第18話 試験勉強会実施中
あの後、父には陛下とどんな話があったかをしつこくしつこく問いただされた。だがあくまでエンリコ殿下の学校での様子を話しただけですとしらを切った。
婚約なんて話が父の耳に届いたら大変な事になるのは間違いない。ここは何としてでもごまかさねばならないと頑張った。
さて、そんな事案があったからと言ってエンリコ殿下を邪険に扱う訳にもいかない。仲間として付き合うと悪い奴ではない。というか、なかなか素直でいい奴なのだ。
無論あくまで仲間とか友人としてに限る。私の中の人は男を好きになる様子は微塵もない。
さて、収穫祭の週が終わると学校は試験期間に突入する。
私は授業の内容は授業中に全ておぼえてしまうタイプだ。ほんの少しの予習とやはりほんの少しの復習はするけれど。だから試験勉強というものは基本的にやらない。
中の人がいなかった時期のアンフィーサも試験勉強はやらない主義だったようだ。だがその頃のアンフィーサはむしろ予習も復習も欠かさなかった。奴の貴族根性は気にくわないが努力家である事は認める。成績も常にトップクラスだったし。
でもこの世の中、試験対策はする人の方が多いらしい。勿論人によって何故試験対策が必要なのかという理由は異なる。たとえばナージャのように根本的に学校制度が違う場所からの留学生は基礎知識が違うから仕方ない。リュネットのように違う学校から高等部になって転入してきた生徒も同様だ。
どうせ勉強会をするならついでだ。そんな考えで一緒に勉強する事を希望した女子2名を加えた。総勢5名の勉強会だ。なお試験対策の間は迷宮活動は中止。
勿論勉強会については殿下は一緒ではない。本人は参加したそうだったがあえて無視。これ以上意図しないフラグを立てるのは勘弁だ。
今回の勉強会は全員女子だから、寮の私の部屋で開催することにした。上級貴族の子女用の部屋は風呂トイレ付き、キッチン付き、リビングも寝室も使用人室まであるという豪勢な作り。ちなみに一般の寮室は一応個室だがバストイレ共同だ。この格差は何だと言いたい。でも使えるものは使わせて貰うのが私の流儀だ。
リビングのテーブルで勉強会、開始。
「まずは算術からでしょうか」
「だね。難しいよね、今回の範囲って」
私以外の全員がうんうんと頷く。なお難しい算術の範囲とは二元一次方程式である。中のおっさん的には楽勝だ。
「算術はちょっと自信がありますわ。言っていただければ教えられると思います」
「ならこの問題、お願いします」
リリアが教科書に記載されている文章題を出してくる。リリアはマノハラ伯爵家の長女だが親の階級をあまり気にせず誰とも話す子だ。ちなみに今回加わったもう1人はナタリアでキロハラ子爵家の次女。2人とも私よりちっぱいで、ナタリアは普通身長でリリアは小柄ロリ枠。
いやべつに胸で選んだ訳ではない……嘘です小柄ロリ枠が欲しかったんです、中のおっさんが。ただリリアやナタリアなら性格上も一緒にやって問題ない。一応そういう判断はしている。
さて文章題はと……
『騎士ゲオルギウス様は火山へ魔物退治に出かけました。途中コカトリスとサラマンダーを退治しました。退治したコカトリスとサラマンダーの合計は4体で、倒したコカトリスの足とサラマンダーの足を合計したら14本になりました。倒した魔物の足は全部持ち帰っています。また倒した魔物の中に異常個体は無く、足に欠損もありませんでした。この場合、倒したコカトリスは何体で、倒したサラマンダーは何体でしょうか?』
文章そのものはともかく、問題としては基本的なつるかめ算だ。
「この場合はまず文章を読みながら、文章を式にあてはめていけばいいのですわ。この場合は倒した数から『コカトリス+サラマンダー=4』という式を作れます。また次の文章から『コカトリスの足+サラマンダーの足=14』。ここまでは式を作れます。ここまでは大丈夫でしょうか?」
「そこまでは私でもわかるにゃ」
ナージャの台詞に全員がうんうんと頷く。よし、ならば次だ。
「ここで、倒した魔物の足は全部持ち帰っていて、倒した魔物の足に欠損はないとあります。つまり足を回収し損なった魔物はいないし、異常個体も怪我で片足だった魔物もいなかった。それはいいですわね」
全員が頷くのを確認してから次へ。
「異常個体も欠損もないので、コカトリスの足は2本、サラマンダ-の足は4本。これも当然ですよね」
こんな感じで順番にやっていき、最後の回答を出す。
「これでわかりましたでしょうか」
「こうやって解いて貰うと簡単に感じるんだけれどなあ」
リュネットがそう言ってため息。
「あとこの式を解く時、右から左へ移動させる意味がよくわからないにゃ。そうすれば解けるのはわかるのにゃが、何でそうしていいのかわからないにゃ」
方程式の基本部分で躓いている奴もいたか。でもナージャの言いたい事はよくわかる。この辺は『たすと引く、かけると割るを反対にして、向こう側へ持って行きます』といういい加減な説明が原因なのだ。ここはしっかり理屈で教え込むべきだろう。
「こういう時はもっと簡単な式から考えてみるとわかりやすいですわ。例えば『2+3=5』という式があったとします。この式の右と左から同じように3を引くと、『2+3ー3=5-3』になります。そこまでは大丈夫ですね」
「それは当然なのにゃ」
「なら次に……」
こんな感じで方程式の解法の基礎を教えたりする。
結局この日の放課後、夕食時間までの間は算術の勉強に費やしてしまった。本当は早く終わらせて皆でお風呂に行きたかったのだが仕方ない。室内で汗もかかないからお風呂へ誘う口実も無いし。
そんな感じで今週は各科目の放課後勉強会だ。正直私は一通り出来ているし表面的なメリットは無い。でもリュネットとナージャが試験対策で苦しんでいる以上、手を出さずにいられない。あとリリアとナタリアの勧誘という意味もある。
またリリアとナタリアがいるおかげで私の部屋を使えるというのもある。この部屋に招く友人が獣人と男爵家令嬢だけではオルコットがいい顔をしない。
しかしここに伯爵令嬢のリリアが加わる事でオルコットも問題無く受け入れてくれる訳だ。面倒な考え方だと思うがこの国の実情を考えると仕方ない。
それにしても風呂が恋しい。ああナージャの尻尾を乾かしながらモフモフしたい。リュネットにぎゅっと抱きつきたい。1週間の辛抱だとはわかっている。でもその1週間が、長い……