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第二十三話「頭突き」です


 塊から這い出る二つの蛇の頭が、不気味に揺れ動く。


 一方の影がぴたっと止まったかと思うと、即座に鞭のように私達目掛けて長い身体を振り下ろした。

 軽い身のこなしでソレイユ様がぴょんと右に跳ねて、衝撃の風圧だけが私の髪を揺らす。


「はっ、ノロマが二匹になったところで――」

「前から来ます! ソレイユ様!」


 もう一方の頭部から、巨人の鉄拳のような頭突きが飛び込んでくる。

 直線的な動きに反応が遅れ、ソレイユ様は身体をよろめかせながら更に右に飛び跳ねた。

 

 体表の黒い鱗が怪しく光を反射させ、私の目に悍ましく映った。


 叩き下ろした頭は私達を監視するようにその場に止まっていたが、やがてずるずると引き摺りながら塊へと戻っていく。


 塊から伸びるその二つの頭はまるで、伸縮自在の腕が生えているかのようで。


「あー、ギリギリだったな」

「ソレイユ様! また来ます!」


 振り下ろされた方の頭が、ソレイユ様の足元目掛けて頭突きを飛ばす。 

 この分かりやすい軌道にソレイユ様は飛び上がって、その攻撃を躱した。


「ソレイユ様!! 今度はあっちから!」


 私が右手を指差した瞬間。

 もう一方の頭が数メートル飛び上がったソレイユ様と私を、視界の外から薙ぎ払おうとして身体をしならせていた。


「おっ!」


 しかしながら、ソレイユ様は見えない壁を蹴ったかのように空中で軌道を変えて、その攻撃をすんでのところで避ける。


 突然の空中での方向転換に、ソレイユ様のバランスは崩れる。

 私はその手から落ちないように、ソレイユ様の肩にしっかりと力を込めていた。


「あー、くそっ! 二匹はやっぱズルだわ!」


 倒れそうになりながら地面に着地して、追撃が届かないように奥へと跳ねて距離を取った。

 苛立ちと焦りが混じったソレイユ様の発言は、緊迫としている。


 一方の頭がゆっくりと広範囲に攻撃して回避したところを、もう一方の頭がピンポイントに狙い撃つ。


 そんな息ぴったりどころか、一つの個体が操っているかのような両頭のチームワークに、翻弄され続けている。


 加えて、ソレイユ様は逃げ道から遠ざかるように誘導されているのだ。

 一匹だけの攻撃なら容易に避けられても、二撃目を避けるには限られたルートしか残されない。


 そのルートをこの二匹の蛇は巧みに、逃げ道とは逆方向に用意し続けていた。


 ソレイユ様もそれに気付いているようだが、逃れる術はない。


「――ソレイユ様、下ろしてください」


 だから私は、提案を口にする。


「何?」

「ごめんなさい、私が着いてきてしまったから」


 目をぎゅっと瞑って、数分前の自分の発言を悔いた。

 足手まといの私が居るが故に、ソレイユ様は行動を制限されているはず。


 このままの状態でソレイユ様を危険に晒し続ける訳にはいかない。

 おくびにも出さないが、私を抱えている腕だって痛むはずなのだ。

 

「確かに、同じ二対二でも、大違いだな」

「だから、私を下ろしてソレイユ様は全力を使って逃げてください」


 グリフォンという魔物と戦っていた時のソレイユ様の動きと今の動きは全く違っている。

 その理由は明白だ。考えてもみよう、生身の肉体であんなスピードを出したとしたら。

 抱えられている『私』が無事では済まない。


 逆に言えば私が居ない状態であれば、ソレイユ様だけなら、脱出が出来る。


 私の言いたい事は、ソレイユ様に伝わっているだろうか。


「ま、自分の身は自分で守るなんて大口叩いてたもんな」


 ソレイユ様のその発言を聞いて、頷いた。


「はい、自分の発言には責任を持ちます」

「清々しい顔で言いやがって」


 そんな顔をしているつもりはないのだけれども。

 苛立ったような顔で、ソレイユ様が私に問う。


「あんた、怖くねぇのかよ」


 その質問は、きっと『死が』という言葉が秘められていたのだと思う。

 こんな状況で一人置いていかれる人間の結果なんて、それ以外にないのだから。


「怖いです、当たり前じゃないですか」


 私は、にこっと笑った。

 こんなにはっきりと笑顔を作ったのは、この王国に来てから初めてだったかも知れない。


 こんなにはっきりと、誰かに向けて笑い掛けることが出来たのは――。


 私の笑顔にソレイユ様は眉間に線を作って、口元を緩める。

 それは、どんな感情だったのだろうか。



「うるせぇ、死ね」


 

 私は、突如として頭突きをお見舞いされる。

 

「い」


 それは、目から星が飛んでいくような衝撃だった。


「いた――――――い!!!」


 今朝食らったゲンコツよりも何倍も鋭い痛みが、私を襲った。

 あまりの痛みに燭台が手から滑って、地面に落ちる。


「何するんですかあ!!! 痛い!! 痛すぎて死んじゃう!!!」


 頭突きを食らったおでこを必死に抑えて、私はソレイユ様の腕の中で悶えている。


「人に簡単に死ぬなとか言うやつが簡単に死のうとすんな、死ね」

「最後の二文字のせいで台無しですよ!!」


 人に死ぬなとか言う人が死ねとか言うのはもっと駄目だと思います。

 

「あたし、弱い癖に死ぬ事を恐れないやつってのが一番腹立つ」


 ソレイユ様の眉間の皺が濃くなっていくのを、私はおでこに手を当てながら見つめていた。


「あたしの妹も、そんな顔しながら死んでった」


 胸のあたりに何かに刺されたみたいに、ズキっと痛む。


「――え」

「この魔法じゃ、自分しか助からねぇ。自分だけが強くなっても、この手に抱えた人間すら助けられねぇ」


 混乱する私の頭の中で、聖書が一人でにパラパラとページを捲り始める。

 グリフォンという魔物を撃った時のように。


 ソレイユ様の小さな呟きが、私の耳に染み入る。


「自分からさっさと逃げてく人間なんざしぶとく生きてるだろうけどさ」


 塊を見据えるソレイユ様の瞳は、暗がりの中でもしっかりと緋色に煌めいている。


「自分より他人の心配ばっかしてるような、――あんたみたいなバカ人間を守れてこそ、聖女だろ」

「ソレイユ様、やっぱり優しいんですね」


 私は、おでこを抑えていた手をソレイユ様の頬に当てて、囁いた。

 

「うるせぇ、死ね」

「簡単に死ねとか言っちゃ駄目ですよ」


 ソレイユ様は、恥ずかしそうにそっぽを向く。

 立派な事を言っているのだから、胸を張ればいいのに。


 そんな中、脳内で聖書がとあるページを開いて止まった。

 覚える必要もなく、唱える可能性も存在しないはずだった、その聖書。


 光を灯すだけの魔法――ではない、それ以外のページに書いてある魔法。


 それを今、ソレイユ様の目の前で唱えろというのだろうか。


「王妃が何でこの命にあんたを連れてけって言ったか分かった気がするわ」


 ソレイユ様の思い付いたような発声の真意を、私はなぜかと聞いてみる。


「それは、どうしてですか?」

「あー、久々に妹の事を思い出した」


 ソレイユ様が、口元を緩める。


「ほんっとあいつ、性格悪ぃよな」


 王妃様の事を言っているのだとしたら、心底同感である。

 ソレイユ様も悪そうな笑みに、私も便乗して笑った。

【読者さまへのお礼とお願い】

お目通し頂きありがとうございます!


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二章ももうすぐ終わりを迎えます。

お楽しみ頂いていれば幸いです!

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