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異変

 庭に差す暖かく柔らかな午後の日差しにクーデリカは眼を細めた。

十四歳なった自分を見つめる多くの視線に、クーデリカが恥ずかしそうに笑う。彼女の前には父と兄、そして物心がついたときからの親友であるソフィアがいた。


 大きく息を吸い、呼吸を整えたクーデリカは、両指についた十本の糸に意識を集中した。糸の先に繋がれているのは一体の人形だった。

 クーデリカが指を動かすと、まるで人形に魂が宿ったかのように、ゆっくりと立ち上がった。さらにクーデリカが指を動かすと、人形が着ている青と白のドレスがふわりと舞いあがり、華麗に踊り始めた。


 関節に結ばれた糸を、クーデリカは繊細な指使いで巧みに操った。

 華麗に踊る人形の動きに合わせるように音が響き渡る。クーデリカの母が奏でる柔らかなバイオリンの音色だった。舞台を舞う踊り子のように人形は踊り続けた。

 やがて楽器の音色が止まり、舞台は終わりを告げる。人形はスカートの裾をあげた後、手稲にお辞儀した。その直後、おしみのない拍手がクーデリカに送られた。


「上手になったよ。クーデリカ」


 その中でも、一際興奮しているのは、メガネをかけた短髪の青年、兄のルートヴィッヒだった。


「当然よ、お兄さま。あれからたくさん練習したのよ」


 クーデリカは胸を張り、腰に手を当てながらウィンクをして見せた。長く伸びた銀髪が日差しによって、きらきらと宝石のようにきらめき、美しい光沢を放つ。


「ルートヴィッヒもこれで肩の荷がおりたな」


 口元に髭を蓄えた父がパイプを吹かしながら、茶化すような視線でルートヴィッヒに笑いかける。その傍らには、今まで演奏していた母が寄りそっていた。


「父さん、その話はクーデリカの前では……」


 ルートヴィッヒの笑顔が曇り、急に困惑した表情になった。


「お兄様。私、知っていたのよ。先月に頂いた操り人形。初めてさわったときに上手にいかず、癇癪をおこしてしまった私の姿に心を痛めていたことを、そして……」


 クーデリカは、何かを思い出したかのように急に笑い始めた。口元を手で隠しながら笑う姿にも気品が漂っている。


「あぁ……クーデリカ、それ以上は言わないでおくれ」


 ルートヴィッヒは天を仰ぐように空を見上げながら呟いた。


「貴方達、相変わらず仲がいいのね。クーデリカ、兄をからかうのはおやめなさい。あと、貴方もそろそろ時間ですよ。ルートヴィッヒと一緒に出掛けるのでしょう。早く用意してください。貴方達の仲の良さに、ソフィアが呆れているわよ」


「いえ、モニカおばさま、そのような事は……」


 ソフィアと呼ばれた少女は、慌てた様子で胸の前で小さく両手を振った。頬を赤く染めた彼女の姿にクーデリカは微笑んだ。


「ソフィア、顔が真っ赤よ」

「もう、クーデリカ。貴方までそういうことを言わないで」


 仲睦まじく話す娘と友人の姿に、モニカは笑みを隠せなかった。


「それにしても二人とも、本当にそっくりね。こうして並んでいると、私でも見分けがつかなくなりそうよ」

「昔から良く言われますが、私とクーデリカ。そんなに似ていますか」

「正直な話、同一人物にしか見えないわ。でも、私はソフィアのことをクーデリカと本当の姉妹のように思っているから。どちらも大切なことには変わりないわ。それで貴方、今日はいつお帰りになるの?」

「そうだな。日付が変わる前には帰るつもりだが、待っている必要はないぞ。いつも通り先に休むと良い」

「お父様。今日はソフィアのお母様と一緒にお仕事をするのでしょう」

「ああ。彼女とルートヴィッヒのおかげで以前のように、家を空けることが少なくなった。嬉しい限りだよ」

「エドガー様。そんなもったいない言葉です」

「ソフィア。私に気を遣う必要はないよ。私達は君のお母さんとは、昔から気の置けない仲でね。その大事な関係は、昔も今も変わらないさ」


 エドガーは微笑みながら、傍らに用意していた荷物を背負うと、ルートヴィッヒと共に門扉へと向かう。

 クーデリカは手に持っていた人形を鞄の中に丁寧にしまった。


「お父様、お兄様。お気をつけて」

「ああ、いってくるよ」

「クーデリカ、いい子にしていてくれ。ソフィアも、妹から目を離さないでおくれ。しっかりしているように、見えて意外に抜けているからね」

「もちろんですわ。ルートヴィッヒ様。それに心配には及びません。クーデリカは、いつも仲良くしてくれます。ですから、気に病むことなど、なにもありませんわ」

「お父様、お兄様。早く帰ってきてくださいね」

「わかっているよ、クーデリカ。まだまだ甘えん坊だね」


 ルートヴィッヒはクーデリカを抱きしめた。

 離れていくルートヴィッヒをクーデリカは名残惜しそうに手を伸ばしたが、モニカの咳払いに手を引っ込めた。 

 仕事にでかける二人を、ソフィアとモニカは手を振りながら見送った。

 しかし、クーデリカは門の前から動こうとはせず、二人の姿が見えなくなるまで見送り続けた。

その場から動こうとしないクーデリカの肩をソフィアがそっと叩いた。


「どうしたの、クーデリカ。そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫よ」


 ソフィアは親友を気遣ったつもりだったが、聞こえていないのか呆然とした様子でクーデリカは立ち尽くしているのが、気にかかった。

 再び声をかけようとしたが、打ち鳴らすような金属音に身を縮めてしまった。


「いつまでそうしているつもりなの。クーデリカ」


 モニカは苛立った様子で、クーデリカを見下ろしていた。

 荒々しい手つきで門扉をしめたのはモニカだった。

 モニカは、ぶつぶつと何かを呟いている。怯える自分の娘を気遣う様子も見せず、足早に一人で家へと戻っていった。

 態度が急変したモニカの姿に、ソフィアは戸惑いを隠せなかった。


「ねえ、モニカ様は一体どうしてしまったの」


 クーデリカは何も答えず、トランクを抱きしめたまま、泣きそうな表情のまま立ち尽くしていた。

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