とある少女の話
あの、記者の古市さんですか?
……よかった。間違えて声をかけてしまったのかと思って。はじめまして、連絡をいただいた***です。あそこのベンチで話しましょう。この時間は電車がないので、駅に人がほとんどいないんです。
はい、私は井上くんとクラスメートで、委員会も同じでした。図書委員です。……ちゃんと話したのは数回だけですが。
井上くんは普段、……いろいろとご存じなんですね。そうです。一人でいることが多かったです。
最初は変わった子なのかなと思っていましたが、案外話しやすかったです。物腰が柔らかくて、安心感を与えるような接し方でした。こういう雰囲気の男子は他にいないので、印象に残っています。
実は私、井上くんに少しだけ憧れてました。……私は他人に振り回されがちなので、他人ひとの目を気にせず、凜として自分らしさを貫いている井上くんを尊敬していました。
私も彼みたいに他人と違うことを恐れず自分らしく生きたい、って思っていました。
でも、四月の終わりくらいから段々井上くんの表情が曇っていきました。
白石先生は井上くんのことをかなり気にかけていました。……みんなは特に何とも言ってなかったけれど、私には異常に見えました。執着に近かったと思います。なんとかして井上くんをクラスに馴染ませないと、と必死なようでした。
理由はわかりませんが、井上くんは自分から望んで人と関わらなかったのだと思います。でも先生は、そんな井上くんを「本当はみんなと仲良くしたけれど、クラスに上手く馴染めていない子」だと解釈したのだと思います。
先生はよく、井上くんが誰かと仲良くなるようなきっかけを作っていました。
何か用を頼むときも、わざわざ井上くんと他の子が二人でするよう指示したり、学級委員やクラスのムードメーカーに、井上くんに話しかけるよう頼んだりしていました。
一番印象に残っているのは、先月の遠足ですね。私たちの中学校では五月の終わりに遠足があるんです。
井上くんはその頃学校を休みがちで、その日も最初は欠席していたですが、午後から急に現れたんです。白石先生に連れられ、班の輪に入っていきました。
その班は、ムードメーカーでクラスの中心人物が集まった班でした。
私は、井上くんはもっとおとなしい子が集まった班の方がいいと思ったし、井上くんも、そういう子たちがいる班に入ろうとしていたようでした。
それなのに、先生がいきなり「あの班にしましょう」と言って、井上くんを無理矢理その班に入れたんです。
おしゃべりで積極的な子が多い班なら、井上くんも溶け込めやすいと思ったのでしょうか。あわよくば学校でも一緒に過ごすようになるのではないか、と考えていたのだと思います。先生は井上くんが一人でいることを嫌がっていたようなので。
人と関わることは大切なことです。そうしないと社会では生きていけません。先生の考えは間違ってはいなかった。でもそれはただの一般論で、井上くんの考えとは違っていました。だから、井上くんの考えを無視して、教えを説き、望まない人間関係を強制するのでは、井上くんを追い詰めるだけでした。
そうして、井上くんの心が壊れてしまった。
そんなことかって思いますよね。そんなことで人を殺あやめるのか、って。
でも、人は皆、自分が壊されそうになった何だってするんです。そこに理性なんてものはない。人を殺すのに納得のいく理由なんて無いんです。あってはいけないんです。
そこに在るのは、逃げ場を失った少年、ただ一人でした。
どうすれば、先生は井上くんを理解できたのでしょうか。
どうすれば、井上くんは先生を手にかけずに済んだのでしょうか。
不可能だったと考えた方が気が楽かも知れませんが、それはあまりにも悲しすぎる。
……あ、雨があがった。そろそろ梅雨が明けますね。
7/18・少年のクラスメート
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疲れた。
もうやるしかない。