第45話 それぞれの新学期
殿下はカワルマタ到着後、再び陛下らに合流すべく出て行った。だから私達は身の安全のため寮内暮らしだ。そして夏休みはまだ10日ほど残っている。
私はこの期間で120㎜44口径砲と81式迫撃砲もどきの組み立て、各種弾薬の製作を行った。
どうせ軟禁状態になる事は事前にわかっていた。だから材料となる金属類をユーダルで買いまくっておいたのだ。8月分の小遣いの残りと迷宮攻略の報奨金をほぼつぎ込んだ。
結果として今月は侯爵令嬢らしい活動はほとんどできなくなった。でもどうせ軟禁状態だから関係ない。弾を作ったり弾薬用の箱やポーチを作ったり、魔銃にスリングをつけたりなんて作業をやっていた訳だ。
更には試射もやってみた。第2魔法演習場の隅で誰もいない時を見計らい、更に隠蔽魔法を三重にかけた上で。
ただし残念ながら魔銃とブッシュマスターしか試せなかった。迫撃砲を試すにはかなり広い場所が必要だし、ヒトマルを試すには演習場では荷が重すぎる。
実際ブッシュマスターの弱装弾単発だけでもかなりの大穴を作ってしまった。勿論証拠はできうる限り隠滅したけれども。そんな訳で本格的な試射は此処では無理だ。
9月1日、無事新学期が始まる。
「お久しぶりでございます。アンフィーサ様」
「お久しぶりでございます。ユーリア様」
何度お願いしても様付きで挨拶してくる奴には、こっちもそのまま様付きで挨拶する。まあこれこそがここ本来の挨拶なのだけれど。
ただ、それ以外の連中とはもうそういった言葉使いはしない。
「あ、アン、おはようにゃ」
「ナージャおはよう。どうでした、休みのその後は?」
「退屈だったのにゃ。やることないから訓練ばっかりしていたのにゃ」
うん、知っている。
「アンはどうだったのにゃ」
「新しい魔法を考えたり試したりしていましたわ」
「あまりやり過ぎない方がいいのにゃ。第2魔法演習場の魔法強化壁を見て事務員さんが嘆いていたのにゃ」
勿論その壁は私がブッシュマスターを試射してぶっ壊した壁である。どうやらバレてしまったらしい。一応土属性魔法で修復して防護魔法の魔法陣を描いて誤魔化しておいたのだけれども。
「やはりあの程度の修復では強度が足りなかったでしょうか」
「前の壁は高価な魔石を使って防護効果を高めていたそうなのにゃ。あれを壊されるなら今度は地竜クラスの魔石が20個は必要なのだそうにゃ。それだけで1年の校舎整備予算の9割が無くなるそうなのにゃ」
「詳しいですわね、ナージャ」
「暇だから現場で事務員さんの愚痴を聞いてあげたのにゃ」
なるほど。でも申し出るわけにもいかない。申し出た際にはどうやって壊したかの説明も必要になるだろう。魔砲少女ユニットについて知られる訳にはいかない。そう思ってふと気づく。
「よくあれが私の仕業とわかりましたわね」
「魔法防護してある壁を壊すにゃんて無茶な魔法をしそうなの、アンだけだにゃ」
おい待てそれは偏見ではないのか。そう言いたい。でも心当たりが無い訳でもないので黙っておく。
ただそれなら私の仕業という証拠はないという事だな。うんうん、いい事を聞いた。お礼にナージャの耳後ろの猫毛部分をモフモフさせて貰おう。お礼ではなく単に私がそうしたいからだけなのだけれども。
「おはようございます、アン、ナージャ」
おっと、リュネット登場だ。
「おはよう、リュネット」
「おはようにゃ。リュネットはあの後、休みはどうしていたかにゃ」
「外に出られないから校内の礼拝堂で掃除したり賛美歌をうたったり、詩編を唱えたりの奉仕活動をしていたよ。あとは苦手科目の予習復習かな」
流石聖女候補。やることが私の想像の斜め上だ。いやこの世界的には教会への奉仕なんてのもおかしくないのかもしれない。私が中のおっさんの21世紀日本的思考に侵されているだけで。
でも私のアン部分でも貴族の生徒がそういう事をするというのは違和感があると感じるのだ。
「皆様おはようございます」
「おはようございます」
リリアとナタリアが登場だ。
実はリリアにはバカンスが終わった後も会いに行っている。理由は簡単、私の中の百合成分がリリアを求めるからだ。勿論バカンス中みたいに毎晩一緒にという訳にはいかないけれど。
勿論エロエロな事ばかりをしていた訳では無く、一緒に勉強をしたり本を読んだりがメイン。しかも時間の半分は魔砲少女ユニットに宛てていた。
だから実際は1日3時間程度だ、エロエロな事をしていたのは。女子の一戦は男子と違って結構長く続くのだ。だからこれくらいは妥当な時間と言える。
そして。
「おはよう、久しぶりだね」
エンリコ殿下の登場だ。ご丁寧にも自席に寄らず直接ここまで挨拶に来た。おいまわりの目というモノがあるだろう。そう言いたいがもう手遅れ。
「エンリコ殿下はあの後どうだったのにゃ?」
おいナージャ、その台詞はまずいだろ! 夏休みに殿下と会っていた事がバレるぞ。そう思ってもやはり遅い。教室内の視線というか関心がこの辺に集中したのを魔力探知で感じる。ああ……
「ご挨拶とか視察とかばかりで退屈だったよ。やはり皆と一緒に迷宮に行ったり珍しい料理を食べたりするのが楽しかったな。王家の仕事だから仕方ないけれどさ。本当はあのまま夏休み終わりまで一緒にいたかったな」
ああ! 完全に教室内で『夏休みにエンリコ殿下はここの面子と一緒に過ごしていました』というのが公表されてしまった。ああ面倒くさい。そう思って思い直す。このナージャや殿下の発言はひょっとしてわざとではないだろうかと。
つまりこれだけ懇意にしているのだぞ、だから邪魔するな。邪魔をしたり万一の事があったりした場合はわかっているだろうな。そういう意思表示をしている可能性もある。
ゲームとは違ってエンリコ殿下、馬鹿じゃ無い。ナージャも猫の獣人で体力馬鹿に見えるが実は頭も結構切れる。伊達に選ばれて交換留学生で来ているわけではない。
確かにリュネットやナージャなどこの国の貴族制度であまり庇護のない生徒には有効かもしれない。リリアやナタリアにもだ。
だが多分、私は違う。むしろあのグループのボスを倒せば……とばかりにターゲットにされてしまう虞がある。
勿論生徒が直接手を出す訳ではない。手を出してくるのは生徒の親、つまり上級貴族の皆さんと、その意を受けた下っ端の皆さんだ。ああ洒落にならない。勘弁してくれ。そう思った時だ。
『ここからは他には内緒にして欲しい。アン、リリア、ナタリア、リュネット、ナージャ。つまりこの皆には王室の指示で今日から護衛がつくことになった。勿論他からはわからないような形でだが。だから今日からは街でも迷宮でも安心して行って大丈夫だ』
エンリコ殿下が伝達魔法、それも秘話モードバリバリでそんな事を伝えてきやがった。
何だよそれ、完璧な措置ではないか。これで怪しい連中から手をだされる可能性もぐっと少なくなる。外出も出来るし万々歳だ。私以外の皆さんは。
だが私は万歳とは言いがたい。これで私はますます陛下らの手から逃れられなくなった訳だから。そんな護衛がいたらこっそりこの国から脱出する事すら出来ない。まさに地獄のような好意だ。
勘弁してくれ。そう大声で言いたい。叫びたい。勿論言えないのだけれども。