割引券
ガラガラピシャッ…
「ありがとうございましたァ。
さあて、店仕舞いだ。…ん?どうしたマコ、暖簾だよ。何、女みたいな呼び方は止めろ?いいじゃァねえか細けェ野郎だ。
何でい膨れっ面して。…タダ食い?ああ、また溜めた割引券で払いの客だったか。ありがてえこった、常連が付いてる証拠よ。
一人一回一枚にしろだ?…そいつは出来ねェな。お客にも色々居るからな。
…あ?昔居たんだよ、変わった客が。何だ、聞くか?」
*
ありゃア、確か五年ぐれえ前だったかな。
その客はチャーシュー麺二人前を注文したっきり、しまいまで粘ってた。俺ァ別にいつまで居てくれたって構わねンだがよゥ、カカァがあんまりむくれやがって、後で始末に負えねえからよ。
何でも見たいテレビがあったんだと。
仕様がねえから俺ァ皿洗いなんぞして、いかにも店仕舞いだって風にやり始めたんだ。客の近くに行って卓に布巾かけてみたりな。
そン時にひょいと見たんだが、奴さん、二人前注文した癖して片っぽきゃ片付けてねえ。
俺も人間だからよ、てめえのラーメン一杯無駄にされたとあっちゃ黙ッてらんねェや。「ねェお客さん、そろそろ閉めるんですがね。その一杯はどうなさるんで?」とこうだ。
ッてえと、奴さんハッと顔を上げてね、妙な目ェしやがる。何ォ言うかと思やあ、
「これは良いんです、空だと思って下さい」
と来やがった。俺ァ噛みついたね、
「思ってッてあんたねェ、一口も召し上がっちゃねえでしょう、麺も伸びきっちまって食えたもんじゃねェし」
てェと奥の方から、
「あンた何やってんだいッ」
かかァがキンキン声上げやがる。客は客で「お勘定」ってえから、仕様がねえ、辛抱するしかあるめェよ。
ところがどっこい、いざ勘定てェ段になるとまた七面倒なことになっちまった。お客が割引券二枚使わせてくれッてんだ。
おゥ、そん時ゃあまだ御一人様一枚だったもんだからよ、俺もそう言ったさ。だが先方が聞き入れねェ。
「ですから二人分で二枚ですよ、問題ないでしょう」
と来やがった。
「二人分たッてねえ、お客さん一人じゃござんせんか」
「注文は二人分なんだから二人と思ってくれてもいいでしょう」
「良かありませんや、現に片っぽ丸々残ってるンだ」
「だからあれは、空なモノだと思って」
「思えねえッ」
「思って下さいッ」
わああッ、てんでもうこれッぱかりも話が進みゃしねえ。こっちも頭に血が昇っちまってるから引き下がれやしねェ、「どうしても二枚使いたきゃァ訳を言って見ろッ」ばァン、なんて座り込んじまった。
するってえと奴さん、観念したのかコウ俯き加減で、ぽつり、ぽつり、話し出すんだ。
いいか、こッからが肝心なとこなンだ。
「実は」ッてえとな、「二人前頼んだのは、私の友達の分だった」とこうなンだ。
話ィ聞いてみりゃ、友達ってのは新卒時分の同期で、女の子だったんだと。大して美人でもねェ、そこらにいるお茶汲みの子だったが、何でか反りが妙に合う。仲良くなって、勤め帰りによく二人で寄ってたのがウチの店だった。
俺ァ若かったからね、そんな事ァちっとも知りゃしねえ。
で、奴さん神妙な顔して言うんだよ。
「そのコは入社して三年後、行方を眩ましてそのままだ」ッてな。
方々探したが見つかりゃしなかった。田舎に帰ったわけでもねェ、夜の仕事でも始めたかと歩いちゃみたが財布が軽くなッただけだ。
とうとう見つからねェまま、自分はリストラされちまッた。もう諦めてるから、せめて一緒に居る気でラーメン一杯…。
なァ。
俺ァ泣いたね。
そんな話されちゃア割引券の一枚や二枚文句付ける筋合いなんぞありゃしねエや。
まァ、そう言うわけだ。世の中色ンな人間が居らぁな、聞いた話じゃァ遺骨に寿司喰わした奴が居るッてえからな。
*
「さァて、話は終めェだ。とっとと店仕舞いするぜ。…あン?何だって、聞いたことがある?
詐欺じゃねえかッて?
……
……フン。
何でエ、おめエ案外ワルじゃねえか。そうさ、俺ァお人好しだ。
だけどもよ、いつなんどき本物が来るかも分からねェ。知ってたか?さっきの客ァな、死んだ浮浪者仲間の分だつッてあンなに喰ってくんだ。
…嘘に決まってる?
だからおめエは餓鬼だッてんだよ。おゥ、とっとと暖簾入れて来な、マコちゃんよ。
…ハハハ、怒って出てきゃがる。可愛いもンだ。
おッと、そろそろカカァの堪忍袋が切れちまうな。ちゃっちゃ片付けて、久々に一杯やるか…」
…ガララッ。
お読み頂きありがとうございました。落語風を目指しましたが…