とある教師の話
「強がってなんかないです。これは本心です」
何十回も繰り返したこのやりとりに、悠真はうんざりしながら答えた。これに対する白石の答えも、一語一句間違わずに想像できる。
「隠さなくてもいいわ。恥ずかしいことではないのよ。人には得意不得意があるもの。井上君は友達を作るのが苦手なのよね?」
「だから、そうじゃなくて」
この言葉はいつになったら届くのだろうか。どんなに自分の考えを訴えても、言葉は教室の隅に虚しく消えていく。
「本当は寂しいのでしょう。みんなの輪に入りたいのでしょう?」
「はあ、」
悠真は小さく息を吐くと、伏せていた目を上げ、白石の方に視線を滑らせた。横顔に夕日を受けた白石は、瞳ににぶい光を宿し、悠真を諭すように見つめている。
そんな表情すら腹立たしく、悠真はたっぷりと憎悪を含んだ視線を送り返した。
「そういうのは大丈夫です」悠真は落ち着いて答える。「俺は一人でいるのが好きだから、一人でいるんです。それが何か問題あるんですか? ……必要なコミュニケーションは取っていますし、相手が不快になることはしていません」
誰にも迷惑をかけていないのだからいいだろうと悠真は思う。一人でいることは自ら望んでしていることなのだから、放っておいてほしい。
下校時間を三十分も過ぎているが、未だ帰らせてもらえる気配はない。西日が差し込み、濃い茜を纏った教室。古びた木の床に、向かい合った二人の深い影が落とされている。
悠真の座る椅子が、ギギィと軋んだ音を立てた。
不意に白石は悠真から目を逸らした。そして、息を吐くように呟く。
「……そんなこと言って、あなたも死ぬんでしょう」
独り言のつもりだったのだろう。しかし、誰もいない教室では、白石の蚊の鳴くような声でもはっきりと悠真の耳に届いた。
あなたも? 何のことを言っているのだろうか?
まったく見当もつかないが、今の悠真にはどうでもいいことだった。とにかく早く白石の前から立ち去りたかった。
「ちゃんと相談しなさい。そうすれば力になれる」
「……もういいですか。下校時間はとっくに過ぎています」
悠真は白石の返事を待たずに教室を出る。このまま話していても埒があかない。
それでも、白石は明日も悠真を呼び出すのだろう。
生徒が下校した校舎に、悠真の足音だけが響く。
______こっちは疲れてるんだ。そっちの独善的な考えに付き合う気力なんて、本当はないんだ。
寝不足で頭が痛くて、原因不明の腹痛に悩まされて、逃げ出してしまいたかった。
階段を駆け降りる最中、胸に刺すような痛みが走った。ストレスからくる胸痛だと昨日読んだインターネットの記事に書かれていたのを思い出した。
ゆっくりと息を吐くと、じわじわと痛みが怒りと共に消え、代わりに苦しみを植え付けていく。
昇降口に向かう途中、どうしようもなく悲しくなって階段に座り込んだ。膝を抱え、顔を埋め、腹の底で絶叫する。
再び胸に激痛が走った。心臓をつねられたような、ぞっとする痛みだ。あまりのつらさに、思わず両の目から涙が零れる。
どうして。どうして自分がこんな目に遭わなくてはいけないのだろうか。
「俺はただ、一人でいたいだけなのに」