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惨劇2

「立って!」


 ソフィアは声を絞り出すとクーデリカを無理矢理引っ張った。落ちた本を拾い上げ、もつれる足のまま走り出した。

 クーデリカの家に幾度となく招かれていたソフィアは、家屋の構造を必死に思い出しながら、後方から迫る足音の恐怖から離れるためは走り続けた。


 家屋に設置された階段は二カ所。階段を駆け上がる足音を聞きながら、ソフィア達はもう一方の階段へと逃げた。

 階段は闇に紛れ、足場がおぼろげに見える程度だったが、手摺りを頼りに二人は駆け抜けた。踊り場にさしかかったとき、先頭を走っていたソフィアの足が躓き、倒れ込んだ。


「ソフィア!?」

「大丈夫」


 立ち上がろうと手をついたソフィア。掌に伝わる不思議な感触に眉をひそめた。それはざらざらとした木の感触でもなく、階段にしかれたが絨毯の手触りとも違っていた。

 人の手だ。

 整理のつかない頭のままソフィアは慌てて立ち上がった。踊り場に倒れていた遺体の顔を見た直後、クーデリカの叫び声が館中に響きわたった。


 クーデリカが尊敬してやまないルートヴィッヒは既に息絶えていた。

 金髪は血に染まり、鍛え抜かれた体には、刺された様な傷がいくつも残されている。目を見開いたまま絶命した彼の顔は苦痛で歪んでいた。


「クーデリカ、走って!」


 膝をつきそうになる友の手を引っ張り、ソフィアは階段を駆け下りた。

 見ないように意識すればするほど、ソフィアの目はルートヴィッヒヘと吸い寄せられる。分け隔てなく接してくれた本当の兄のような存在。その兄の側で泣くことも、見開かれた目を閉じることも今は出来ない。


 二人に迫る足音は、すぐそこまで近づいていた。

 階段から転げ落ちそうになっても、ソフィアはクーデリカの手を離そうとはしなかった。離してしまえば二度とつかむことができない不安に駆られながら、ソフィアは走ろうとした。

しかし、背後から聞こえた優しい声音に二人は足を止め、振り返ってしまった。


「クーデリカ」


 愛情のこもった声でしゃべりかける、声の持ち主は二階から二人を見下ろしていた。両手に握られているのは鈍器とナイフ。右手に握られていた鈍器は、山羊をモチーフにつくられたブロンズ製の胸像で、付着した血がしたたり落ちていた。

 モニカの青白い顔は。感情も生気も感じられなかった。


 戸惑う二人をよそに、彼女は走り出した。

 駆け下りる彼女は、ソフィアと同じようにルートヴィッヒの死体に足を取られた。あまりの勢いにモニカの体は宙へと舞い上がり、体は階段に叩きつけられた。

 段差に体を何度も打ち付けながら、転がり落ちていく。モニカは身体を守ろうとする素振りを一切見せなかった。


 二人は、固唾を呑みながらモニカの様子を見届けていた。仰向けになったまま動かないモニカを見た彼女たちは、ようやく安堵の溜息をつくことが出来た。

 父と兄は、何故死んでいたのか。モニカが殺したのか。クーデリカの疑問が尽きることはない。目に浮かぶ涙は今にも零れ落ちそうになっている。だが、じっとしているわけにはいかなかった。


「今の内に離れるのよ」


 ソフィアは頷くと、モニカから少しでも遠ざかろうとするが、二人の足は不意に止まってしまう。

彼女達の動きを妨げたのは、背中越しでも伝わってくる全身に絡みつくような視線のせいだった。

 モニカは倒れたまま、頭だけをゆっくりと動かすと、普段通りの声で二人に尋ねた。


「ねえ、どっち?」

「お母様?」

「どっちが、私の娘なの」


 あれだけ体を打ちつけたにも関わらず、両手に握りしめた凶器を手放していなかった。

 モニカの体は、手にした凶器によって傷だらけだった。

 傷の中には、激しく出血している箇所もある。しかし、傷を負いながらも凶器を離そうとしないモニカの執念。

 体中から湧き出てくる恐怖に駆り立てられ、言葉の意図も分からないまま、二人は再び走り出した。

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