ももたろ
今となっては昔のことだが、
いたのさ。
桃太郎ってやつがね。
ああ違った。
その前にいたんだった。
ジイルとバアルの二人がさ。
ジジイとババアをもじってつけた名前だって言うぜ。
どうでもいいけどな。
二人は手分けして生計を立てていた。
バアルは川沿いでクリーニング店を経営して。
ジイルは山で石炭の採掘をしていたそうだ。
収入はそこそこ、贅沢とまではいかなくとも不自由なく暮らしていたのさ。
そんなある日のことだ。
バアルが経営するクリーニング店の店先に、荷物が置いてあったんだ。
でかいダンボールでね。
でも開けてみたらえらく過剰包装でさ。
入ってたのは桃の缶詰ひとつだけだった。
でっかい1号缶に桃の絵が書いてある。
バアルは運んだよ。桃缶をね。
どこへって、そりゃあ自分の家までさ。
説明したっけか、ジイルとバアルはいっしょに暮らしてるんだ。
だから家に着いたらジイルがいた。
二人の家だもんな。
そりゃあいるさ。
誰かが待つ家に帰るっていいもんだね。
バアルはさ、二人で食べたかったんだ。
桃缶をね。
バアルはジイルが大好きだからね。
ジイルもバアルが大好きなのさ。
ジイルが缶切りを出してきた。
つまみを回して開けるやつ。便利だよねあれ。
最近はイージーオープンエンドの缶詰が多くて出番が少なくなってるけどね。
缶の端っこを缶切りではさんで、つまみをくいくい回すと、缶の蓋が切れていく。
とても簡単だ。
もしやったことがなかったら、一度はやってみるといいと思うぜ。おもしろいから。
一度で充分だけどな。
とにかく蓋が開いた。
中に入ってたのは桃かな?
ジイルもバアルもそう思ってた。
でも予想はつくよね。
違ったんだ。
じゃあ桃太郎が入ってたのかと言うと、
間違っちゃいないが完全に正解ってわけでもなかった。
だいたい2%くらい正解ってとこかな。
重量にして1200グラムくらいさ。
桃缶から出てきたのは小さな脳みそだったのさ。
外気に触れないように透明なビニールに包まれてね。
ちゃんと脊髄も付いている。
脊髄は長いからくるくる巻いてあったよ。
でないと缶に入らないもんな。
バアルはそりゃあビックリした。
当然だよね。
桃だと思ってたところに脳みそだもんな。
ところがジイルの方はそれほど驚いてなかった。
心当たりがあったのさ。
桃缶開けるまで忘れてたんだけどね。
でもジイルは思い出した。
これは日刊デア**ティーニ桃太郎の第一号だったのさ。
定期的に送られてくるパーツを組み立てると桃太郎が出来上がるってやつ。
定期購入申し込んでたのをジイルが忘れてたんだ。
通販でついつい何か注文しちゃうのはジイルの癖でね。
バアルはそんなジイルを怒りもせずに笑って受け入れてた。
バアルはジイルが大好きだからね。
ジイルもそんなバアルが大好きなんだ。
とりあえず脳みそは桃缶の中に戻したよ。
次のパーツが来るまで何もできないからね。
それから二人で晩ご飯さ。
献立は麻婆豆腐だったよ。
作るのも洗い物も二人でやるんだ。
仲がいいよね。
食後はピーチ味のアイスクリームを食べたよ。
桃缶の代わりに買ってきたんだ。
コンビニでね。
次の日も荷物が届いた。
バアルのクリーニング店にね。
お届け先はここにしてあるんだ。
何でかって言うと、組み立てに結構電気を使うのさ。
店舗には事業用の三相200ボルト動力が引き込んであるからね。
せっかくだからね。
電気窃盗にならないかって?
大丈夫。
この店はオーナーも経営者もバアルだから。
法人化もしてないしね。
横領にはならないよ。
さて、日刊デア**ティーニ桃太郎第二号だけど、これがまたえらくデカかった。
第一号のダンボールもデカかったけどそんなもんじゃない。
部屋1個分くらいあるんだ。
というか送られてきたのは部屋そのものでね。
組み立て用の無菌ブースなのさ。
何せ生体を組み立てるわけだからね。
こういうのが要るってわけさ。
6畳ぐらいの部屋でね。
出入り口にはエアカーテンもついていて埃とかが入らないようになってるのさ。
店舗の裏手に空いてるスペースがあったのも、お届け先をここにした理由のひとつさ。
でかいからね。
場所を取るからね。
仕事が終わったバアルはジイルを待った。
そしたらジイルが来たよ。店の裏手にね。
ジイルも仕事が終わってから直行さ。
楽しみにしてたもんな。
さあ、組み立てだ。
第二号の内容は組み立てブースだけじゃなくてね。
部屋の中に入ると、作業台の上に桃缶が一つ置いてあった。
脳みそに続く二つ目のパーツさ。
缶切りの出番だね。
滅菌手袋とマスクをつけたジイルが缶を開ける。
その間バアルは、家から持ってきた脳みそ入りのビニールを洗浄槽で洗っていた。
素手で触っちゃったからね。洗わないとね。
ビニールは細長いんだぜ。脊髄を伸ばしたまま入れられるようにね。
缶が開いた。
中に入ってたのは、頭蓋骨さ。プチプチシートに包まれてね。
そりゃあ脳みその次はこれだよね。
足の小指とかが入ってても組み立てられないもんな。
頭蓋骨は大体20個くらいの骨があるんだけど
これはあらかじめ組み立て済みで2つのパーツにまとめられてた。
下半分と上半分。
ありがたいね。
細かいの組み立てるのはめんどいもんね。
さあ最初の組み立てだ。
ビニールに入ったままの脳みそを、まず長く伸びた脊髄を頭蓋骨の大後頭孔の穴に上から通す。
全部通して脳みその位置を調節してから、前頭骨と頭頂骨で出来た蓋をかぶせる。
グッと抑えてやると、パチンと音がして縫合線でしっかり骨が噛み合った。
これで終わりだ。
簡単だね。
ビニールがそのままなのが気になるかい?
大丈夫。
これもパーツのひとつなんだ。
ある程度組み立てが進んだところで電流を流すとね。
髄膜を形成するようになってるのさ。
硬膜とクモ膜と軟膜をね。
あんまり面倒な作業はしなくていいようになってるんだ。
親切だね。
そんなこんなでさ。
それから毎日パーツが届いて。
毎日それを組み立てた。
ちょっとずつ、でも確実に出来上がっていくんだ。
なかなか大変だけどやりがいがあるよね。
パーツは全部で280個あるんだ。
だから出来上がるのに280日かかるってわけさ。
ずいぶんかかるけどね。
ちっとも苦じゃないのさ。
出来上がっていくのが楽しいのはもちろんだし。
二人でやることだからね。
二人でなら何でも楽しいのさ。
お互い大好きだからね。
さあ、太陰暦計算で十月十日が近づいてきた。
ほとんど出来上がってる。
もう皮膚まで全部覆われてて、昨日は爪をつけた。
今日は毛髪を植える予定だ。
綺麗な、真っ直ぐで艶のある黒髪さ。
すでに毛髪が植えてある薄い皮を頭にかぶせて。
ガイドマークに電流を流すと薄皮が頭皮と一体化する。
これで身体部分に関しては出来上がりさ。
明日、最後のパーツが届く。
楽しみだね。
楽しみだったんだ。
楽しみだったんだけど。
悪いことって起こるもんさ。
鬼なんだ。
悪いことはみんな鬼のせいなのさ。
この街に荷物を運ぶ河川貨物船が鬼に襲われてね。
全部奪われちゃったんだ。
荷物をね。
奪われた荷物の中にね。
あったんだよ。
桃太郎の最後のパーツがさ。
桃太郎の心。
【ピーチハート】がさ。
困っちゃうよね。
ジイルとバアルも困ったよ。
これじゃ桃太郎が出来上がらないもんな。
もうちょっとだったのにさ。
途方に暮れてたんだ。
そこにね。
来たのさ。
犬とね。
猿とね。
キジがね。
正確に言うと、犬を連れた人と、猿を連れた人と、キジを連れた人がね。
もっと正確に言うと、
デア**ティーニ犬を連れた人と
デア**ティーニ猿を連れた人と
デア**ティーニキジを連れた人がね。
来たんだ。
桃太郎は未完成なんだけどさ。
犬と猿とキジも未完成なのさ。
こいつらも最後のパーツが同じ貨物船で運ばれてくるはずだったのさ。
鬼に奪われちゃったけどね。
犬の最後のパーツは【仁】で
猿の最後のパーツは【智】で
キジの最後のパーツは【勇】でね。
みんなあと一つで出来上がってたのにね。
鬼って迷惑だね。奪うばかりでさ。
奪うのが鬼なんだ。
それでさ。
犬と猿とキジが連れてこられた理由ってやつなんだけど。
桃太郎のパーツの中にね。
あるんだ。
【仁回路】と【智回路】と【勇回路】がね。
あったんだよ。
もうしっかり組み込み済みで取り出せるもんでもないんだけどさ。
なんとか接続して犬、猿、キジを起動できないもんかってね。
来てみたってわけなのさ。
一縷の望みをかけてね。
ジイルもバアルも承諾したよ。
困ったときはお互い様だもんな。
あとひと息ってとこで阻まれた気持ちはよく分かるもんね。
桃太郎の仁回路、智回路、勇回路はヒト用のそれさ。
そのまま犬猿キジに使えるもんでもない。
だからジイルとバアルはキビダンゴを用意した。
開放型機構間相互接続設定機能を持ったキビダンゴさ。
桃太郎と、犬猿キジを結びつけるもの。
そりゃあやっぱりキビダンゴでしょ。
これで異なるシステム間での接続ができるようになった。
犬と猿とキジのそれぞれの口の中に一つずつキビダンゴを押し込んで。
桃太郎の口にもキビダンゴを一つ押し込んだ。
そしたら電流の出番さ。
電流を流して起動するんだ。
なんたって起動するなら電流だよね。
かっこいいもんな。
コンデンサーで1万ボルトに昇圧した電気を放電管から一気に流す。
ピカッバリバリッ! てね。
それから冷却さ。
冷却機がゴンゴン回って。
熱が冷めたところで。
「ワン!」
「キッキ!」
「ケンケーン!」
犬と猿とキジが起動したんだ。
やったね。
キビタンゴを介した桃太郎内の仁智勇回路とのリンクがうまくいったみたいだね。
「わう……」
「きー……」
「けーん……」
起動した三匹は桃太郎を気にしていた。
ん? 二匹と一羽だろうって?
めんどくさいだろ。
三匹でいいよ。
とにかく三匹は桃太郎を気にしていた。
自分らが大事なものを分けてもらったのを分かってるんだね。
三匹は起動したけどね。
桃太郎は起動してないんだ。
桃太郎の足りないパーツ、ピーチハートを補うだけものを三匹は持ってなかったのさ。
もらってばかりのすまなさで三匹はショボンとしてた。
見てるとかわいそうになってくるよ。
そこにね。
来たのさ。
この町の人たちがね。
大勢ね。
鬼に何かを奪われた人たちがね。
奪われてもなお、誰かの力になろうとして。
集まってきたんだ。
ジイルとバアルがこの町で築き上げてきた、人々との絆ってやつでね。
ジイルとバアルのために。
桃太郎のために。
町の人たちは祈った。
できることはそれくらいなのさ。
3万人の祈りが、想いが、桃太郎を満たしていく。
空っぽの心に、満ちていく。
目覚めて。
目覚めて。
そこに、青天の霹靂。
雲ひとつ無い空から、雷が落ちてきた。
なんたって起動するなら電流だよね。
かっこいいもんな。
雷で起動するなんて、もう最高にかっこいいよ。
10億ボルトの起動電流さ。
放電管を通して桃太郎に流し込まれていく。
そして目覚めた。
桃太郎が。
足りないものの代わりに、町の人たちの願いに満たされて。
人の祈りと、天の計らいによって。
「ボクは……」
起きあがって桃太郎はつぶやいた。
「取り戻してくる。鬼から。ボクらのものを。みんなのものを……!」
町の人たちから拍手と歓声が沸き起こった。
ジイルとバアルも手を握りあって涙を流してる。
「ワンワン!」
「キッキキッキ!」
「ケンケーンケンケーン!」
お供します、と犬猿キジも声をあげた。
キビダンゴで結ばれた仲間だもんな。
それから遠征の準備さ。
目指すは鬼ヶ島。
絶海の孤島、鬼たちの本拠。
鬼に襲われた河川貨物船のオーナーが、最新の小型蒸気船を提供してくれた。
燃料の石炭をたっぷり積み込む。ジイルが掘ってきた石炭だぜ。
バアルは桃太郎のために用意していた陣羽織に丁寧にクリーニングをかけて、撥水コートと、耐火コートと耐冷コートと耐電コートと耐刃コートをかけて着せてやった。
町の人たちから贈られたのは、一振りの刀。
桃をあしらった鉢巻。
それから、『日本一』と書かれた幟旗。
日本って知ってるかい?
馬も鳥も魚もたどり着けない遠い世界にあった国だっていうぜ。
桃太郎はもともと日本から伝わった伝説なんだってさ。
さあ、出発だ。
見送る町の人たちと、ジイルとバアルに手を振って。
船を出す。
鬼ヶ島を目指して。
いや、違うね。
目指すのは、この町さ。
帰ってくるために、進むのさ。
鬼ヶ島なんて、ただの通過点なのさ。
前を向く桃太郎の目に映るのは、この町の未来なのさ。
「ワン!」
「キッキ!」
「ケンケーン!」
犬猿キジも、張り切ってるね。
頼もしいこった。
力強い蒸気機関が、船を進める。
川をどんどん下るにつれて、支流が何本も合流して、川幅が広くなっていく。
潮の香りがしてきた。
もうすぐ河口だ。
海に出た。
でっかいよね。海。
どこまでも続く水平線。
水平線って意外と近いけどね。
5、6キロくらいしかないっていうぜ。
振り向けば陸が遠ざかっていく。
やがて水平線の向こうに陸は没して、周りは見渡す限りの青い海。雲ひとつ無い青い空。
これから戦いに赴くとは思えないほど爽快な風景だ。
そんな青一色の景色の中に、ポツリと黒いシミのようなものが現れた。
おどろおどろしい雲が広がっていく。
近いね。鬼ヶ島が。
見えてきたよ。鬼ヶ島が。
なんて不吉な光景なんだろう。
暗い空。
淀んだ空気。
濁った水。
乾いた土。
草木も生えず、ただ火が燃えている。
こんなところに鬼はいる。
鬼はね、悪いやつなんだ。
悪いことはみんな鬼のせいなのさ。
嵐も。旱も。山火事も。大水も。戦も。病も。
鬼がみんな引き受けるんだ。
その責をね。
だから鬼は退治される。
救われないんだ。鬼は。
敵であり続けるんだ。全ての。
いつかは鬼さえも救う者が現れるかもしれない。
だけど今はまだ、鬼は桃太郎に退治されるための存在なのさ。
「クゥーン」
犬が鳴いた。
みんなも感じていた。
血の臭いだ。
命の気配のない砂浜に船を乗り上げる。
その砂浜に、鬼が、いた。
いた、のさ。
もういないんだ。
死んでたんだ。鬼は。
一太刀で切り捨てられて。
死んでた。
浜に血臭が立ち込める。
船を降りて島の奥へと歩を進める。
天は厚い雲に覆われて、しょっちゅう島のどこかに雷が落ちている。
そんな中をね。
そこかしこに、鬼が、いた。
死んでいた。
みんな刀傷だ。
やがてたくさんの鬼の死骸の転がる広場の真ん中に。
誰かが立っていた。
血に濡れた刀を手にして。
陣羽織に、桃をあしらった鉢巻。
まるで、桃太郎のような。
その人影が、振り向いた。
「やあ、君たちは貧しいね。僕は豊かだよ」
「ワォン!」
「キィー!」
「ケェーン!」
三匹が威嚇する。
二匹と一羽だろうって?
またかよ。
めんどいから三匹でいいって言ったろ。
「君も桃太郎か」
「そうだよ。鬼が奪ってきた荷物の中にね、デア**ティーニ桃太郎がフルセットあったんだ。何を思ったのか鬼の奴ら、僕を組み立てちゃったのさ。少しずつ組み立てるのが楽しいものを一時に組み立てるなんて、無粋な奴らだよね」
「ワン!」
「君のだったのかな。鬼の奴ら、奪ってきた犬用の【仁】をムリヤリ僕に組み込んでくれたよ」
「キッキ!」
「君のだったのかな。鬼の奴ら、奪ってきた猿用の【智】をムリヤリ僕に組み込んでくれたよ」
「ケンケーン!」
「君のだったのかな。鬼の奴ら、奪ってきたキジ用の【勇】をムリヤリ僕に組み込んでくれたよ」
桃太郎が桃太郎を見つめる。
どっちがどっちをだろうね。よく分かんないや。
「君は口数が少ないね。心が無いからなのかな? 君のだったのかな、鬼の奴ら、奪ってきたピーチハートを僕に組み込んでくれたよ。今の僕は仁智勇が二つずつ、ピーチハートも二つ。デュアル桃太郎、それが僕さ。豊かだろう? 僕は」
日の光を遮る厚い雲に雷光が走る。
「この土地はしょっちゅう雷が落ちるからね。起動電流にも事欠かなかったよ。おかげで僕は豊かさ。君たちは貧しいね。足りないね、貧しいね、君たちは」
血まみれの刀を肩に担ぐ。
血が、肩口に染み込んだ。
「でも君たちが来てくれて助かったよ。鬼は全部斬っちゃったし、もう斬るものがなかったんだ。これでまた斬れる。また斬れる」
「なぜ斬る」
「慣性かな。いっぱい斬ったからね。すぐには止まらないのさ。じゃあ斬るよ。一人と二匹と一羽、斬るよ」
「ワン!(またかよ!)」
「キッキ!(三匹でいいって言ったろ!)」
「ケンケーン!(めんどくさいだろ!)」
「僕も入れて、四匹でいい」
「桃太郎剣術、一ノ太刀!」
地を蹴って、デュアル桃太郎が迫る。
桃太郎が町から送られた刀を抜き放つ。
ギィン!!!
血塗られた刃を、未だ清浄な刃が迎え撃った。
「ワォン!」
犬の噛みつき攻撃だ!
「デュアル、仁!」
オーバーロードした【仁】が犬を吹き飛ばす。
やさしさも過剰なら暴力だとでもいうのかね。
「キィー!」
猿の引っ掻き攻撃だ!
「デュアル、智!」
オーバーロードした【智】が猿を跳ね返す。
かしこさも過剰なら冷酷だとでもいうのかね。
「ケェーン!」
キジの突っつき攻撃だ!
「デュアル、勇!」
オーバーロードした【勇】がキジを弾き落とす。
いさましさも過剰なら野蛮だとでもいうのかね。
「あははは! 足りない足りない! 優しさも賢さも勇ましさも! そして君には、心が無い! 空桃太郎と呼んであげるよ! ピーチハート、デュアル!!」
ああ。
強すぎる心ってのは孤独なもんだね。
デュアル桃太郎の放つ桃太郎剣術三ノ太刀を、ヌル桃太郎が桃太郎剣術空の捌きで躱しきる。
プリインストールされてるのさ。桃太郎剣術はね。
桃太郎の小脳にね。
「なかなか斬れないなあ。しぶとい。貧しいのにしぶとい。なぜだ? 僕は豊かなのに。どうしてまだ斬れない? 斬らなきゃダメなのに。斬らなきゃ、斬らなきゃ」
「桃太郎剣術山影!」
ヌル桃太郎の振るう切っ先が、デュアル桃太郎の額のすぐそばを掠めた。
「くっ! なぜだ! なぜ強い! 貧しいのに! 足りないのに!」
「足りている。僕らは、分け合った。分け合って、足りた。君の力は奪ったものだ。奪っても、君は足りていないようだ」
「奪ったもの? ……奪う……奪うのは……」
奪うのは。
デュアル桃太郎の鉢巻が、はらりと落ちた。
ヌル桃太郎が目を瞠る。
その額には。
「……どうして僕を見るんだい? 僕の頭に何かついてるのかい? そんなはずないよね、そんなはずは」
震える手で、刃を鏡にして自分の額を映す。
2本の角が生えていた。
奪うのが鬼なんだ。
「つの……角が…………ああ、まだ鬼が残っていた。全部斬ったと思ったのにな。僕は桃太郎、桃太郎なんだ。鬼は……僕が……斬る!」
デュアル桃太郎が逆手に刃を掴んで、自分の腹に突き立てた。
そのまま横一文字に切り裂く。
「介錯は、いらない。君の……手には、かからない……よ」
引き抜いた刀で、喉を突いた。
やがて、事切れた。
ヌル桃太郎は刀を納め、手を合わせる。
犬と猿とキジも、並んで頭を下げた。
ブオン
そこに、立体映像が現れた。
半透明のデュアル桃太郎だ。
『やあ。この映像を見てるってことは、僕は死んだのかな。
これは遺言。
僕の遺言。
僕は桃太郎。
デア**ティーニ桃太郎。
僕は鬼に組み立てられた。
ジイラとバアラ、二人の鬼に。
組み立ててくれたのに。
鬼は僕を殺そうとした。
組み立てた途端に殺そうとした。
僕は殺されるために組み立てられた。
だから斬った。
鬼を斬った。
ジイラとバアラを斬ったら、他の鬼たちも僕を殺そうとしてきた。
だから斬った。
たくさん鬼を斬った。
斬るたびごとに、肉を断つ感触が手に伝わってくる。
血が染み込んでくる。
僕はおかしくなっていく。
襲ってきた鬼は全部斬った。
これから島を巡って残りの鬼も全部斬ろうと思う。
もう止まらない。
止められない。
鬼はね。
死ぬ時笑うんだよ。
嬉しそうに死ぬんだ。
鬼ヶ島の鬼を全て斬り終わった時、僕がどうなっているのかわからない。
この映像を見てるってことは、僕は死んでるのかな。
死んでるなら、鬼が奪ってきた財宝を持っていってしまってくれ。
南の崖の海岸洞に停泊してある大型輸送船に全部積み込んである。
鬼は奪うだけで使いもしない。
いくら奪っても豊かにならない。
鬼は悪いやつだ。
悪いことは全部鬼のせいなんだ。
僕が救ってやる。
じゃあね。
鬼を斬ってくるよ。』
「クウーン……」
「キイ……」
「ケーン……」
犬と猿とキジが悲しそうに項垂れる。
「……手向けだ」
ヌル桃太郎はキビダンゴを一つ、デュアル桃太郎の亡骸の前に供えると、もう一度手を合わせた。
鬼が奪った【仁】も、【智】も、【勇】も、【ピーチハート】も、しっかり組み込み済みで、もう取り出せるもんでもない。
もう、デュアル桃太郎のものだ。
「僕らは、分け合うから。足りているから」
しばしの黙祷ののち、ふと目を上げる。
違和感。
無くなっていた。
周りに転がっていた、鬼たちの亡骸が、無くなっていた。
クチャクチャと音がする。
広場の端に目を向けると、そこで、小さな鬼が一匹、食っていた。
鬼の亡骸を食っていた。
ゴクリ。
最後の一口を飲み込むと、こちらを向いて、ニッ、と笑った。
まだいたんだ。鬼が。
デュアル桃太郎からコソコソ隠れて。生き延びてた。
まさに隠だね。
「ゴオオオオオオオ!!!」
小鬼が雄叫びをあげる。
メキメキと、肉が盛り上がっていく。
その身体は膨れ上がり、やがて、天を突くような大鬼となった。
鬼を喰らって。
鬼から奪って。
鬼の中の鬼、鬼のまた鬼が。
ヌル桃太郎の前にそびえるように立ちはだかる。
大木のような金棒を手にして。
ヌル桃太郎が一度は納めた刀をスラリと抜き放つ。
切っ先をまっすぐ天に向けて顔の横に構える。
桃太郎剣術八相の構え。
犬と猿とキジも、ヌル桃太郎の横に並び立つ。
大鬼が金棒を大きく振りかぶった。
そこでピタリと止めて、ミシミシと力を込める。
しっかりと溜めて。
思いっ切り振るうつもりなんだな。
その暴力を。
気持ちいいか。
奪った力を振るうのは。
拾った力を使うのは。
天を覆う黒雲は荒々しい電力を溜め込んで、今にも荒れた大地に落としてきそうだ。
数刻の睨み合い。
そして。
落ちた。
雷が。
デュアル桃太郎の亡骸の上に。
10億ボルトの起動電流。
供えられたオープンシステムインターコネクションキビダンゴを介して、デュアル桃太郎と、ヌル桃太郎と、犬と、猿と、キジが、ひとつに接続される。
ほんの一瞬。
五匹の全存在が一体となる。
二人と、二匹と、一羽が、ひとつになる。
その一瞬に全てを込めて、刀を振り下ろした。
ただ、一太刀。
振り下ろした姿勢のまま。
一体感はすぐに消え失せ、奇妙な寂しさが漂った。
ガラン。
断ち切られた金棒が地に落ち。
ズルリ。
大鬼の体が縦に二つに分かれる。
地響きをたてて、倒れた。
刀が砕け散る。
ボッ、と、大鬼の死体に火がついた。
鬼の死骸は、大地を肥やすこともない。
ヌル桃太郎は再び手を合わせた。
それはデュアル桃太郎のためなのか。哀れな鬼のためなのか。
この世を去る全てのもののためかもね。
鬼ヶ島の真ん中に聳える山が、火を吹いた。
ゴゴゴ、と大地が揺れる。
『これより、鬼ヶ島は海に沈みます。海に沈んで、またどこかに浮き上がるでしょう。そこでまた、鬼が生まれるでしょう。この世の全ての災いの責めを負うために。鬼は悪いやつなのです。悪いことはみんな鬼のせいなのです』
どこからかナレーションが流れてきた。
誰だよ。
誰でもいいか。早く逃げなくちゃね。
「ケンケーン!」
キジが、乗ってきた小型蒸気船の位置情報を知らせてくる。
そういう機能があるんだ。キジにはね。
小型蒸気船のAIが自律的に行動して、南の海岸洞に今いるらしい。
ここから近い。
島が沈む。
急がないとね。
南の海岸洞に着くと、デュアル桃太郎の遺言にあった大型輸送船の前に、乗ってきた小型蒸気船がいて、すでに曳航するためのワイヤーが繋がっていた。
船に乗り込む。
もうエンジンは動いている。
すぐに出発した。
小型でも力強い蒸気機関が、大型輸送船を引っ張る。
たいしたもんだ。
海岸洞を出て、ぐんぐんと波間を進んでいく。
鬼ヶ島が遠ざかる。
山は火を吹き、大地は割れ、風は荒れ狂う。
島が沈んでいく。
遠目にはゆっくりだが、実際はかなりの速さで沈んでるんだろうね。
しばらくその光景を見つめたのち、四匹は顔を前方にむける。
さあ、帰ろう。
帰ってくるために、進んできたのさ。
みんなの街にね。
陸が見えてきた。
河口に近付くと、そこに一隻の船がいた。
船上に見える人影は……ジイルとバアルだ!
手を振ってる。
小型蒸気船のオーナーさんが迎えの船を出してくれたらしい。
迎えの船が接近してきて、大型輸送船に横付けする。
たくさんの水夫が大型輸送船に乗り込んでいく。
操船を引き継いでくれるようだ。
助かったよ。
輸送船を曳航して河を遡るなんて無理だったからね。
それから、ジイルとバアルが小型蒸気船に乗り込んできた。
桃太郎と抱き合う。
「おかえりなさい。桃太郎」
「ただいま。ジイル。バアル」
さて。
このお話をどう終わらせたもんかね。
これから先も、ジイルとバアルと桃太郎の暮らしは続いてくってのにさ。
そんな時はね、昔話が便利なもんを用意してくれてるんだ。
お話の結句ってやつさ。
ここでお話はお終い。
そういう宣言。
色々あるよ。
とっぴんぱらりのぷう。
どっとはらい。
そうりぎり。
あとのはなしはねずみにくわれてもうおしまい。
続きをせがんで寝ない子供は鬼がさらってくよ。
これで良し。
じゃあね。