♰07 遭遇。
「何故迷宮にいた?」
「素材集め、ですが」
「一人だったそうじゃないか」
「あぁーええっと……」
一人で迷宮に行ったことを怒っているらしい。
厳密には、一人ではなかったのだけれども。
それを話してもいいものなのか。
なんか火に油を注ぐ感じに思えてならなかった。
「エクィノ様を助けられたので、結果的にはよかったので、わっ」
軽く言い退けようとした口を、手で鷲掴みにされてしまう。
何を言っても、火に油だった。
「エクィノを救ってくれたことには心から感謝している」
いや、感謝している表情ではないのですが。
「だが、下手をしていたら、君を失っていたかもしれない……」
私が竜王様の身を案じたように。
彼も、私の身を案じていた。
私も……だなんて言いそうになる。
口を塞がれててよかった。
少し血なまぐささを感じたから、例の強力な魔物を退治したあとだろうか。
初めて会った時と同じ、鎧を纏っていてる姿。
無事帰ってきたのだ。ホッとしてしまう。
「……嗚呼。何故オレの運命の番は、こんなにも……愛おしいのに、憎らしくも思えるんだ」
私の耳に囁く。
うっとりしてしまいそうな、低い声。
ぞくぞくっとしてしまう。
「教えてくれ。君のことを」
唇が、私の耳に触れて、熱い息をかける。
「シティア」
愛を込めたような熱っぽい声で呼ぶ。
意識が遠退きそうなほど、惚けてしまう。
「君のことがまだわからない。本当に”シティア”なのか?」
そっと、鷲掴みにしている口元を、放してくれた。
本当の私を、答えてもらうために。
少しの間、黙って考えた。
それでも、私の答えは決まっている。
「……本当の私が、”シティア”です」
私はシティアだ。
昔のことを話すつもりはない。
「……そうか、ならば……」
こつん、と額を重ねる。
私も彼も、はぁと息を吐いてを開く。
唇を触れ合わせて重ねるために。
そこで、カランカランとベルが鳴る。
「持ってき、た」
今日は見張りを立たせていなかったようで、ストくんがすんなり入ってきてしまった。
唇が重なりそうなほど顔を近付けた私達を見て、硬直している。
「お、お邪魔しました」
おずっと頭を下げながら、後退りするストくんを呼び止めたのは、竜王様だった。
「用があって入ってきたのだろう? 構わない。オレはもう行く」
竜王様はストくんに告げると、私の唇に人差し指を当てる。
「お預けだ」
その言葉の意味が、わからなかった。
スタスタと竜王様はストくんを横切って、店を出ていく。
ストくんはわなわなと震えて、口をパクパクさせた。
そんなストくんよりも、今の発言の意味を考える。
お預け。
唇に指を当てて、お預けと言ったということはつまり。
私……私が、お預けされたの!?
赤面して突っ伏した。
「おおお、おいっもしかして、今の、夢か? 竜王様に見えたんだけれど」
「夢がいいな……」
ストくんの動揺が激しい。
「竜王様!? 本物の竜王様なのか!? うわぁすげぇ!!」
次に興奮。ぴょんぴょんと飛び跳ねて、大はしゃぎした。
「え、でも、なんで? 竜王様って確かずっと独身で……運命の番を待ってるって……」
それからストくんが、わなわなと再び震え出す。
「アンタがっ!!?」
「ストくん。抱えている薬草、全部買うよ」
「アンタが! アンタが!? そうなのか!?」
「ストくん、夢でも見てたの? ほら、金貨をどうぞ」
「竜人族って、運命で結ばれた人としかキスが出来ねーって!」
「キスしてない」
お預けされた……いや別に、残念じゃないけれどね!!
「アンタ何者だよ!?」
「竜王様にも知りたがっているけれど……私は錬金術師のシティアよ」
「シティア様って呼んだ方がいいのか?」
「ただのシティアだってば」
とにかく、ストくんには口止めが必要だろう。
買い取り金額に上乗せしよう。
絶対に広めないでほしい。
私が運命の番かもしれないなんてことは、断じて。
「はぁー……竜王様に会っちまった……すげーかっこいい」
金貨を受け取っても、握り締めたまま、立ち尽くすストくん。
「やっぱり同性から見てもかっこいいんだね」
「当たり前じゃん!!」
まだストくんは興奮状態だ。
私は疲れていたけれど、明日も押し寄せてきてしまう前に、塗り薬を作っておくことにした。
この調子で買われると、接客が間に合わなさそうだ。
誰か雇うべきだろうか。様子見して考えておこう。
翌日、朝一でアルミスさんがやってきた。
またピナを首の後ろにくっつけて、店に入る。
「アルミスさん。ご用意が出来ています」
「見せてくれ」
カウンターの上に代金を乗せると、アルミスさんは手を差し出した。
私は、その手に懐中時計を乗せる。
「使い方はご存知でしょうか?」
「ああ。動きを止めたい対象相手に突き付けてここのスイッチを押す。試してもいいか? 確認しておきたい。使用回数は四回のはず」
「はい、その通りです」
使用回数は限られているが、確認は必要だ。
何か宙へ投げてそれを止めてもらおうかと思ったけれど、アルミスさんはもう決めていたらしい。
「キャプ。実験体になってくれ」
「わん!」
キャプと呼ばれたピナが、降り立つ。
すぐにアルミスさんは時計を突き付けて、頭部分にあるスイッチを押した。
前足を上げて口を開いたまま、キャプはぴったりと停止する。
改めて、成功を喜ぶ。初めてなのに上出来だ。
「効果は六十秒です」
「ありがとう。いただく」
六十秒経つと、キャプは前足を下ろして、ぶるぶるっと身体を震わせた。
そして、ワシのような翼で飛び、アルミスさんの背にしがみつく。
「それと塗り薬も買わせてもらう。竜王の騎士の命を救った万能塗り薬だとか」
「傷口を塞ぐ塗り薬です、万能の塗り薬とは違います」
アルミスさんも、噂を耳にしたらしい。
万能なのは、大袈裟だ。違う。
でも買ってくれた。
キャプに手を振って、アルミスさんを見送ると、塗り薬を求める冒険者達が殺到。
今日こそは買うと、行列まで作った。
その日も塗り薬は売り切れてしまったので、明日はお休みをすることにする。
”無限の石”を使って、鞄を完成させたかったこともあるけれど、塗り薬の材料が足りない。
ストくんの薬草だけじゃ足りないので、採取しに行く予定を立てた。
ピンクとパープルのマーブル石を鞄に入れて、錬金窯に詰め込む。
魔法は不得意だけれど、魔力がないわけではない。
魔力をありったけ注いで、その魔力で煮込むように火石で熱した。
「よし。これで明日になれば、なんでも入る鞄の出来上がりだ!」
ルンルン気分で、私はお風呂に入ってはベッドに潜り込んだ。
翌朝は作り上げた鞄を、自分用の塗り薬や回復薬、そして攻撃系の道具も入れておく。
詰めても詰めても、まだ入りそう。しかも重さを感じない。
”無限鞄”! 素晴らしい!
くるっと回っても、重さを感じなかった。
これでいくら採取しても大丈夫だ。
私は迷宮の地へ、向かった。
ストくんも手伝うとついてきてくれたので、一緒に薬草の採取をする。
錬金術に使える素材があれば、なんでも採取した。
いつしか夢中になりすぎて、ストくんを見失ってしまう。
はぐれた。
「……」
ストくんを呼ぼうとした時だった。
茂みが揺れたので、慌ててポーチの中の爆弾を握る。
でも顔を出してきたのは、覚えのある可愛い犬だった。
つぶらな黒い瞳。短い毛と垂れ耳と長い舌。
「あなた……もしかして、キャプ?」
首を傾げて呼んでみた。
「アン!」
飛び出した犬の腰にはワシのような翼が生えている。
やっぱり、ピナのキャプだ。
私を覚えてくれていたのか、すり寄ってくれた。
顔を撫でていたけれど、キャプは私のドレスの裾に噛み付くと引っ張る。
「え? 何? そういえば、アルミスさんは?」
「くぅんー」
「そっち?」
ストくんと合流したいけれど、なんだかキャプはアルミスさんのところに連れていきたいみたい。
とりあえず、ついていってみた。
すると、少しだけ開けた森の中で、アルミスさんを見付ける。
一本の木に寄りかかって座っていた。
「アルミスさん? アルミスさん!」
彼に意識はないみたいだ。
どうしたのかと調べてみると、アルミスさんの左腕の袖が切れていた。
捲って見れば、黄色くくすんだ傷口がある。
黄色は、麻痺毒の傷だ。しかも、これは刃物によるもの。
誰かにやられたに違いない。
きっとまだ近くに!
「おっと動くな!」
剣が突き付けられた。
予想通り、アルミスさんは誰かに麻痺にされたらしい。
その人物だろう。賊か何かだろうか。
「次から次へと、めんどくせーな! まとめて切り刻むか!」
見えたのは、剣先。麻痺毒は塗られていない。
私はすぐに行動することにした。手に握っていた爆弾を、放つ。
同時に、ダメージを最小限にしようと、地面に飛び込んだ。
ドォン!
爆風に身を任せて地面を転がったあと、すぐに態勢を整えた。
「くそが!!」
爆炎を振り払って、剣を突き付けてきた男を見る。
緑の短い髪に、頬に古傷のあるガラの悪そうな男だ。
でも首からぶら下げているタグを見て知る。
その男が、冒険者だと。
「冒険者が何を!」
「関係ねーだろ!!」
私に向かって、剣を振り上げてきた。
煙幕の玉を、直接男にぶつける。黒い煙に纏われて、男は狼狽えた。
火炎の爆弾を、腹部に向けて投げつける。
「あちいぃい!!!」
火だるまになってしまった男は、地面を転げ回った。
その際に、袋を落とす。大量の魔石が入った袋だ。
どうやって集めたのだろうか。この冒険者は大した腕ではない。
だって、私にここまで追い込まれているのだもの。
私は疑問に思った。
でもそれより、アルミスさんだ。
麻痺を癒す薬を飲ませるために、口の中に流し込む。
アルミスさんは、意識を取り戻していた。
「奥に、少女が」
「え?」
か細い声だったけれど、確かにアルミスさんは少女がいると言ったのだ。
探しに行こうとしたら、アルミスさんに引っ張られた。
火傷を負った男が剣を突き刺そうとしたのだが、アルミスさんが”停止の時計”を使ったので、動きがピタリと止まる。
間一髪だ。
剣先が、鼻先にあった。
膝をついていた私は立ち上がって、別の道具を取り出す。太めの棒を停止した男に突き付けて、握った。
バァン!
棒の先から衝撃波が放たれる。男の身体は吹き飛んだ。
六十秒が経っても、きっともう起き上がらないだろう。
私は少女を探す。少し奥へ進めば、倒れている少女を見付けた。
さっきの男の剣にやられたのだろう。腕には深めの黄色い傷がある。
そして、お腹には刺されたものらしい傷があった。
金色の粉を振りかけて、先ずは痛みを取り除く。
お腹の傷は深すぎるみたいだから、塗り薬では足りない。
「超回復薬、特別だよ!」
猫の獣人である少女は、私を見ていた。
蜂蜜みたいな黄色い瞳で。
薄緑色の超回復薬は、とっておきの一品。昨日作ったばかり。
液体でいわゆるポーションなのだけれど、飲んでよし、かけてよし。
私は傷の中に注ぎ込んだ。
じわじわと、傷口が塞がれた。
経過を見て、血に濡れた腹部を拭う。傷跡もない。
「ごめん、麻痺毒に効く薬も飲んで。腕の傷は塗り薬で」
私はアルミスさんと同じものを飲ませ、そして塗り薬で腕の手当てをした。
「どうしてこんな目に?」
「魔石を盗もうとしたんだよ」
私は少女に尋ねたつもりだったけれど、後ろからアルミスさんが答えてくれる。
手には魔石の入った袋を持っていた。起き上がった少女に渡す。
「彼女が必死に集めた魔石を横取りしようとしたんだ。僕と君は居合わせた」
「酷い……通報しましょう」
魔石を、ということはお金目当て。
殺そうとするなんて、全く酷い悪人だ。
「立てる?」
「……はい」
「肩を貸すよ」
私は肩を貸して、少女を立ち上がらせた。
「……っ」
少女が、涙を流す。
怖かったのだろう。カタカタと震えている。
私は背中をさすってあげた。
命懸けで魔物と戦って得た魔石を、命ごと盗まれそうになったのだ。
怯えて泣いても、しょうがない。
「店長さん! どこまで採取して……って何事?」
ひっくり返った男の元まで戻ると、探しに来てくれたらしい。
ストくんと合流が出来た。
「もう大丈夫だよ。”帰還の宝玉”を使って、私の家に移動してもいい?」
襲われたあとだ。私達を信用出来ないだろうと思ったけれど、少女は啜り泣きながらも頷く。
アルミスさんが縛り上げた悪人の男も一緒に、我が家に戻った。
「……錬金術師?」
「そう。錬金術師のシティアよ」
私の店の中を見てから少女は私を見たので、私はそう微笑んで答える。
「シティア……」と少女は繰り返した。
冒険者ギルドに、被害を届ける。男を引き渡し、そして聴取を受けた。
少女のことも、冒険者ギルドが面倒を見るそうだ。任せていいと思い、預けた。
「ありがとうございました」と、少女は感謝を伝える。
別れる時もずっと、少女は深々と頭を下げ続けていた。
20211202