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♰03 運命の番は逃げた。


 運命の番。

 とてつもなく、この場から逃げたい。


「あの、ありがとうございます。助けてくださって、本当に。朝食やドレスまで。ありがたいのですが、その……運命の、つが、いって……」


 おずっとお辞儀をして、スカートを軽く摘まみ上げる。

 すると、歩み寄ってきた竜王様が、目の前に立つ。


「あ……ええっと……」

「言葉に詰まるとそう言う癖があるのか?」


 息が吹きかかるほど、また近い。

 彼の唇が、鼻の先だ。


「は、ぁ……」

「ん」


 唇が重なる。

 ああ、また触れ合った。

 息を整えなくちゃ。また酸欠になってしまう。

 けれど、どうしても唇に触れることに集中してしまった。

 竜王様の指が、私の髪を耳にかけてきて、頬を撫でる。

 それだけでうっとりとしてしまい、力が軽く抜けてしまった。

 崩れ落ちる前に、私は竜王様の襟をしっかりと握り締める。


「ふっ」


 なんだか嬉しそうな笑みを溢す竜王様。

 彼の左手は私の腰を滑り、右手は私の髪の間に滑り込んできた。


「あっ」


 甘い声を出してしまう。


「こんなの、っ、初めて、なのに」

「ああ、そうだ。これが運命」


 目を開くと、星空のような瞳が間近にあった。

 私を見つめる瞳は、熱い眼差しで、うっとりと見惚れているようだ。

 運命。

 また言われた言葉に、私は。


「……っ」


 涙を落とした。


「どうした?」


 竜王様が問う。涙のあとを拭ってくれながら。

 私は首を左右に振った。


「わかりません。何が運命なのか、わかりませんっ」


 すぐに泣いたことを誤魔化すように、顔を背ける。


「……竜人族は、運命の番と出逢うことを待つ。たった一人と結ばれる。人間と違って、誰構わずではない。たった一人としか、こうはならない」

「だめっ、やめて」


 私の拒否の声はあまりにも弱々しかったが、再び唇を重ねようとした竜王様はやめてくれる。

 運命の番。

 たった一人。運命の相手が見分けられる種族。

 それは、理解した。 


「それは、わかりました……でも、私が竜王様の運命の番だなんて、あり得ないです。私は……私、は……」


 言葉を詰まらせてしまう。

 なんで運命の番がいるんだ。

 それもこの上なく極上な美男。それだけではなく、良き王。

 そんな人の運命の番が、私なわけない。

 こんな……。こんな……。

 真実の愛を信じないような私なんて……。


「私はただのシティアです。見習いの錬金術師。私が竜王様の運命なんて……」

「感じるだろう? 運命だと」


 私の胸に手を当てて、心に訴えかけてくる。


「そんなの、本能か何かですよね? 特別に惹かれるフェロモンとか、そんな感じで……。運命で結ばれている相手なんて、お話の中だけでしょう? 何かの間違いです」


 竜王様が指し示す心にある熱を、私は気付かぬふりをした。

 竜王様は、身を引く。

 私から、手を放した。


「驚いた」


 竜王様が言う。


「こんなにつまらない者が、オレの運命の番だとはな……」


 ずきっと突き刺さる言葉。

 私はまた涙を流しそうになった。

 けれど、堪え切る。

 失望された。

 私を運命の番だと言って、熱い口付けまでしてくれた人に、失望されてしまったのだ。

 でも、当然だもの。


「助けてくださり、ありがとうございます。……出ていきます」

「……好きにしろ」


 もう興味を失くしたように私を見ない瞳に、ぎゅっと心臓を掴まれたような痛みを感じた。

 私は急いで、机の上のベルトを取り、腰につける。それからスーツケースを持った。


「失礼します」


 一礼してから、私は荷物を持って、執務室をあとにする。

 前世から、私は真実の愛を語ってきた。

 けれども、自分自身の真実の愛を信じてこなかったのだ。

 自分が信じられない。愛せない。愛されない。

 そう思って、生きてきた。

 愛に飢えていたから、愛の物語を書いてこれたけれど。

 けれども、私は誰かを愛せやしないし愛してもらえない。

 これが、真実だ。

 きっと、私は否定して離れるべきなんだ。

 彼が本当の真実の愛の相手を、本物の運命の番を、見付けるために。

 私はこうして、いなくなった方がいい。

 ぎゅうぎゅうに締め付けるような痛みを感じながらも、私は歩いて城を出ていった。


 こうして、私は――――。

 運命の番から逃げ出した。


 深呼吸をして痛みを吐き出す。

 忘れよう。もう、忘れていいんだ。

 新生活を始めるために、私は一歩を踏み出した。




 ♰♰♰



 竜王の執務室。

 側近のエクィノは入るなり、少し困った表情をする。


「いいのですか? ノーテ陛下。恋焦がれていた相手が、行ってしまいましたよ?」

「……」

「私を睨まないでください」


 鋭い眼差しを向ける竜王ノーテアルバに、肩を竦めて見せる。


「シティアについて調べろ」


 睨むことをやめるとノーテアルバは、机の上の紙を再び手にした。

 昨夜の孤児院とシティアについての報告書だ。

 シティアと名乗る少女の、些細の情報しかないそれに苛立って放った。


「アンダース王国に住む見習い錬金術師のシティアを調べるんだ。実の親から生い立ちまで、わかることを隅々と調べてくれ」


 腕を組んだノーテアルバは、深くため息をついた。


「どうして運命を信じない娘になったのかを知りたい」


 それを聞いたエクィノは笑う。


「運命の番だって信じてもらえなかったのですか? あの年頃の娘が? なんとも変わった娘ですね。独身の女性なら、あなたの番になるためならばなんだってするほどの人気を誇るあなたをフッたということですよね?」

「……」

「おっと、失言しました」


 再び睨まれたエクィノが、気を取り直して一礼をする。


「ノーテ。友人としても、側近としても、最善を尽くすと約束します。愛する伴侶がいないなんて、一生が孤独と同じです。私も妻に出逢えてなかったと思うと……」

「エクィノ。最後まで言わなくていい。聞き飽きた」

「そうかい? それは失礼。じゃあ、徹底的に調べます。ノーテ陛下」

「頼んだ」


 エクィノがにこやかに笑って退室したあと、ノーテアルバは椅子に腰を深く下ろした。

 またもや、深くため息をつく。


「シティア……」


 愛おし気に、その名を呟いた。

 彼女に触れた手。そして唇。

 目を閉じて、感触を反芻する。


「初めて、か」


 ふっと口を緩ませてしまった。


「オレだって、初めてなのに……」


 竜人族は、運命の番だけを求める。

 だから、初めてなのはお互い様だ。


「初めて、失恋か……ふっ。くっくっくっ」


 思わず、笑ってしまう。


「絶対に手に入れてやる」


 藍色の瞳はギラついた。



 ♰♰♰



 記憶していた住所へと真っ直ぐに向かった。

 幸い、城のある王都の中にある。王都は広いが、ほぼ近所だ。

 編集者さんからもらった地図には、不動産の建物に行った。

 家が欲しいと話したが、お金がないなら話にならないと言われてしまう。

 十六歳の小娘には、紹介もしてくれないのか。

 私は、にこやかに笑っておいた。お金を用意してまた来る、と。

 宿屋を見付けて、部屋をとる。しばらくの滞在場所だ。

 すぐに私のお金を管理してくれている編集者さんに手紙を送る。

 少し時間はかかるが、私が稼いだお金を送ってくれるはずだ。

 家を買えるほどの大金が無事来るか、心配だけれど。

 不動産さんを出たあとは、本屋さんに入った。

 錬金術の勉強をするために本を探したけれど、本屋の年配の店員さんに笑われてしまう。

 錬金術師なんて、今時珍しいと。

 でも重たくて分厚い本をもらえた。タダだ。

 嬉しいと、飛び跳ねた。

 大金が届くまで、私は宿屋の部屋で、その分厚い本の中身を覚える。

 リフリーさんには教われなかった錬金術が書かれたそれはとてもためになった。

 錬金術のレシピって面白い。でも色々と改良の余地はありそう。

 早く作業場が欲しいものだ。


 四日後に、大金が届いた。

 それをスーツケースに詰めて持ってきた私は、不動産にまたやってきた。

 同じ女性の人が対応してくれたので、私は中の大金を見せる。金貨や銀貨が山積み状態のスーツケース。

 目をギョッとさせたあと、笑顔を繕って、家の案内を始めてくれた。

 候補を何個か見せてくれたけれど、私はやっぱりゆくゆくは錬金術の道具を売れる店も持ちたいと相談して、選んでもらう。

 最適な場所を選んでもらえた。

 人通りはよくて、客足が入りやすそうな場所で、ポーチが可愛らしい家の中は広々している。

 煙突があって、大きな窓もいくつもあった。うむ。風通りがいい。錬金窯で、作業も難なくできそうだ。

 二階もある。そこを寝室にしよう。

 うん。イメージが固まった。


「ここを買いますわ!」


 私は、ほぼ即決。家を購入した。

 新居が決定。

 宿屋から荷物を運ぶけれど、本とスーツケースだけだ。

 ちょっとだけ着替えが増えたけれども、多くはない。

 これから、家具を一つずつ、買っていこう。

 掃除が行き届いているほど綺麗だったので、さっさと家具屋に行く。

 ベッド。そして、錬金窯を買う。

 家具屋のドワーフ族のおじさんに、また錬金術師とは珍しいと笑われてしまったが、気にしない。

 ライバルが少ないってことだ。ここで一番の錬金術師を目指そうではないか。

 錬金術に使うものを購入。買えるものだけ、買い漁った。


「先ずは覚えたてのレシピを作ってみる!」


 新居に入って早々に、私は錬金窯に火をつけた。

 覚えたてのレシピを、片っ端から作ってみることにする。

 先ずは、傷の塗り薬。

 材料を白くとろとろになるほど煮込み、完成だ。

 やっぱり試してみないとわからないので、ナイフで指先を切ってみた。

 赤い血が出てきたので、傷口に塗ってみる。

 瞬時に、血は止まる。傷口が塞がった。


「即効性だな。すごい」


 自画自賛しては、次を作ってみる。


「この材料より、あの材料の方がいいはず……でもあれかぁ、迷宮の地のそばよね、採取地は。また魔物に遭ったら危険すぎる。でも欲しいわ……。いつか取りに行こう。そのためには強い道具が必要よね」


 錬金術の書と、図鑑を見比べて、独り言を漏らす。


「攻撃系の道具も作ってみよう! ……どこかで試せるかしら?」


 まぁ、試すのはあとにして、とにかく作ってみよう。

 私は睡眠時間をしっかりとりつつも、食事はそこそこに済ませて、錬金術を行った。

 一方で、錬金術師としての商売をする許可を得るために、試験の勉強もしていたのだ。


 商売の許可を得るためには、商業ギルドで試験を受けなくてはいけなかった。

 またもや錬金術師なんて珍しいと笑われてしまうが、試験を受けさせてもらったのだ。

 試験の結果、無事合格した。

 小規模ではあるけれど、店を出す許可をもらえたのだ。

 我が家を持って、一月後のことだった。

 一月の間で、我が家も錬金術師っぽいものとなる。

 天井から乾燥させている薬草が吊るしてあるし、植木鉢もいくつかある。

 棚に並ぶ瓶にはよく使うパワーストーンを詰めてあるし、錬金窯は三つ並べてある。それぞれ用途が違う。

 アロマオイルの小瓶も、整列させておいている。錬金術にも使うけれど、私自身前世から好きなのだ。

 基本、注文を受けてから作るが、私はいくつかの定番商品を作っておくことにした。

 傷薬から爆弾まで。

 試験で作り方を問われたものだ。簡単すぎたが、おかげで店が開けたのでよかった。

 白いドアにはベルをつけておいたので、訪問者が来たら鳴る。

 例え、無我夢中で錬金術を行っていても、だ。


 カランカラン。


「はい! いらっしゃいませ!」


 ベルに反応して振り返ったら――――そこには極上の美男。

 この国でこよなく愛されている竜王様が立っていた。

 めでたく開いた錬金術道具の店に入ってくれた第一号が、まさかの竜王様。


 私のファーストキスの相手。

 そして私が逃亡した運命の番。

 いや、運命の番なんて、信じてないけれど。

 何しに来たの、この人!!?



 

20211123

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