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第二十四話「オールバフ・プレゼント」です


「っつーことで、王妃のやつをぶん殴ってやる為にゃここを生きて出ねぇと」


 とはいえ、危機的状況は先程と何も変わっていない。

 気持ちの面で前向きになったところで、私は非力なままである。


 いざとなればグリフォンという魔物を撃ったあの魔法を使うしかないのかも知れない。

 しかし恥ずかしい詠唱もさるものながら、この空間であの魔法を唱えたとして、この洞窟が崩れてしまわないかという懸念もある。


 魔物もろともこんな場所で生き埋めになってしまっては、元も子もない。それは最終手段に取っておくとする。


 私は塊へ目をやった。

 私達の方向に再び攻撃を繰り出そうとしているのだろうか、二つの頭がゆらゆらと揺れ始める。

 

「仕方ねぇ、奥の手を使うか」

「奥の手、ですか?」

「あたしの身体強化は二回三回と重ね掛けが出来る。それだけ魔力消費も激しくなるけど、純粋に今の二倍三倍の速さになりゃなんとかなるだろ」


 なるほど、グリフォンという魔物と戦っていた時には文字通り『全力』で魔力を使っていたのだろう。

 あの時にソレイユ様が言っていた『力を使い過ぎた』なんて言葉の意味を、今更ながら納得した。


「あの連携をどうにか分散させられれば逃げる隙も出来そうなんだが」

「分散――?」


 その言葉に私は何か閃きそうで、指で口を押さえた。



 ソレイユ様は、こんな事を言っていた。


『――王妃は魔法で危険予知をしていると言えば、意味が分かるか?』

(危険予知というと、王妃様はそこにどんな『危険』があるのか知ってるはずだよね? だとしたら、解決策を持たない私達を向かわせるはずがないよね?)



 王妃様の手紙の内容を、もう一度思い浮かべてみる。


『――ソレイユさんに聖女を目指す為に必要なものを示すことです』

(そして王妃様は、ソレイユ様の怪我が完治していないことを知っていたはずだよね? 王妃様は、ソレイユ様の強さがもっと必要って言ってる訳じゃないはず)



 最後に、ソレイユ様の消えそうな呟きを脳裏に呼び起こす。


『自分だけが強くなっても、この手に抱えた人間すら助けられねぇ』

(だから、ソレイユ様が強くなるんじゃなくて、皆が強くなれば――)


 ソレイユ様の魔法、身体強化オールバフプレゼント


 格好良いけど、どうしてそんな名前なんだろうと、最初から気に掛かっていた。


「わ、分かったぁ!!」

「な、何だよ! 急に叫ぶな!」


 私の閃いた声を皮切りに、蛇の頭部が再び「カラカラ」と音を立て始める。


「ソレイユ様は、自己中なんです!」

「はぁ!?」


 ソレイユ様が、理解出来ないという顔をしている。

 興奮した私に、言葉を選ぶ余裕などない。

 

「自分だけで、全部解決しようとしないでください! 私が、戦います!」

「戦うったってあんたは灯りの魔法しか使えねえんだろ?」

「私が使えなくても、ソレイユ様が使えば良いんです! 身体強化オールバフプレゼントという魔法を!」

「いや、訳わかんねぇ! もう使ってるだろ!?」


 私はソレイユ様の右手を取って、両手で握り締める。

 そして緋色の瞳を覗き込みながら、訴えた。


「だから! 私に! このブランに! その魔法を使ってください! 重ねるのではなく、分散させるんです!」


 一瞬ソレイユ様が固まって、すぐさま首を振って言い返した。


「あ、あんたバカか? そんな事、出来る訳ない――」

「バカって言った方がバカです!」


 そんな否定も、私の耳には届かせない。


「神様から選ばれて与えられた魔法なんだから、自分だけ強くなるなんてずるいです!」

「あたしが、バッファー?」


 はて、バッファー?


 その言葉が意味するところは私には分からないが、ソレイユ様は何か気付いたように、瞳を揺れ動かしていた。


 薄暗いこの洞窟でも、分かる程に。


「おい、あんた――」

「は、はい!」


 私はさっきどさくさに紛れてバカって言い返した事を責められないか、内心ヒヤヒヤしていた。


「失敗しても、笑うなよ」

「は、はいっ」


 私はソレイユ様の腕から降ろされて、正面で向き合う。


「神よ、あたしに――」


 詠唱を始めたソレイユ様が、首を少し傾げた。


「いや、違うな」


 ふっと消え入りそうな笑いを浮かべたかと思うと、すぐさま詠唱を改める。


「神よ、――ブランに力を貸してくれ」


 その瞬間、私の身体がポッと火照った。

 恥ずかしい時に似たようなその気持ちが、私には何と表現していいのか分からない。


 ソレイユ様の健康的な唇が動き、続いて魔法名を唱える。


(やっぱり、詠唱も呪文名もシンプルで、すごくかっこいいです)


身体強化オールバフプレゼント


 私の身体を、橙色の光が包む。

 身体中に駆け巡るじんわりとした魔力は、心まで軽くするようだった。


「難しく考えるな、魔力を流せば身体がそれに応えてくれる」

「は、はい」


 手を握りこんでぱっと離すのを何度か繰り返す。

 まるで自分の身体じゃないみたいに、力が満ち溢れるのが分かった。


「す、すごいです、ソレイユ様! これなら!」


 これなら、すぐに逃げ出せます。私はそう伝えたつもりだったのだけれど。

 ソレイユ様は半笑いで私の肩に手を置いた。

 

「これならこいつらもやれる、だろ?」

「え、逃げるんじゃ?」

「やられっぱなしは性に合わねぇ」


 まるで自分も強化を増したように、ソレイユ様は橙色の光の輝きを増幅している。


「いざとなったら、あたしの魔法であたしを守ってくれるだろ?」


 数分前にそんな事を言ったような記憶がある。

 その言葉がソレイユ様を後押ししたのであれば、良いな。

 

「はい! ソレイユ様!」


 ソレイユ様がはっきりと笑って、塊の方へと臨戦対戦を取る。


「お姫様扱いはもうしねぇからな」

「山育ちの見のこなし、甘く見ないでください!」


 沸る気持ちは魔法の効果か、それともソレイユ様の心に私が揺れ動かされているのか。


 どちらにしても、今の私達なら負ける気がしない。

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