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♰08 運命の出逢い。


 少女と再会したのは、翌日だった。


「先日は助けていただきありがとうございました」

「どういたしまして。身体は大丈夫ですか?」

「はい。凄腕の錬金術師様の薬のおかげです」

「様? ……それはよかったです」


 とてもかしこまっている。

 凄腕なんて、照れくさい。

 お茶でも誘おうとしたけれど、昨日休んだ分のように、冒険者のお客が押し寄せてきた。

 私は対応に追われる。

 昼頃になって客足が途絶えた時、てっきり帰ったかと思えば、まだいた少女が話しかけてきた。


「あの。接客しながら錬金術で商品を作っているのですか? それって大変では?」

「そうなんですよ……やっぱり誰かを雇うべきですよね」


 私は苦笑をして答える。

 すると、少女がずいっと身を寄せるように近付いてきた。


「わたしを雇ってもらえませんか!?」

「え? でも、あなたは冒険者ですよね」


 それに、あれだけの魔石の量だ。別に働く必要はないのでは。


「だめ、ですか? シティア様のお役に立ちたいのです……命の恩人様です」


 うるうると小柄な少女に見上げられた。

 か、可愛い!


「嬉しいけれども……冒険者業と掛け持ちとなると大変では?」

「冒険者業の方は暫く休みます……」


 しゅん、と俯く。あんなことがあってすぐに復帰は難しいのだろう。

 ゆっくり休めばいいのに。

 でもそうだな。気晴らし程度にやってもらおうか。


「じゃあ今日からお試しで接客をやってもらっていいでしょうか?」

「! ありがとうございます!」

「名前は?」

「ウィリンと申します。よろしくお願いいたします」

「こちらこそよろしくお願いします」


 ウィリンちゃんに早速売り込む商品の説明をした。陳列してない商品の注文の場合は私を呼んでほしいと頼む。

 そこでちょうどお客が来たので、対応の仕方を間近で見てもらう。

 簡単だったのか、次のお客の接客を進んでやってくれたので、私は商品の補充のために錬金術を行った。


「もう閉店するから、ウィリンちゃん、帰っていいですよ」

「戸締りの手伝いもいたします」

「それはまた明日にでも頼むから、今日はもう休んで」

「……わかりました。では明日もよろしくお願いいたします」


 最後までかしこまったウィリンちゃんは、猫の尻尾をゆらゆらと揺らしつつお辞儀をして、帰っていく。

 カランカランとベルが訪問者を知らせる。


「閉店でー……す」


 やってきたのは、お忍びスタイルの竜王様だった。


「竜王様」

「……」


 じとっと見下ろされる。あ、なんか不機嫌にしてしまったみたい。

 私の右手を掴んだかと思えば、引き寄せてきた。

 顔を近付けてきたから、思わず反射的に目を瞑る。

 てっきり、口付けをされるかと思ったのだけど、唇は通り過ぎたらしい。

 首に息がかかったかと思えば、痛みが突き刺さった。


「痛っ!」

「罰だ。ノーテと呼べと何度言わせる?」


 噛まれた! 竜王様に噛まれた!

 信じられないと驚愕して噛まれた首元を押さえる。

 幸い血は出てないけれど、痛かった!


「行こう」

「えっ? どこに?」

「誘われたはずだ。エレノアに」

「……食事のことですか? 今日なんですか?」

「聞いてなかったのか?」


 聞いてません……。

 あなたが一緒だってことも、聞いていません。


「エレノアは昨日から仕込みをして、楽しみにしているとエクィノが言っていたが……キャンセルするのか?」


 昨日から仕込みをしているのかー。

 行かないって言ったら、せっかくの料理が台無しだ。

 私はしぶしぶついていくことにして、戸締りをした。

 それから、竜王様と手を繋いで、街を歩くことになる。

 きゅっときつく握られている手。温かい。

 ドキドキした。竜王様だってすれ違う周囲にバレることに対してのドキドキもあったけれど。

 別のドキドキの方が強かった。

 これって、デートだろうか。

 サファイアブルーの屋根の城のある方角を進んでいると思いきや、右へ曲がって賑やかな人通りに出た。

 小さな祭りでも開いているみたいだ。

 ここら辺に来るのは、初めて。一ヶ月以上この王都に住んでいるけれど、全部は回っていない。引きこもって錬金術の勉強ばかりしていたもの。

 竜王様に手を引かれながら、オレンジの温かみある光に照らされた人ごみを見ていた。

 中でも目立っていたのは、人間の身長の二倍近くはある猫型の生き物。

 ライオンのような鬣を持っているけれど、三角耳で大きな猫目。


「かっこいいー……」


 目が合ったその猫に、つい感想を漏らす。

 多分、伸縮自在の猫型生き物ガティアだろう。ちっちゃくなったり大きくなったり出来ると図鑑で読んだ。

 しかし、大きいとやっぱりかっこいいなぁ。

 ライオンみたいな大きな猫って、かっこいいよね。猫らしい仕草をされるとギャップ萌えしちゃう。

 そんなお祭りみたいな広間を抜けると、閑静な住宅地らしき通りに来た。

 一際大きな屋敷の一つの門を開いて、竜王様は入っていく。

 流石、竜王様の側近の騎士の家だ。大きい。


「あっ。待ってください。竜王様。私、手ぶらで来てしまいました」

「……」


 また竜王様と呼んでしまったせいで、今度は服の上から肩に噛み付かれた。

 この人、動物か!?


「気にしなくていい」


 そう言って、ノックした。

 扉が開かれると、マルツォご夫妻が出迎えてくれる。


「いらっしゃいませ! 待っていました。食事の用意は出来ていますわ」


 のほほんと柔らかに微笑むエレノア様。


「お食事にご招待いただき、ありがとうございます」


 手を放してもらえたので、私はスカートを軽く摘まみ上げてお辞儀をした。


「些細なお礼ですから、どうぞ入ってください」


 夫婦揃って、ダイニングルームまで案内してくれる。

 竜王様は私のために椅子を引いてくれた。ので、その椅子に座る。隣に、竜王様が座った。

 向かいでも同じような光景を見る。エクィノ様がエレノア様のために椅子を引いてあげて座らせてあげていた。

 ……なんか、むずむずする。

 料理は使用人が運んできてくれた。こんな大きなお屋敷だもの。使用人はいて同然だろう。


「改めて、私を助けてくださり、ありがとうございます。シティア様」

「わたくしからも、ありがとうございます」

「オレからも。感謝する」


 エクィノ様から始まって、竜王様までお礼を伝えてきた。


「どういたしまして」


 私は微笑みを返す。


「その後、身体の方は大丈夫だと伺いましたが?」

「ええ、今日復帰しました。おかげさまで」

「さて、食べましょう!」


 運んでくれたのは、前菜とそれからビーフシチューだ。

 いただくと、お肉がほろりと口の中でとける。そして味がしっかり染み込んでいた。


「美味しいです」

「口に合ってよかったですわ」


 嬉しそうにエレノア様は、にこにこする。


「ところで、シティア」


 竜王様が私を呼ぶので、手を止めて顔を横に向けた。


「昨日は悪党を捕まえたそうじゃないか」

「……監視しているのですか?」

「してないと思っていたのか?」


 しれっと返す竜王様。


「見守っているのですわ、シティア様」


 エレノア様が、フォローした。


「迷宮の地にまた行ったな?」

「……一人ではありません」

「ストというあの少年とだろう? せめて冒険者と……」


 言いかけた竜王様は、少し考えるように顎に手を添える。


「……竜王様?」


 黙ったから気になって、つい呼んでしまった。

 不機嫌な眼差しを向けてきたかと思えば、私の手を取る。

 そして、人差し指に噛み付いてきた。


「痛いです!」

「ノーテと呼ばないからだ」


 エレノア様達の前でなんてことを!

「まぁ、ふふっ」とエレノア様は微笑ましそうに笑っている。


「運命の番に、竜王様呼びされては、寂しいですものね」


 寂しい、か。

 呼ぶ度にそんな思いをさせているのかと思うと、罪悪感が生まれてしまう。


「運命の番と言えば……エレノア様とエクィノ様の出逢いをお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 人間の女性と竜人の男性。運命の番の二人の話。


「聞いてくださるの!?」


 ぱぁっと嬉しそうな笑みを咲かせて、エレノア様は身を乗り出した。


「あれは五年前でした」

「ええ、そう五年前の春だったのです」


 エクィノ様とエレノア様はテーブルの上で手を重ね合わせると、見つめ合う。

 愛し合っている。そう伝わる仕草だ。


「わたくしはウニャームという街の食堂のウエイトレスでした」

「魔物が近くで暴れたから、ノーテ陛下の指揮で退治しに行って、その帰りで寄ったのです。ノーテ陛下が言ったのですよ、あの店に行こうって。まさか私の運命の番がそこにいたなんて……」

「本当、すごい奇跡的な偶然ですわ」


 熱く見つめるエクィノ様は微笑む。

 すると、そこで竜王様が割り込んだ。


「いや、運命だ」


 そう訂正させた。

 二人は笑う。


「そうですわね。運命ですわ」

「運命ですね」


 納得して、続けて話してくれた。


「中に入った瞬間、私とエレノアは目が合いました。その瞬間、この人だってわかったのです。ずっと待ち望んでいた人だって。だから吸い寄せられるようにエレノアに歩み寄りました」

「挨拶もなく、エクィノったら口付けをしてきたのですよ。わたくしは驚いて、持っていた食器を落としてしまったけれど、それどころじゃなかったのです。口付け自体初めてで、それなのにとても情熱的で、うっとりしてしまって……もうそれだけで虜でしたわ」


 当時を思い出したように、エレノア様は赤らめた頬に手を当てて、はぁと息を吐く。


「唐突です、よね……運命の番と出逢うとその、皆がそういう行動をしてしまうのですか?」

「ああ、しょうがないのです。私とノーテ陛下はずいぶん待たされましたからね。恋焦がれていた分、爆発してしまって、衝動的にしてしまいました」


 恋焦がれていた分の爆発で衝動的な口付け、だったのか。

 エクィノ様も、そして竜王様も。

 ずいぶん待たされた、の言葉に首を傾げてしまった。


「運命の番と、必ず出逢えるとは限りません。特に他の種族だったりするととうに寿命を終えていたり、まだ生まれていないってこともありますよ。こうして巡り会えたのは奇跡です。私達は、五十年近く待ちました」

「えっ!?」


 声を上げて驚いた口を咄嗟に押さえる。

 エクィノ様も竜王様も、せいぜい二十代後半ぐらいか三十歳辺りだと思った。


「不老長寿なのですよ」


 エレノア様が教えてくれる。

 竜人族は、不老長寿だったのか。


「じゃあ……だいたい同じ年ぐらい……」


 うっかり、思ったことを口にしてしまった。

 前世と合わせた自分の歳。


「どういう意味だ?」


 竜王様の鋭い声にハッと失言したことに気付く。


「えっと……エクィノ様達が同い年だって」

「いや、まるで、自分がオレ達と同い年だと言いかけたような気がするが?」

「あはは」


 私は笑って誤魔化した。

 じとり、と竜王様が睨んでくる。白状しろ。そう言いたげな目。


「十六歳です」


 自分の胸に手を当てて、年齢を言う。

 嘘ではない。どーんと言い放つ。


「まぁ、お若い!」


 エレノア様は、笑ってくれた。


「ねぇ、シティア様? 初めての口付けのあと、エクィノ様は何を言ったと思います?」

「”運命の番です”と言ったのでは?」

「ええ、それだけではないのですよ。”私とあなたは運命で結ばれた番です。どうか結婚してください”って傅いたのですよ!」

「出逢って即求婚ですかっ?」


 あまり声を上げないように心掛けつつ、心底驚く。


「貴族ならあり得ることですけれど、一般人だったエレノア様には……突拍子すぎたのでは?」


 政略的な結婚のために会ったばかりで求婚なんてあり得るのが貴族だ。

 でも、一般的にそれはない。


「ええ! でも嘘偽りないと思って、わたくし……その場で受け入れましたの!」


 驚きの声を上げ忘れて、私は言葉を失う。


「オレ達とは、大違いだな。シティア?」


 横の竜王様から皮肉いっぱいな声をかけられた。

 私はムッとした反応をしてしまう。


「申し訳ございません、運命をすぐに受け入れないような小娘で。こんなつまらない小娘で、本当に心から謝罪をしたいです」

「……」


 ニコッとしながらも、私は刺々しく言い返した。

 そして、ぷいっとそっぽを向く。

 そのあと、すぐに後悔した。

 エレノア様とエクィノ様の運命の出逢いを聞いたのは私。

 なのに、空気を悪くしてしまった。


「ごめんなさい……あの、えっと、他の話題にしませんか?」

「いや、続けよう」


 謝ったけれど、竜王様が続けようと言い出す。


「何故、運命を受け入れないのか、聞きたい」

「……ここで話すようなことではないです」

「なら、いつ、話すんだ? 本当の素性も、本当の気持ちも」

「ノーテ」


 咎めるように、エクィノ様が呼んだ。


「すまないな。我が運命の番は、オレをイラつかせる天才だ」


 はぁーと深いため息をついて、やれやれと肩を竦める竜王様。

 私は、黙って料理を食べた。余計な言葉は、空気を悪くするだけだ。


「運命の形は、それぞれ違いますけれど、きっと幸せになりますわ」


 エレノア様は、確信したような言葉を微笑んで告げた。



 

20211205

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