちゃうかも。


 挙動を正常に保ちつつ、立ち上がって辺りを見回す。当然人影など見当たりもしない。


 私は安心して胸を撫で下ろそうとした時、とある猫影を目の当たりにする。


「あ、さっきの猫さん」


 緑色のリボンを着けた真っ黒な猫が、先程の兵士達が向かっていった方向へと小走りで進んでいく。


「待って、そっちは多分、危ないよ、クロ――」


 考えるより先に私の口を衝いたのは、幼き頃の私の大親友、真っ黒な毛並みの猫の名前だった。


 私が聖書を与えられてしばらくした後に老弱して死んでしまったけど、寂しい時も恥ずかしい時も、クロは私を助けてくれた。


 人と何かをする事が苦手で、恥ずかしがり屋で友達を作れない私の、数少ない友達。 


 気付いた時には、私は燻っていた路地裏から身を乗り出し、あの猫を追いかけていた。


(今度は私が、助けなきゃ――)


 誰も居ない街を駆けていく真っ黒な猫を追いかけながら、今更ながらに天候の異常さを認識する。


 先程まで雲一つなかったはずの空に、暗雲が押し寄せていた。


「待って、猫さん! そっちは、行っちゃ駄目!」


 私の声に気付いてか、真っ黒な猫の耳がこちらに向いた。


 ところが、猫は減速するどころか更にスピードを上げて、北門への道を駆けていく。


「駄目だってば、猫さん、待ってよ!」


 私も全速力でそれに応じます。山育ちの脚力、舐めないでください。


 北門が見えてくると、その周辺には兵士の集団が列を成していた。

 その兵士達の横を掠めるように、開かれた北門に猫は猫まっしぐらしていく。


 私が魚の切り身でも持っていれば、気が引けたのに。

 あの兵士達の間を駆け抜ければ、私は捕らわれてしまうかも知れない。


(でも今更、立ち止まることなんて、しない!)


 兵士達の列を横目に、真っ黒な猫の走った道をなぞるように後を追う。


「な、なんだ貴様、止まれ!」


 兵士の一人が私を呼び止めるも、私は目もくれずに走った。


 走って、真っ黒な猫が門の手前で減速した瞬間、私は思いっきり地面を蹴って跳ぶ。


「今だっ!」

「ぎにゃ!?」


 人間が驚いた時のような声を出した真っ黒な猫を、飛び込みながら思いっきり抱きしめた。


 そのまま慣性の勢いで、石畳の上を砂埃を上げながら滑る。


 飛んだ門の手前から、更に数メートル。転がりながら、滑りながら、私と猫の身体は街の外へと飛び出していた。


「つか、まえた。ここは、危ないよ。戻ろう」


 腕と膝の辺りに痛みを感じながら、私は立ち上がろうとした。


 私ってば、どうしてこんな事をしてしまったのだろう。


 後ろからは兵士達のどよめきが聞こえている。

 しかしながらそれは、私の猫に対する保護活動に対してへのものではなかった。


 私の目の前に飛び込んできたのは、体長五メートルはくだらない、鳥のような、獣のような、よく分からない何かだった。


 獅子の身体に大きな翼を生やし、大鷲の頭が生えているような、悍ましい造形。地面を掴む鍵爪は、それだけで城壁を削り取ってしまいそうな逞しさで。


 そして分厚い羽毛からは時折、ぱちぱちと青紫の電気が弾けているのが見える。


 これが、グリフォンという魔物。図鑑で見るよりもずっとずっと、凶暴そうで。


「あ、う」


 私はその場で、魔物を見つめていることしか出来ずにいた。


「君、何をやっているんだ! 早くこっちに!」


 私の後ろから声がする。門の向こう側で兵士が私に向かって叫んでいるのだろうか。


 立ち上がって逃げようとしたが、脚は震えて力が入らない。振り向く事も出来ない。


 真っ黒な猫が私の手から逃げようとしたが、この手だけは離さない。


「だ、大丈夫、私がやられても、貴方だけは、守る、から」


 整わない息で、私は独り言のように真っ黒な猫へと告げる。

 今の私に出来ることは、一つだけ。


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