第56話 御嬢様の宣戦布告
「それでは行ってきますわ」
第10試合が始まったところでリリア達が出て行った。どうせどの試合も呪文ひとつで終わるのだろうから早めに出たのだ。
相変わらず盛り上がりに欠ける第10試合を見ていると、私達のいる控え室の扉がノックさる。
「はい。どうぞ」
誰だろうと思いつつそう返答。
「失礼いたしますわ」
え゛っ! 声で誰かわかってしまう。つい先ほどここで話題に出た方だ。扉が開いて金髪縦ロールが姿を現す。
マリアンネ様は室内を見回して残念そうな顔をした。
「リリア様達はもう出てしまわれたのですね」
「ええ、もう第10試合ですから」
マリアンネが何しに来たのだろうなんて疑問はない。間違いなく宣戦布告に来たのだろう。彼女はそういう奴だ。
そういった性格が『面と向かって話すのは今でも苦手』な理由だ。何というか昔のスポ根的というか何というか……
「ところでアンフィーサ様、今回の御前試合は何故ご自分で出られなかったのでしょうか。私はてっきりアンフィーサ様がでるものとばかり思っていましたわ」
おっと、いきなり話を私に振って来た。
「私よりリリアの方が適しているからですわ。超級魔法も使えますし、魔力も大きいですから」
表向きの理由で誤魔化させてもらう。
「でもあの防御呪文はアンフィーサ様が考えられたのですよね。それに魔力そのものはアンフィーサ様の方がお強い筈ですわ」
う゛っ、いやな奴め。その通りだ。でもここはしらを切らせてもらう。
「あれはあくまでリリアの魔法ですわ」
「論文を読んでアンフィーサ様が作られた魔法ですわよね。そう伺っておりますわ、サクラエ教官に」
くそサクラエ教官、裏切ったな。いや裏切ったという事はないか。奴はこの御前試合が、ひいてはこの学校の魔法教育そのものが実践的になる事を望んでいる。そしてマリアンネの方向性はまさにそっち側だ。
「他にも魔法大会の3日間、毎日の終わりにこれまた今までにない新魔法を見せてくれるというお話も聞いております。実演されるのはそちらにおられるリュネット様だそうですが、その魔法も作られたのはアンフィーサ様と伺いました」
完全にバレている。サクラエ教官め……
「それでこちらへはどのような御用でしたでしょうか、マリアンネ様」
「先ほどの私の試合、ご覧いただけましたでしょうか」
どういうつもりだろう。そう思いつつも返事はしておく。
「ええ、見事な試合でしたわ。五番目の月をあそこまで制御して起動出来た事も勿論ですが、無詠唱で完璧な障壁魔法を展開されたのも見事でした。あの前では中級程度の攻撃魔法では全く歯が立ちませんわ」
「あの無詠唱の障壁魔法も試合展開もアンフィーサ様が今までやられていた事を真似させていただいただけです。残念ながら私よりアンフィーサ様の方が先を見る能力があるのは事実ですわ。エンリコ殿下も、いや国王陛下もアンフィーサ様のそういう面をお認めになったのだと思います」
マリアンネにこんな事を言われると嫌な予感しかしない。それに殿下とか陛下関係は私の本意ではない。そう弁解したいが出来ない。
「ですので遅ればせながら私もアンフィーサ様の後追いをさせていただきました。クーザニ迷宮に入ったり、毎夜魔力を使い切る訓練をしたりして。
ですのでアンフィーサ様やこちらの方々がどれだけの事をして実力をつけられたのか、身をもってわかっています。それでも元々武門を司るインバラ侯爵家の手前、本来文官の家であるフルイチ侯爵家に負けるわけにはいかないのですわ」
私としては張り合っているつもりはないのだけれども。それにインバラ侯爵家の他にも武門の名家はいくつかある。オンバラ侯爵家とかシカーガ辺境伯家とかヤナゼ辺境伯家とか。
特にヤナゼ辺境伯家は嫡男が私と同じクラスにいた筈だ。本来武門の手前なんていうなら奴が出てくるべきだろう。お嬢様ではなくて。違うか、フェルディナンド・ポー・ヤナゼ! お前だよお前! なんて言ってもこの場にはいないけれど。
「第11試合が終わったようですわ。申し訳ありませんが、こちらでリリア様達の試合を観戦して宜しいでしょうか」
「どうぞゆっくりご覧になって下さいませ」
嫌だと言いたいがそういう訳にもいかないだろう。金髪縦ロールの背後で茶色の髪の小柄な美少女が皆に向かって頭を下げる。
いや心配しないでくれアニー様、とりあえず君は悪くない。むしろ大変だねといたわってやりたいところだ。出来ればお風呂で裸の付き合いでも……じゅるり。
いや違う。今はそういう場合ではない。リリアとナタリアの試合だ。
今度は試合運びが違う。最初にリリアが六聖獣絶対防護魔法を無詠唱起動したのは同じ。でも隠蔽呪文はナタリアが唱えている。
その代わりリリアが唱えているのは……
「今度は私と同じく超級魔法、永久極寒風雪波ですわね。でも私達の試合の際もこの派手な防護魔法を使われるつもりでしょうか」
マリアンネ様は六聖獣絶対防護魔法の見栄え部分が無駄だと言っているようだ。こいつ、やはりわかっている。出来る奴ではあるのだ。先輩でかつ面倒くさいけれども。
「その際はもっとシンプルな魔法をお見せすることになると思います」
隠しても無駄だろう。だからそう言っておく。
「あとナタリア様の方も相当魔力を上げられましたわね。本来は魔法使いより剣術や槍術の方が適性ある方なのに驚きです」
よく見ているなマリアンネ様。普通の侯爵家クラスの御嬢様なら子爵家あたりの子女までは把握していない方が多いのだが、1学年下なのにしっかり名前だけでなく能力も把握済みのようだ。
「少し工夫はしているようだよね。ニヤマ様だけでなくキリア様も攻撃呪文を唱えているようだから。風と炎で相乗効果を狙うつもりかな」
リュネットの言う通り、今度の相手は2名とも攻撃魔法の呪文を唱えている。確かに風と火の2属性は相性がいい。これで威力を倍以上に増やすつもりなのだろう。
「でも勝負はもう決まりましたわ。あの程度の魔法ではその防護呪文は破れません。あとの興味はリリア様がどの程度超級魔法をコントロールしているかくらいですわ」
マリアンネ様の言う通りだ。相手が唱えているのは単なる火炎呪文と強風呪文。広がり方こそオリジナル要素を含んでいるけれど所詮それだけだ。
威力は双方ともに中級程度で六聖獣絶対防護魔法を破れるとは思えない。
2つの攻撃魔法が同時に起動した。炎を纏った風がリリア達に向けて襲い掛かる。ナタリアが詠唱を止める。出現する6頭の竜。うち2頭の竜の口から吐き出された魔力で炎も風も姿を失う。
「……氷結せよ!」
リリアの魔法が起動した。リリアの前から相手に向かう空間が空気ごと凍り付いていく。どこまで威力を絞れただろう。まさか相手を殺しはしないだろうけれど。そう思いつつ状況を見守る。
「見事ですわ。相手の僅か数指手前で止まっています」
マリアンネ様、よく見ている。無論相手にある程度の冷気のダメージはあるだろう。だがこの程度なら教官達が止められるし治療できる程度だ。
「それではお邪魔致しました。リリア様とナタリア様には決勝でお逢いいたしましょうとお伝えください。それでは失礼いたします」
マリアンネ様は立ち上がって一礼し、部屋を出て行く。私はその姿をため息をつきながら見送った。




