第54話 第三の超級魔法
リリア達の次の出番は第12試合、本日の最後だ。これで本選に出る8組が正式に決まる。
この調子なら試合まであと2時間もかからないだろう。今のところそれぞれ呪文1発ずつで決まっているから。
「ここでお弁当を食べながら見物して待っていましょうか」
「そうですわ。今日は特製のお弁当を作って来たのです」
そう言えば今日は、
『私の方でお昼は用意しますから、皆さんは用意なさらないで下さいね』
なんて言っていたな。そんな事を思い出しながらリリアが自在袋から何を取り出すのかを見ている。
取り出したのは一人用の四角い重箱みたいなもの。これが10個だ。更に小鉢っぽい一回り小さなやはり重箱みたいなもの5個と箸が出てきた。
「今回の魔法大会の御前試合に私が出るという事を聞きつけて、お父様がいらしていますの。それで料理人も来ていまして、これを作ってきたのですわ。さあどうぞ、暖かいうちが美味しい筈です」
どれどれ。早速1人分ずつテーブルに分けて、そして蓋をとる。ふわっと流れる湯気と香り。これは、間違いない……
「温かいおそばですわ」
「こっちは天ぷらだよ」
なるほど、併せて温かい天ぷらそばという訳か。ただし駅そばレベルのちゃちいのを想像して貰っては困る。天ぷらだけで豪華7種盛り。小さい重箱にサラダもついている。
「これは美味しそうです」
「だね」
猫は真っ先に食べ始めている。その勢いが凄い。まさに猫まっしぐら。でも気持ちはわかる。私も早速一口。うん、間違いない。
「美味しいですわ。しかも夏の時より更に美味しくなっている気がしますの」
「本当だね。久しぶりだからかもしれないけれど、確かに前より美味しい気がする」
「私もそう感じます」
なお猫は食べるのに忙しくてノーコメントだ。
「この汁を更に研究したそうですわ。この料理を考えたアンに是非確かめていただきたいと」
「こんなの想像以上ですわ」
間違いなく想像以上だ。しかも天ぷらがまた美味しい。自在袋に入っていたからあげたてサクサクだ。でも汁につけてちょいふわっとさせてもいい。
「このキノコの天ぷらも美味しいね」
「この鶏天がいいのだにゃ」
猫、やっと喋った。なお彼女は美味しいものは最後に残しておくタイプの模様。既に彼女分は箸でつまんだ鶏天の他には汁しか残っていない。
「美味しいけれど、無くなってしまったのにゃ。おかわり無いのにゃ?」
おい待てそこの猫。弁当におかわりは普通ありえないだろう。
「このお弁当、かなり量があった筈ですわ。天ぷらも7種類ありましたし、サラダの小鉢もついていますし」
「おそばだけで1人あたり生麺80軽は入っている筈なのですわ」
おい待てそこの伯爵令嬢! 乙女の弁当なのにそんなに入れていたのか。
完全にカロリーオーバー。私ももうほぼ食べ終わりで手遅れだ。
仕方ないから今夜もバスタブ相手に水を出したり蒸発させたりハードに魔法を使ってカロリー消費をしよう。確か魔法行使でも結構カロリーって消費するはずだよね。
「それにしても試合、ぱっとしないのが続きます」
ナタリアの台詞が俺の思考を切り替えてくれる。確かにそうだ。もう第7試合だが今のところ特に見るべきものは無い。長い長い呪文の後に中級程度の魔法が1発、その繰り返しだ。
しかし、まだあの人がでていない。
「次の第8試合ですわ。マリアンネ様が出てきます。あの方の試合は見ておいた方がいいでしょう」
「さっきもその名前が出て来たと思うのにゃが、どんな人なのにゃ?」
確かに今年から編入してきたナージャやリュネットにはわからないだろう。逆にリリアやナタリアならわかる筈だ。
「とにかく目的に対してまっすぐな方です。実家が侯爵家という事もあってバックアップも凄いのですが、それ以上にあの方自身の向上心というか努力する姿勢が凄いのです。見習うべきところも多いと感じるのですわ」
「でもアンは少し前まで苦手にしてらっしゃいましたね。あとエンリコ殿下も」
確かにリリアの言う通りだ。
「面と向かって話すのは今でも苦手ですわ」
そこは認めさせて貰う。実際面倒くさい人だから。
「でも私自身が春に方針を変えた事で、あの人の凄さが少しわかるようになったのです。少なくともあの人の姿勢の一部は見習うべきではないかと」
おっさん的には彼女はお蝶夫人とか姫川亜弓のようなタイプに見えるのだ。ゲームにも出てくるし、私と同じ悪役令嬢役な立ち位置のところも含めて何となく親近感さえおぼえてしまう。ただ面と向かってはやっぱり……だけれども。
試合は私たち的には盛り上がらないまま進んでついに第8試合。いかにもという金髪縦ロールの美少女がもう1人、小柄な美少女を連れて試合場へ出る。
試合開始とともに私達は気付いた。
「これ、間違いないよね」
「障壁魔法にゃ」
「無詠唱でした」
皆の言う通りだ。試合開始と同時に無詠唱で障壁魔法が展開されている。起動したのはマリアンネ様だ。
更に言うともうひとつ起動した魔法がある。
「アニー様の魔法は身体強化ですわ。これも無詠唱で既に起動してます」
アニーというのはマリアンネと一緒に出てきている茶色の髪の小柄な美少女だ。彼女の親友で御付き的存在でもあり、更に割と直情傾向的な言動をとりやすいマリアンネの保護者というか抑え役も兼ねている。身体強化はいざという際にマリアンネを身を挺してでも守る為だろう。
そしてマリアンネが障壁魔法を起動後、唱えはじめた呪文に私は憶えがある。いや、この国のある程度以上の魔法使いならおそらく全員が知っている魔法だ。
「まさか、五番目の月……」
リリアも気付いたようだ。私は頷く。
「ええ、間違いありません。超級攻撃魔法のひとつ、五番目の月ですわ」
「それってどんな魔法なのにゃ」
確かにこの国出身ではないナージャは知らないだろう。
「五番目の月は流星を落として大打撃を与える魔法です。実際には流星ではなく地属性で作り上げた岩石ですけれど。
空が見えないと起動できないという欠点がありますが、起動できれば超級攻撃魔法の中でも破壊力は上級クラスですわ。ただ本来は広域殲滅型の魔法ですのでこういった試合にはあまり適してはいない筈です」
五番目の月は殿下の真・神雷球破やリリアの永久極寒風雪波と同格の超級攻撃魔法だ。
ただ永久極寒風雪波は敵数人を対象にした魔法、真・神雷球破は直径5腕程度を対象にした範囲魔法だ。
一方で五番目の月は本来、広範囲の戦場や大都市の殲滅等に使われる魔法だ。必要な魔力もけた違いに大きいし小さくコントロールするのは難しい。
なお称号が器用貧乏である私はどれも当然使えない。悲しい。まあそれは置いておいて。
「とりあえずどの程度コントロールできるのか、お手並み拝見ですわ」
私達は試合場に注目する。




