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第三話「百ページもありません」です

「静粛になさい」


 耳を塞いでいたはずなのに、どこか怒ったような、囁くような王妃様の声が聞こえる。


 恐る恐るゆっくりと目を開けると、兵士達も王様も笑うことを止めている。

 しんと静まり返った空間で、王妃様が透き通った声で私に問い掛けた。


「ブランノワールさん。何故その魔法を選んだのですか?」

「えあ、あの、私、これしか唱えられれれないから……」


 王妃様への返事がおぼつかない。「れ」が一つ多かった事、気付かれてしまっただろうか。


 返した言葉は謙遜でもなく、聖女として認められない為の嘘でもなく、本心からの言葉だった。


「燭台の火を強く灯すだけだと? そんな簡単な魔法しか使えないなんてことがあるのか?」


 すっかり火照った顔で、私は王様の問いに力無く頷く。


「それ以外には無いのか? その、ぷるんぷっ……いや失敬、笑った訳では」

「ありません、だから、私が聖女になんて成れるはずがないんです。貴重な時間を無駄にしてしまって、申し訳ありませんでした」


 これ以上笑われるのなんて御免だ。私はそのまま膝を着いて、手を床に差し出して顔面を床に押し当てる。


 大勢の前で謝罪を口にしたり行動にすることにはさほど抵抗はない。


 先程のように、私の聖書に載っている魔法名を口に出すことの方がよっぽど恥ずかしい。


「ブランノワールさん。顔をあげてください」


 優しい声で、王妃様が私に述べる。

 

「貴方が聖女としてご活躍したいと思う時が来たら、また私達のもとに来てくださいね」


 それこそ待っていた言葉のはずだったのに。

 

 優しい言葉の奥に、「貴方は必要無い」と言われた気がして、ひっそりと胸が痛んだ。

 もっと突き放してくれたら、私はもっと楽な気持ちでこの場所を去れたのだろうに。


 後にして思えば、それは王妃様の策略だったのかも知れない。


「で、では、失礼しまう」


 歯の裏に舌を当て損ねて、私は踵を静かに返して扉へと引き返そうとする。


 先程まで王様を前にして背中を向けて後方を見ることは許されなかった。振り向いた私の目には、修道院のフードケープを深く被った人影が飛び込んでくる。


 私を観察していたのだろうか。袖部分の装飾の豪華さから分かるように、ただの修道女の身なりではない。一目見て私は、その人達の存在を理解する。


(この人たちはきっと、聖女候補生、なんだ)


 聖書を授けられた中でも強いチカラを持つ者に、そんな権利が授けられるという。


 貴族や王族はもちろん、世の民を守る為に王国教会で修行をして、真に力があると認められた者だけが聖女になれる。

 この国はそうやって、敵国や魔族との戦いを退けてきたのだ。


 尤も、自分には関係のない話である。私から言えるのは、「いつも私達の生活を守ってくれて、ありがとうございます」ということぐらいだ。

 女性達の横を通り過ぎようとした瞬間、またもや王妃様から囁くような声が私に届く。


「ブランノワールさん、最後に」

「え、あ、ごめんなさい。なんでしょうか」

「貴方の聖書は、何ページぐらいあるのですか?」


 私はその質問の意図を汲めないでいた。


 きっと、聖女、王妃と呼ばれる貴方達は千や二千の種類の魔法を使えて、全てのページを記憶しているのだろう。私の聖書なんてせいぜい、『三百ページにも満たない』のに。それすら記憶出来ていないのに。


 何ページあろうが、私が使える魔法は一種類だけだと、言い切ったつもりだったのに。


 もしかすると、これは女王様からの嫌がらせなのかも知れない。私にどこまでも恥をかかせようと言うのであれば、酷いものである。私の顔はまだ熱いままだった。

 

「私の聖書なんて、百ページもありません」

「ひ、百……!?」


 私の周りに居た女性達をはじめ、少し離れた兵士達も私の発言に戸惑いを隠せない様子だった。


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