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♰02 黒馬の王様。


 前世の家庭環境も酷いものだった。

 愛を十分にもらえなかったから、それが原因でこうなってしまったのだろうと推測が出来る。

 愛に飢えているが、愛を信じられない。

 どうせなら、前世など知らないまま生きていたかった。

 いや、きっとこれは、これでよかったのかもしれない。

 だって、きっと同じことの繰り返しだ。

 前世を知らないなら、私の人生は悪い方に転がっていたはずだもの。

 もう顔も忘れたが、あんな気色悪い男と結婚させられていたらなんてもしもの未来。想像したくもない。

 私はいいのだ。自分自身に愛なんて、縁がない魂なのだ、きっと。


 ――嗚呼、なんて悲しいんだろう。


 涙が流れて、私は目を開く。

 教会の中は薄暗い。私のためにロウソクの光が灯っている。

 ゆらゆらと揺らめくそれを見つめていれば、また眠りに落ちそうになった。

 そこで、獣のような叫びを耳にして、飛び起きる。

 これは……魔物!?

 近くはないが、遠くもない。

 同じく叫びを耳にしたシスターレベッカや子ども達が、出てきた。


「魔物がこんな近くに来るなんてっ……! 街に避難しましょう!」


 シスターレベッカは子ども達を安全な街へと移動させることにする。

 私も怯える子ども達を宥めつつ、一緒に教会を出た。


「あっ!」


 自分の荷物を忘れたことに気付く。

 あの中には、今の所持金がある。他にも必要なものがたくさん。

 万が一なくしては、困るのだ。


「おねえさんっ?」

「先に行って! 荷物忘れた!」

「だめだよ! おねえさん!!」


 女の子に呼び止められたけれど、走って教会の中に戻る。

 使っていた長椅子の下に入れておいたスーツケース。ちゃんとあってホッとした。

 あとは身の安全のために、私も街に避難しなくては。

 教会の外に出た瞬間だ。

 私が知っている馬よりも一回り大きな黒い馬がいたものだから、驚いてしまう。

 この暗さの中に溶け込んでしまいそうなほど、黒い黒い馬には、明かりを灯すかのように淡い青白に光る角を持っていた。

 この生き物は、もしかしてユニコーン?

 黒いユニコーンがいるなんて初めて知った。

 そんな黒いユニコーンに跨る人がいることに気付く。

 満点の星空の明かりで、彼のことは不思議なほど、はっきりと見えた。

 藍色の夜空と同じ瞳と髪色を持つ、この上なく極上な美男だ。

 欠点があるとするのなら、私には慣れ親しくない角を生やしていることぐらいだろうか。

 きっと竜人族だ。角を生やした人の姿。そして、竜にも変身するらしい。

 そんな彼は、目を細めて私を見下ろした。

 それから、黒いユニコーンから降りて、私の前まで歩み寄ってきたのだ。

 私は固まっていた。何故かはわからない。

 なんとなく、彼の瞳から目が逸らせなかった。

 とん、と背にしていた壁に、手をつく彼に逃げ場を塞がれた。

 背が高くて、私はまだ彼を見上げる。

 近い。長い睫毛の下の藍色の瞳。目が離せないまま、どんどん近付く。

 まるで言葉は要らないかのように、ただ唇を重ねた。

 それは私が小説でよく書いたシーンのよう。

 真実の愛を誓いあう二人の熱い口付けみたい。

 触れ合う唇。なのに、足りなくて、もっとと欲した。

 私は彼の頬に手を当てて、引き寄せて深い口付けを求める。


「やっと現れた……」


 口付けの合間に、彼が声を出す。

 ぞくっとしてしまうほど、落ち着いた低い声。


「オレの、運命の(つがい)……」

「えっ……?」


 唇が離れてしまった。

 私は、ぽけーっとしてしまう。

 熱い口付けでのぼせてしまったかのよう。

 酸素不足で、少し息が上がっている。

 つがい……?


「きゃああ!!」


 女の子の悲鳴で、ハッと我に返る。


「子どもがっ!」


 私は竜人の男性を押し退けて、悲鳴の方へと駆け出した。

 スカートを捲し上げながら走りつつ、私はポーチからライトの道具を取る。


「どこ!? あっいた! 大丈夫!?」


 街へ行く道を進めば、女の子を発見。

 しかし、目の前には、巨大な犬の姿をした魔物がいた。

 ライトを使って私は目くらましをしたが、後悔する。

 巨大な犬は、一匹だけではなかった。

 強い発光した瞬間、森の中には多くの巨大な犬の魔物がいる。

 まずい。爆発系の道具も用意しているが、この数では足りないだろう。

 先ずは、目の前の魔物だ。

 女の子を救うためにも、爆発系の道具を取り出した。

 火薬を詰め込んだ球体の道具を、投げつける。

 バンッと赤黒い爆発が、魔物の顔で炸裂。

 怯んだ隙に女の子を抱えて、街へ走り出そうとした。

 しかし、他の犬の魔物が、阻んだ。


「っ!」


 女の子を背にして、下がる。

 爆撃をした犬の魔物も、もう私に狙いを定めている。

 爆発系の道具も、大したダメージを与えられていない。

 もっと強化した武器がいるっ。

 でも、今あるのはこれだけだ。

 魔法だって、この道具より強いものは使えない。


「ねぇ! また爆発で攻撃するから、音がしたら街へ走るのよ!」

「でも、おねえさんがっ」

「私は大丈夫! 行くわよ!!」


 両手で道具を持つ。

 球体の道具を投げつけた。

 ドドドンッ!

 双方の魔物にぶつかり、複数の爆発をした。

 女の子は駆け出したが、地面の上を転んだ。


「平気!?」

「ごめんなさいっ!」

「大丈夫、行こう!」


 女の子を抱えて逃げるしかない。

 しかし、別の犬の魔物が、飛びかかってきた。

 女の子を庇おうと無意識に抱き締めた瞬間だ。

 青い稲妻が走る。

 犬の魔物は、両断された。

 竜人の男性が剣で切ったのだ。

 男性の仲間なのか、彼らも次々と犬の魔物を切り捨てた。


「怪我はないな?」


 私を振り返る藍色の瞳。


「竜王様だ!」


 抱き締めている女の子が、彼をそう呼んだ。


「えっ? 竜王、さま?」


 それって、隣の国の王様のことではないか。

 そんなまさか。

 白馬の王子様ではなく、黒馬の王様?

 こんなところにいるわけなっ……。


「我が名は竜王ノーテアルバ・セラータヴェッキオ」


 携えた腰の鞘に剣を収めて、彼は告げた。

 聞いたことのある名前。

 間違いなく、竜王様のものだ。


「名は?」


 そして、私の名前を訊ねた。


「君は何者だ?」

「私は……見習い錬金術師のシティラと申します。竜王陛下」


 名乗ってから気付く。

 もしかして、私は嘘をつくと言う大罪を犯してしまったのでは。

 いや、嘘ではない。

 私は見習い錬金術師のシティラだ。今は、もう。


「シティラ、か」


 竜王様の落ち着いた低い声に名を呼ばれて、ゾクッとした。

 おずっと、頭を下げる。

 そんな私に、竜王様は手を差し出した。


「……あの、ありがとうございます。助けてくださ、り!?」


 手を重ねながらお礼を伝えると、急に引っ張られる。

 そして抱え上げられたかと思えば、黒いユニコーンの上に跨った。


「子ども達の無事と周囲の捜索をして安全を確認しろ。先に城へ戻る」

「わかりました、陛下」


 竜王様が、部下であろう仲間に告げる。

 返事を受け取るなり、ユニコーンを走らせた。

 ユニコーンは、空を駆けた。魔力で足場を作って、空中を走っているらしく、蹄の足元に煌びやかなラメが吹き出す。

 満点の星が瞬く藍色の夜空を駆ける光景は、とても美しい光景だった。

 そんな光景に見惚れていたあと、私は彼を見る。

 ずっと、私を見ていたらしい。

 藍色の瞳の中にも、星空があるようだった。

 その瞳の中にも、見惚れてしまう。

 白馬の王子様ではなく、黒い馬に跨った王様と出逢った。

 彼が私を運命の番だなんて言ったことを、忘れてしまう。

 ただその瞬間、見つめ合うことで満たされていた。




 目が覚めると、私はベッドの上に横たわっていた。

 天蓋付きのキングサイズのベッド。

 もふもふしていて、心地いい。私は寝返りを打ったが、ハッとして起き上がる。

 私の荷物!!

 女の子の悲鳴を聞いて投げ出してしまったではないか!

 なんてこと!!

 私はベッドから降りた。

 すると、タイミングよく扉が開かれた。

 竜人族と獣人族のメイド姿をした女性達が入ってくる。

 思わず、身構えたけれど、すでに装備したベルトがない。

 あれ。ベルト、装備、どこだ?


「おはようございます、シティア様。竜王様から世話係を仰せつかっております、レイチェンと」

「アナタシアと申します」

「着替えを用意しました。着替えましょう」

「朝食も用意しました。残念ながら、竜王様はもう食べ終わり、ただいま職務中です。”先に食べてしまい、申し訳なかった”と言付けを」

「竜王様はシティア様の睡眠を妨げないように配慮したのです」


 ピンク色の髪をした竜人族の女性が、レイチェンさん。

 亜麻色の髪をした狐耳の獣人族の女性が、アナタシアさん。

 交互に話されて私は視線を左右に動かしながら聞いた。


「あー……大丈夫です」

「ご理解ありがとうございます。では着替えましょう」


 レイチェンさんとアナタシアさんの二人がかりで、ドレスを着させてくれる。

 落ち着いた赤色のドレスは淡いピンク色のフリルがはみ出ているデザイン。

 キュッとコルセットを締められてしまう。

 まるで、夜会用のドレスを着ているみたい。

 それだけではなく、軽く化粧も施された。

 朝食だけのに、大袈裟だ。

 そう思ったが、ここは竜王様の城らしい。

 これくらいが同然なのかもしれないのだろう。

 私は一人で、広々としたダイニングルームで、朝食をいただいた。

 あまり食欲はない。城なんて、いても心地よくない。

 いや、ベッドはもふもふで気持ちよかったけれども。

 緊張で息が詰まりそうだ。


「散策をなさいますか? シティア様」

「緊張がほぐれるでしょう」


 私の緊張を見抜いたレイチェンさんとアナタシアさんは、私を城の散策へと誘ってくれた。

 レイチェンさんは真面目な顔つきだけれど、アナタシアさんはニコニコしている。

 他にすることもないから、私はついていくことにした。


「セラータヴェッキオ竜王国は初めてですか?」


 アナタシアさんが問う。


「あ、はい。初めてです。私は隣の国のアンダース王国から来ました。迷宮の地を突っ切って、この国に来ようとしたのですが……」

「まぁ、迷宮の地を通るとは、勇敢ですわね。それとも、差し迫った事情があったのですか?」


 きょとん、とアナタシアさんは首を傾げる。

 まぁ、確かに差し迫った事情があった。アンダース国の中では安心して暮らせない。

 家に連れ戻されるとは思わないが、ビクビクして暮らすなんてごめんだ。

 セラータヴェッキオ竜王国なら、子爵家の者でも手を出せない。


「……わぁ!」


 案内されたのは、一番高いバルコニーだ。

 そこから、セラータヴェッキオ竜王国が広がっていた。

 美しい街並みがある。黄金のような色の煉瓦の壁。赤や橙の瓦の屋根。統一された素敵な街。

 空は澄んだ青い色。雲一つない美しい景色。

 風が吹いて、私の真っ赤な髪を舞い上がらせた。


「失礼します、シティア様。竜王様が探しております」


 昨夜見た竜王様の仲間の一人がやってきて言う。

 スカイブルーの長髪をした竜人族の美男。騎士な鎧とマントを纏っている。


「はい、今行きます」


 ちょっと和らいだ緊張が、舞い戻ってきてしまった。

 私はお辞儀をするレイチェンさんとアナタシアさんの間を通り、美男な騎士の後ろを歩いていく。


「私は、竜王様の側近のエクィノ・マルツォと申します。お会い出来て光栄です。ノーテ陛下は、あなたと出逢うことをずっとお待ちしておりました」

「え? あ、えっと……そう、なんですか……」


 美男な騎士は、エクィノと言うらしい。

 私と会うことを待っていた。

 運命の番。

 そう呼んでいた。だから、私はここにいる。

 重圧だ。どういうことか、訊ねなければ。


「この部屋です」


 エクィノ様は、立派な金色に縁どられた扉の前で立ち止まった。

 ごくりと息を飲んで、私は開いてくれた扉をくぐる。

 中は、執務室らしい。

 どっしりしたダークブラウン色の机の前で、一枚の紙を見ていた竜王様がいた。

 わぁ。やっぱり、この上なく極上な美男だ。

 明るいところで見ても、夜空のような藍色の瞳を持っている人だ。

 角も、よく見えた。渦巻くような角は、ラピスラズリのようだ。濃い藍色に、金箔が散りばめられた二つの角。

 藍色の前髪の隙間から見えた藍色の瞳が、私に向けられた。

 後ろで扉が閉まる。


「シティア」

「……竜王様」

「ノーテでいい、親しい者はそう呼ぶ」


 令嬢として染みついたお辞儀をすると、竜王様は親しい人が呼ぶ名を許可する。

 そう言われても、委縮してしまう。


「あっ、私の荷物……」


 机の上には、私のスーツケースがあった。


「あの孤児院の子ども達は全員無事だった」

「本当ですか? よかった……」

「ああ。元々気にかけていたんだ、街はずれにある孤児院がいつか魔物に襲われるのではないかと……無事でよかった」


 隣の国の最果ての孤児院を気にかけていたのか。

 すごく、いい王様だ。

 とろんとした熱を胸の中に感じてしまい、私はその熱に流されまいとした。


「しかし、気がかりだ。君はたまたま泊まっていたと聞いた。この竜王国に来る為に旅をしていたと。こんな少ない手荷物だけで、横断するとは……よほど差し迫った事情があるのか?」

「あぁーええっと……」


 手にしているその紙にでも、書かれているのだろうか。

 うわ。詮索されている。

 ここで白状するべきだろうか。


「君は見習いと言っていたな? 錬金術師の。初歩的な道具だが、出来はいいと見受ける。どこで習ったんだ? 師は有名か?」

「あぁーええっと……」

「”ああええっと”?」


 私が質問に答えないから、少し不機嫌な目付きをした。

 私のベルトまである。私が作った道具を手にして、覗き込む。

 ちょっとした傷を治す緑の飲み薬。


「質問が多すぎますわ、竜王様」

「ノーテ、だ」


 いや、ノーテと呼ぶのは、ちょっと……躊躇が。


「師匠はいません。基礎なら教えてくれる人がいましたが……あとは独学で成長するつもりです」

「そうか。では、城内に作業室を設けよう」

「……何故ですか?」


 小首を傾げてしまう。

 なんで作業室を設けようとしてくれるのだろうか。

 問わずも、きっと私のものだろう。


「何故って……君はオレの運命の番だからだ」


 運命の番。

 はっきりと聞いた。



 

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