目覚め4
アンの告白を、クーデリカは理解することができなかった。戸惑うクーデリカを置き去りにしてアンは喋り続けた。
「ようやく私は理解しました。なぜ悪魔が私に呪いをかけたのかを。私が悪魔の子を宿したのは間違いありません。けれど、モニカは私の言葉も、夫であるエドガーの言葉を信じてはくれませんでした。モニカは疑心のままクーデリカ様を産みました。そして、同時刻に生まれたソフィア。貴方達は年齢を重ねるに連れて、生き写しのように成長していった。それをモニカがどういう思いで見ていたのかは、私にはわからない。どちらが悪魔の子。クーデリカ様が本当に自分の娘なのかと、疑いを持ち続けていたのです。心が壊れてしまうまで」
「そうだったんですね。お母様が心に闇を抱えていたことは分かりました。それで、アン様が渡してくれた本には何の意味があったのでしょうか」
「あれは悪魔を封じるために用意した悪魔祓いの本です」
「本に厳重に封がされていたのは」
「あの封印は悪魔にしか外せません。悪魔祓いに失敗して灰になったことはソフィアに聞きました」
「……ソフィアはこれからどうなるの」
「サンペトロにて修行を積んだモニカが悪魔に憑かれたという事実は隠すことは出来ません」
「悪魔祓いの家系から悪魔憑きが出た場合、親族が罪に問われるという話を聞いたことがあります。裁かれるのは私です」
アンはクーデリカの言葉の節々ににじみ出る怒りを意にも介さず、何事もなかったように言葉を続けた。
「そうです。ですがサンペトロの聖職者は、間違いなく私の証言を真実として認めることになります」
「ちょっと待って」
「生き残ったクーデリカ様は、裁きを受けるためサンペトロに連行されるでしょう。聖職者の庇護の名の下に」
「待って!」
クーデリカの荒い呼吸が聞こえる。悲痛な叫び声に、アンは驚くと目をわずかに見開いた。
「モニカに悪魔が憑いていた以上、クーデリカ様は極刑からは免れることは出来ない。サンペトロの監視下におかれ、自由もなく過ごし、罰を待つ。それは子供であろうと例外はありません。これ以上、血を流す必要はないのです」
今にも泣き出しそうなクーデリカを慰めるように、諭すように優しい声音。アンはうつむくクーデリカの肩にそっと手を置いた。
「ソフィアは」
「貴方の身代わりとなる為、名を偽ったのでしょう」
「ふざけないで! 自分の娘が、私の為に罪に問われるのよ。何故平然としていられるの!」
置かれた手を振り払いクーデリカはアンをにらみつけた。憎悪の視線を前にしても、アンは狼狽えることなく、平然と答えた。
「何故? 私の娘が決めたことに口を出すつもりはありません。貴方を守ることに、何か使命を感じたのでしょう。友を思うが故の殉ずる行い。私はそれを尊重します」
「私がそんな事は絶対にさせない」
「無駄ですよ。聖職者は後一日もあれば、この村へと着くことでしょう。私の娘が連れていかれるまで、クーデリカ様にはここに居てもらいます」
「私が素直に言うことを聞くとでも」
「聞かせる必要はありません。ここで眠っていただければ、事足りますから」
アンが差し出した右手の人差し指。それをクーデリカの眉間へと近づけた。
「何を」
抗議の声を上げる間もなく、クーデリカの体はぐらりと崩れ、ベッドへと倒れ込んだ。安らかな寝息をたてる姿を見届けたアンは、部屋を後にした。