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♰06 塗り薬の評判。


「錬金術の塗り薬であんな傷をっ」

「信じられないっ」


 竜王の騎士達だけじゃない。

 私の道具の効果に驚きを隠せないでいる。

 見ていた冒険者達もそうだ。


「ありがとう」


 オーシャン様が、お礼を言う。


「皆を庇って、一人で一撃を受けたんだ……」

「竜の鎧を抉ったのが、一撃?」


 私はそのことの方が信じられないと目を見開く。

 どれだけ強力な魔物なのだ。


「シティア様?」


 エクィノ様の声で、二人して顔を見た。

 まだはっきりしていないだろうけれど、意識を取り戻したエクィノ様だ。


「シティア様がお前の命を救ったんだ」

「そうですか……これで妻は独りにならない……ありがとうございます」


 弱々しいけれど、柔和にエクィノ様は笑う。

 死にかけていた時、愛する人のことを考えていたのか。

 竜人族は、たった一人とだけを愛する。運命の番。

 その人が独りになることを、心配していた。


「ちょっとだけ……心配して……しました」

「眠ってていいです。血が増えるまで安静にしてください。痛み止めも一時間ほどで切れて、痛みがやってきます」


 エクィノ様の意識は朦朧としているはず。

 だから、オーシャン様に伝えておいた。


「シティア様。本当に感謝する」


 オーシャン様は、改めてお礼を言う。


「あー、いいんです。私は、もう帰りますね」


 私は急いで、帰還の宝玉を使って、我が家に帰った。

 逃げる。

 竜王の騎士に様付けされていたところを見られた。

 大勢の冒険者達に、だ。

 どうか、竜王様の運命の番なんて噂が流れませんように。


「よし。先ずは”停止の時計”を作らないと」


 祈りをしておきつつ、私は注文の品を作製し始めた。

 長時間、錬金窯に張り付いている必要があるから、疲労回復の薬をぐびっと飲んだ。

 錬金窯の中に”歪みの石”を一つ、入れる。

 調合を加えて、石の中から、力を抽出した。そこまで、八時間。

 どろどろに煮込んだ銀色の中に、懐中時計をぽとんっと入れる。

 あとは寝ていて平気。火石という石で、錬金窯を熱しているので、火事の心配もない。

 二階に戻って、ベッドに沈んだ。

 エクィノ様を救えてよかったな、と改めて思う。

 それから、竜王様もあの場にいなくてよかった。

 そう言えば、例の強力な魔物はどうなったんだろうか。

 やっぱり地上に出る前に、退治に行くのかな。

 詳しくはないけれど、精鋭を集めて、討伐するはず。

 大丈夫、と私は眠った。


 翌朝。”停止の時計”は、まだ煮込み中だ。

 確認したあと、私はサクッと作った朝食をとる。

 すると、コンコンとノックする音が聞こえてきた。

 白いドアは震えて、ベルも小さく鳴る。


「開店前なんだけどな……」


 ちょっと困りながら、私は口元を拭って、来客を見てみた。

 美しい女性が色々な花の花束を持って立っていたものだから、ちょっと目を点にしてしまう。

 優雅なウェーブのかかった白金髪と淡い青色の瞳をした美しい女性は、私に笑いかけた。


「おはようございます。シティア様」


 その女性は、私を様付けしたので、つい角があるのかと確認してしまう。

 いや、竜人族が皆、知っているわけがない。

 彼女は竜人族ではないし。


「エクィノ・マルツォの妻です。エレノア・マルツォと申します」


 花束を抱えたまま、淑女のお辞儀をする彼女は、エクィノ様の運命の番。

「どうぞ、中へ」と慌てて、中に招き入れた。

 玄関前で立たせているわけにもいかない。


「エクィノ様の容態はどうですか?」

「おかげさまで、もう職務に復帰出来ると言い張ってますが、今日は安静にと竜王様が仰ってくださったので自宅で休んでおります」

「それはよかったです」


 ホッとする。エクィノ様を竜王様も心配しているのか。


「シティア様がいなかったら危なかったと聞きました。命を救ってくれたのは、シティア様です。本当にわたくしのエクィノを救ってくださり、ありがとうございます」


 深々とエレノア様が頭を下げて、お礼を言う。

 わたくしのエクィノ、か。

 この人の大事な人を救えてよかった。心から思う。


「錬金術師だと聞いていたので、錬金術に役立つと店で教えてもらったものを花束にしてもらいました。これがお礼とは言いませんが、よかったら受け取ってください」

「あ、そんな、ありがとうございます。この花、よく使うので、助かります」


 美女から花束を差し出されてしまった。

 私は受け取っておく。錬金術やアロマにしてしまおう。


「あっ、紅茶でもいいかがですか? この花で淹れます」

「まぁ! いただきたいです」


 お茶に誘えば、嬉しそうに微笑んでくれたので、花束から薔薇を一輪抜いた。

 残りは花瓶に差し込む。ローズティーのための茶葉と、赤い薔薇の花びらを一枚一枚剥がして、中に入れた。

 そして蜂蜜を少々入れて、お湯を注いで、出来上がり。

 カウンターの前に二つしかない椅子を運び、そこに二人で座る。


「華やかな香り、素敵」


 匂いを味わって、エレノア様は紅茶を啜った。


「エレノア様は何か聞いていますか? その、エクィノ様が怪我を負った原因の魔物について」

「すごく強い魔物だとは聞いておりますが、詳しくは聞いておりません。まぁ美味しい」

「どうも。……やっぱり、竜王様の方で対処をなさるのでしょうか?」


 気になっていたので、エレノア様から情報を得ようと試みる。


「はい、竜王様が直々に向かうと聞きましたわ」

「えっ? 竜王様、本人が?」


 竜の鎧ごとお腹を抉るような強力な魔物の相手をするのか。


「エクィノは、竜王様の友でもありますから、その報復をしたいのでしょう。ああ、大丈夫ですよ? 竜王様は最強のお方、もしものことなんておきませんから、そんな顔をなさらないで」


 エレノア様が私の膝に手を置いて宥めた。

 ……私、どんな顔をしてしまったのだろうか。


「それにお一人で向かったわけではありませんわ。エクィノ以外の精鋭を連れて行きました。王都の人々に被害を与える前に討伐しますわ」


 エレノア様は、また紅茶を啜った。


「心配しますわよね。危険な迷宮の地に足を踏み入れるだけで、もしものことが起きたらと、不安になります。でも人々を守りたいと言う気持ちが強いので、やめてなんて言えませんわ」


 そうちょっぴり苦そうに笑う。


「私はアンダース王国出身ですが……アンダース王国の騎士が、迷宮に行くなんて聞いたことありません」

「まぁ、そうですの? この王都と迷宮の地が隣り合わせだから、大昔から魔物の対処をしてきたそうなので、この王国出身からすれば、当然のことに思いますわ」

「……いい王国だと思います」


 大昔から当たり前にやってきたことだとしても、やっぱり、いい王国だと思う。

 私が住んでいたアンダース王国の王都の貴族達は、のうのうとパーティーで着飾っては笑っていた。

 騎士達は王族や城を守るためにいて、迷宮の地に近い街を守るのはほとんど冒険者達だ。

 竜王様がいい王様だからだろう。いい王国だと思った。


「それは竜王様に伝えたら喜ぶのではないですか?」


 ふふっと楽しそうに笑うエレノア様も、どうやら知っているようだ。

 私が運命の番。そう思われていることを。


「……竜人族の運命の番だと知った時、エレノア様はどうだったのですか?」

「わたくしとエクィノの出逢いを知りたいのなら、いつか食事を食べにいらしてくださらないかしら」


 紅茶を飲み終えたのか、エレノア様はカップを置いては私の手を取る。

 今ここで、運命の番である気持ちを聞きたかったけれど。


「些細なお礼の一つで、手料理を振舞いたいですわ」

「料理をなさるのですか? シェフとか雇っていそうなのに……」

「マルツォ夫人になる前は、一般人でしたの。しかも、ウエイトレスだったのですよ。そんな私と……ああ、これは食事の時に話しますわ。結婚してから料理の腕を磨いてきました。シティア様は違うのでしょうか?」


 こんな美女が一般的なウエイトレスだったなんて。

 どう見ても、貴族の奥様って感じだ。

 身なりもそうだけれど、柔らかい口調まで、そう思わせる。

 竜王様の側近の騎士の妻としての振る舞いなのだろうか。


「私は……作ってもらうばかりで、あまり自分では作ってきませんでした」


 苦笑い。シェフに作ってもらってそれを食べていた。

 十六年間、料理はしていなかったけれど、前世の記憶を頼りに今は簡単な料理をしている。


「まぁ、そうでしたの? その話も食事の時に詳しく話してもらえると嬉しいですわ。そろそろ帰らないと、エクィノが探しに来てしまうかもしれないので」


 同情の目をしたから、ちょっと勘違いさせたかもしれない。

 捉え方によっては、ずっと親に作ってもらっていたけれど、今はもう作ってもらえなくなった。とか。

 エクィノ様が探しに来る、のは冗談ではないらしく、急いだ様子でドアに向かう。

 でもくるりと私を振り返ると、両手を握ってきた。


「同じ竜人の運命の番として、相談にも乗りますわ」

「あーえぇっと……はい」

「また会いましょう、シティア様」


 間近でにこっとされては、頷くことしか出来ない。

 エレノア様は、私の店をあとにした。


「……」


 思うところは色々あるけれど、開店準備をしなくては。

 まぁ、お客は来ないと思うけれど……。

 開店した直後に、ストくんがやってきた。


「生きてたのかよ」


 第一声がそれ。


「心配してくれてありがとう?」


 きっとツンデレだろうと思い、私はお礼を言っておく。


「べ、別にアンタの心配してねーし! 竜王様の騎士が一人重傷を負うくらいの化け物級の魔物が出たって噂を聞いたから……」


 それが心配したってことでは。

 可愛い子だなぁ。


「そう言えば、錬金術師がその騎士の怪我を一瞬で治したってのも聞いたけど、アンタじゃないよな?」


 からかいの笑みを向けてくるストくん。


「一瞬では治してないよ。ほら、ストくんが売ってくれる薬草で作った塗り薬を使ったんだ」

「へ?」

「ストくんのおかげだよ、ありがとう」

「いや、待てよ。え?」


 理解が追いつかないようで、ストくんは目を見開いたまま固まってしまう。

 そこでカランカランとベルが鳴った。

 飛び込むように入ってきたのは、カエストさん一行だ。


「シティアちゃん!! 例の塗り薬を買う!! 買わせて!!」

「はらわたが出るくらいの深い傷を塞ぐ塗り薬なんて、聞いたこともねぇよ!!」

「シティアすげーな!!」

「あの性能でこの値段? 破格すぎない? 値上げした方がいいわよ」


 興奮気味の三人と違って、商品の塗り薬を手にしたエリーさんは続けて言った。


「竜王の騎士の命を救った塗り薬を求めて、押し寄せてくるわよ。噂は広まってるんだから」


 どうやら、意図せず、売り込みに成功してしまったらしい。


「ストくん、薬草集めお願い出来る? たくさん買い取るよ」

「お、おおおうっ」


 動揺しすぎなストくんは店を飛び出した。

 カエストさん達が塗り薬を買っていったあとに、本当に押し寄せてきた。

 エクィノ様に感謝しなくては。

 おかげで錬金術師としての腕の信用を得られた。

 冒険者達が「万能塗り薬をくれ!!」と押し寄せてきたので、ちゃんと「万能ではありませんが、塗り薬はこれです」と何度言ったことやら。

 作りながら売っていたけれど、在庫切れ。

 ついでのように疲労回復効果がある薬や毒消しの薬も買ってもらえて、売り上げは最高。

 夕方前には、どっと疲れてしまい、私はカウンターに突っ伏した。

 閉店の看板を出したのに、カランカランと音が響く。訪問者だ。


「今日はもう閉店でー……」


 す。と疲れた声で言ったけれど、訪問者を見て息を飲み込んだ。

 この上なく、怒っていそうな竜王様が立っていた。

 腕を組み、私を見下ろす瞳は、責めてているよう。

 なんで。怒っていらっしゃるのかしら。



 

20211129

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