第1話 悪役令嬢転生
見知らぬ天井。何かアニメのタイトルにそんなのがあったな。
しかし俺の目に見えているのは天井では無く布。しかし寝ているのは明らかにベッドの上だ。
つまり俺がいるのは天蓋付きベッド。寝心地はいいけれど何なのだこれは。
寝たまま右手で脇腹に触れる。触覚はあった。つまり夢ではない。だが感触が何かおかしい。気のせいではないようだ。
俺はゆっくり起き上がる。知らない部屋だ。白い壁、高価そうな木製家具、高い天井……何がどうなっているのだろう。
そう思った時、俺とは違う記憶があるのに気づいた。俺ではない私の記憶だ。私の名前はアンフィーサ。アンフィーサ・レナルド・フルイチ。フルイチ侯爵家の次女だ。
俺は勿論そんな長たらしい名前の女子ではない。
俺の名前は川窪憲明。20年ちょい勤めた市役所を早期退職。以降働かず、家でゲーム三昧の生活をしていた。
独身で父母は既に鬼籍、妹とも疎遠なので邪魔者はいない。
このまま働かず貯金と年金でゲームと漫画とラノベとアニメまみれで暮らそう。そういう堅実な生活設計を立てて生きていた筈だ。
俺は俺の方の記憶を更に辿る。何故こんな事になってしまったのかを確認する為だ。
確かに健康状態はあまり良くなかった。メタボにして高血圧。健康診断では必ず何カ所も数値がひっかかる。
仕事をやめてからは運動不足も顕著だ。いつ突然何かの病気で倒れても不思議じゃない。
最後の記憶で俺はゲームをしていた。確かいつものギャルゲーエロゲーに飽きて、たまには違うゲームをしようと格安だった乙女ゲーをダウンロードしたのだった。
何度か挑戦しクリアした後、シナリオが気にくわなくて再度挑戦を開始した処で記憶が途絶えている。
そうだ。あの乙女ゲー、あれで主人公の男爵家次女リュネットのライバルにしていじめっ子役の悪役令嬢、あれの名前がアンフィーサだった。
つまりこれが悪役令嬢転生という奴か。やっと俺は何となくではあるが事情を理解する。しかしまさか実際に体験するとは思わなかった。ラノベでは良くある展開らしいけれど。
転生ものなら普通、転生途中で神から何らかのレクチャーがあるだろう。ラノベ的知識からそんな事を思う。いや悪役令嬢ものだと無いのが普通なのだろうか。女性向けの話はほとんど読んだことが無いからよく知らない。
いずれにせよ、そうとわかればとりあえずお約束を試してみよう。
『EXIT』
変化は無い。つまりコンソール画面からの復帰コマンドは使えないと。
それでは次の作戦。前に右手を突き出して宣言する。
『コマンド画面!』
何も出てこない。なら別の作戦だ。
『ステータス・オープン!』
こちらは反応があった。前にヘッドアップディスプレイがあるように様々な情報が表示される。
『アンフィーサ レベル12 人間(女性) 15歳 HP:225 MP:130 STR:23 ATK:15 VIT:32 DEF:8……』
なかなか魔力が高い。確かゲーム上では主人公のリュネットと比べて初期能力はどれも上だ。しかし今はステータスを見る事が主目的ではない。コマンドの確認が第一だ。
画面を必死になって探しまくる。無い! 無い! 無い! セーブもロードもゲーム終了も!
何度探してもそういったコマンドが一切無い。
現世というか21世紀日本に帰還出来ない。つまり本当に転生してしまった訳だ。
どうせならRPG系のゲーム、それもやり込んでレベルがほぼ最強になった奴で転生したかった。それなら自由かつのんびり気ままに不自由なく暮らせたというのに。
そう思うのはこのゲームを一度クリアして結末を知っている俺だから言える。
確かに今はアンフィーサ、不自由なく暮らせる。だが今の学校を卒業後、実家であるフルイチ侯爵家の陰謀がバレしまうのだ。
その結果、一族郎党家人や召し使いまでとまではいかないが直系の家族は処刑されてしまう運命。祖父、父、母、兄、そして私自身もだ。
幸いというか今言った家族には恨みこそあれど愛情は無い。私は実は妾の娘というか父が手をつけた女中の娘だ。
私を産んだ後母は毒殺された。私は他の家族とは引き離された場所で必要最小限のものだけを与えられてかつかつで生活。
ただ私に魔法の才能がある事が発覚。また見た目も悪くないので第二王子と結婚させる相手に使えそうだ。という事でそのままこの学校に放り込まれた。
だから実家に愛情なんて当然感じない。姉だけは親切にしてくれたが既に他国の貴族家に嫁いでいる。だから実家の不祥事でもほとんど問題は無い筈。
だから私がすべき事はこの環境からの脱出だ。勿論今のままでは生きていけない。だが幸い魔法の才能はある。だから鍛えて外でも通用するようにした後、他国へと逃げるのが正解だろう。
もちろんゲームの王子様であるエンリコ第二王子をたらしこんでという作戦もあるにはある。だが私の意識は俺、男とイチャイチャするなんて勘弁だ。
俺の目から見たらエンリコ王子、魅力的じゃない。確かに見た目は女子受けしそうだ。しかし性格は甘すぎて優柔不断で時にキモい。何より世間知らずのガキだ。
だいたい王家に嫁ぐなんて、第二王子であっても御免被りたい。私の自由がなくなるからだ。私は王家なんてステータスよりも自由気ままでいたい。
よし作戦方針は決まった。それでは起きるとしよう。
私は立ち上がって、そしてついでに姿見の前で自分の外見を確認する。
21世紀的には悪くない。だがこの世界で妃候補としてはいまいちだ。身長がやや高く、胸があまり無い。
いわゆるモデル体型で見るにはいいが抱くには適さないタイプ。
顔も整っていて美人系。だがかわいい系の方がえてして支持を集めやすいものだ。私の顔は整いすぎていて冷たい印象を与える。
うん、まさに悪役令嬢だな。納得したところで外から鐘の音が聞こえた。5回。どうやら起床の時間だ。