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第五話「カツラ」です

 乱れた呼吸と思考を落ち着ける為に、私はそのまま路地裏に潜むこととした。

 落ち着いたところで、この先どうするべきだろうか。


 どうしてあそこで私は逃げ出してしまったんだろう。

 逃げ出すだけならまだしも、司祭様のカツラを剥いでしまったから、帰ろうにも帰れない。

 

 もしかしたら司祭様を侮辱した罪で、囚われてしまったりするのでは?

 想像しただけで、恐怖で背筋がゾッとする。


「お前にも同じ屈辱を味合わせてやる」なんて言われて、頭のてっぺんを剃られたりでもした日には、私は恥ずかしくて死んでしまうかもしれません。

 誰か、手を貸してください。猫の手でも借りたい状況というのは、この事です。


「どうしよう、どうしよう」


 しゃがみ込んだまま、顔を腕に埋めながら独り言を零していると、ちりちりと鈴の音が近付いてくることに気が付く。


「だ、誰です――」


 咄嗟に顔を上げて鈴の音に目をやると、真っ黒な猫が私に近寄ってきていた。


 短めの毛並みは艶々としていて、首の後ろには緑色のリボンが結ばれており、一目見て野良猫ではないと分かる。


「あ、それ私の」


 真っ黒な猫が、私の濃い茶色の鞣革のポシェットを咥えていた。もしかして、運んで来てくれたのだろうか。


 そうでなければ泥棒猫。このまま取り押さえないと、どこか遠くへ持ち去られるかもしれない。

 

 私が立ち上がり、そっと近付こうとすると、猫はポシェットを優しく地面へと離す。


 ぽてっと落ちたポシェットに近付く前に、私は猫に頭を下げると共に御礼を述べた。


「キミがどこの誰とは存じ上げませんが、ありがとう猫さん」


 猫にへつらう訳でもなく、純粋な感謝を出来る限りの精一杯の笑顔で伝える。


 数秒間、そこに立ち尽くした猫は役目を終えたと言わんばかりに踵――肉球を返して、ちりちりと鈴を鳴らし来た道を戻っていく。


 猫の手も借りたいと思ったら、猫が鞄を返してくれるなんて、祈ってみるものだ。

 いつも祈りを捧げている神様に、今こそ感謝すべきだろう。

 

「我らは何時も汝の手の中に」


 神への祈りの最後の言葉を、私は手を重ねて口ずさむ。

 そして、溜息を吐いた。私の呪文も、これくらい畏まってくれていれば、人前で唱える事も出来たかも知れないのに。


 私の重ねた手には、司祭様のカツラが握られたままだった。


――カツラはいつまで私の手の中に?

 

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