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第二十六話「永久氷土の支配者」……で、です


 絡まった大きな結び目を解くように、ソレイユ様が塊から蛇の胴体を引っ張っていた。

 どちゃどちゃと鈍い音を立てながら、蛇の胴体が塊から剥がされていく。


 隙間から漏れ出す輝きが増えていくのを、私はぼんやりと見つめていた。


「こいつの身体、気色悪ぃな」

「蛇って意外とつやつやしてて肌触り良かったりするんですけどね」

「そういう話じゃなくてもっとこう、感覚的にだよ」


 何メートルもあろうかというその蛇の身体を、ソレイユ様がぐっと引っ張っては放り投げて。

 ソレイユ様が触れた部分の蛇の体表からは、橙色の光が浮かび上がっていた。


「それにしても、どうしてその蛇の魔物は木に巻き付いていたんでしょうか?」

「知らねーよ、魔力が好きなんじゃねぇか」


 魔力が、好き?


 私の脳裏を掠めたのは、この洞窟深部に向けて感じた異変。


 入り口付近には感じられていた魔力がどんどん薄くなっていたこと。

 ヴィオラ様の痛み止めを兼ねた魔法が途中で切れてしまったこと。

 ソレイユ様が準備したランプが切れるのが想定より早かったこと。


 そして塊から蛇を剥がすソレイユ様の手から、蛇の体表に移っていくようなその魔力の波。


 それについて、私が至った結論。


「ソレイユ様、嫌な話をしてもいいでしょうか」

「ゴトゴト言ってねぇで手伝えよ、ブラン――」


 そう言いながら振り返るソレイユ様の顔が、私の真上を見て一瞬だけ固まった。


「危ねぇ!!」


 後ろで倒れていたはずの蛇の頭部は、いつの間にか私の頭上にあって。


 私が真上に視線を移すと同時に、ソレイユ様は私に向かって跳ねていた。


 ソレイユ様が左手を伸ばして、私を突き飛ばす。

 

 大きな音を立てて、蛇の頭部が地面を打つ。

 砂埃が魔力の樹から伸びる光と燭台から発する光を乱反射させて、視界が遮られる。


「ソ、ソレイユ様ぁ!!」


 私が叫ぶと、この空間に山彦のように声が響き渡った。


 砂埃の奥で、蛇の身体が地面を這いずるような音が聞こえてくる。


 先程まで自分が居た位置に目を凝らすと、そこには蛇がとぐろを巻いて陣取っていた。


 蛇は塊から身体を解き、ソレイユ様の上でとぐろの量を増やしていく。

 その行動がソレイユ様を押しつぶそうとしているのだと気付いた。

  

 加えて、身体に滲んでいた橙色の光が、蛇の体表へ色が移っていくように見えた。


 勝利宣言でもしているかのごとく、蛇の身体から「カラカラカラ」と音が響く。


「やめて! そこをどいて!!」


 私が蛇に向かって飛び出していくと、横からもう一方の蛇の頭が私の身体を撃ちしだく。


 そうだった。ここには二匹、魔物が居たのだった。


――二人であれだけ攻撃したのに、殆ど効いていなかったの?


 ソレイユ様が言っていた「手応えがなかった」という発言について、私はもっと疑心を抱いても良かったのかも知れない。


 しかし今更ながらに悔いても、遅いのだ。

 

 私は蛇の頭突きを横腹に受けて、数メートル吹き飛ばされた。

 そのまま地面に身体を打ちつけた私は、肩を抑えて悶える。

  

「い、痛――くない?」


 肩を摩ってみると、痛みを感じるはずの箇所から橙色の光が粒となって空間に漂う。


 それは、ソレイユ様の魔法がまだ切れていないという事実。

 この魔法が続いているということは、まだ、ソレイユ様には息があるはず。


「まだ、間に合う」


 私は、ぽつりと呟いて身体を起こす。


 頼れるのはもちろん、私の中の恥ずかしい魔法。

 私の脳内では、既に聖書がとあるページを開いて待機していた。


 いつもなら、脳内に浮かんだ聖書の呪文を見ることすらままならない。


 でも今なら。ソレイユ様に、背中を押してもらった今なら。

 ソレイユ様を守らないといけない、今なら。


――これくらい、どうってこと、ない!


 それでも私の思考には、くだらないことが浮かんでは消える。

 どうして私なんかが選ばれて、こんな恥ずかしい詠唱の魔法を与えられたのだろう。

 本当はソレイユ様みたいな人に、この聖書は託されるべきだったのに。 


 私は自分の頬を叩いて、ソレイユ様の言葉を思い返しながら、詠唱を読み上げる。


 そうして、脳内のその聖書の文字を記憶していく。



「ゆきとたわむれし、そのてに、ふ、ふれたいとねがう」


『――あたしの妹も、そんな顔しながら死んでった』


 ソレイユ様の顔と言葉が、私の脳裏に走馬灯のように浮かぶ。



「このいとしさは、どうしたらつたわるだろうか」


『――行くぞ、ブラン!』



 ソレイユ様の一言一言が、私の胸に深く刻み込まれている。



「ゆ、ゆびさきにやさしくつつまれるゆきすら、ねたましい」


『――あんたには、立派な魔法があるだろ?』



 私の魔法を笑わないソレイユ様のような人と居たのなら。

 私も、変われるのかなぁ。



「雪と戯れしその手に触れたいと願う、この愛しさはどうしたら伝わるだろうか――。指先に優しく包まれる雪すら、妬ましい」


 詠唱は終わった。後は、魔法名を口に出すだけで良い。

 本当なら、顔を真っ赤にしてしまうくらいに、恥ずかしいその詠唱と魔法名。


 どうしてだろう。私は、ソレイユ様に聞いて欲しいとさえ思っていた。


 届くなら、届いてください。ソレイユ様に。

 そうすれば、全てが曝け出せるような気がして。

 


 私の、想い(魔法)が。



 小さく息を吸って、私は唇を動かす。


永久氷土(ずっと冬なら君と)の支(くっ付いて)配者(いられるのに)



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