冒険と開発①
// 1SNAR = 121円
ーヤマトゲームズ社内ー
ゲームはいろいろな職業の人がスキルを持ち寄り、でき上がる。栄養ドリンクを飲みながら黙々とコードを書いているエンジニア。ヘッドフォンで音楽を聴きながらイラストを書いているデザイナー。打ち合わせで口論しているプロデューサーとディレクター。営業、広報、品質管理とさまざまだ。
オフィスの中は何台ものデスクが連なって並び、それぞれパソコンが1台、モニターが2台備え付けられている。ゲーム会社のデスクというのはフィギュアがあったり漫画が山積みになっていたり割と自由なものだ。
ホワイトボードにはスケジュールがびっしりと書かれている。赤い矢印が伸びているのは開発が遅れている証拠だ。
時計は18:30をさしていた。
<お疲れ様でした>
パソコンの電源を落としながらボクは心の中で呟いた。定時退社の時間。しかし帰る人はボクしかいない。
この時間に帰るのは久しぶりだ。いや……帰れる日があったかどうか思い出せない。
ボクのデスクは片付き、引き出しの中にも何も残ってはいない。私物はすべて鞄の中に入っていた。
今日この会社を辞めるのだ。
パソコンの電源が落ちるのを確認し、周りの席の方々にお別れの挨拶をした。背負った鞄のいつもより重たい感触にここから離れることを感じる。
「あとは……」
首からぶら下げていたIDカードを外しながら課長の席まで行き、カードを差し出した。
「課長、お疲れ様です。今お時間よろしいてしょうか」
「あぁ春田くん、今日までだったね、お疲れさま。どのくらいウチにいたんだっけね」
課長は書きかけのチャットを止めてこちらを向き、カードを受け取った。
「3年です。課長には大変お世話になりました」
「こう忙しくなかったら送別会でもしたかったのだけど、ごめんねー」
「こちらこそ、忙しい時に抜けてしまってすみません」
そうは言っても忙しくない時などは無く、会社を辞めるときに"良い"タイミングなんてそうはない。
「良いよ、良いよ、心配しなくて。なんとかやるからさ。それにしても寂しくなるなぁ、次のところは……」
「課長ーー!ゲームメディアズの佐伯さんからお電話です」
会話を遮るように少し離れた席にいる社員が課長あてに電話がきたことを知らせた。
「あ、ごめん、また機会があったらみんなで飲もうね、ありがとうお疲れ様でした」
「ありがとうございました。お世話になりました」
電話を取りにいく課長へ深く礼をした。
「もしもし、お世話になります。はい、はい、どうしてそれを?まだどこにも話してない内容ですよ??佐伯さん情報速すぎます」
頭を上げて課長を見ると、手を縦に動かしてすまないと言う表情をしていた。きっと今日もまた遅くまで仕事なのだろう。
「QA(品質管理)からきてるこれなんだけど、仕様にあったか?無かったよな?嘘だろ。影響範囲、結構あるぞ」
「このボタンいらなくなったから、トルツメ(取って詰める)してくれる?こっちのアイコンのとこはトルママ(取って開ける)ね」
まだまだ騒がしいオフィスを出た。外はまだ少し寒い。桜も咲く前の3月上旬だった。
春田カズキ、現在25才独身。ゲームの専門学校を卒業。2年は別の会社で下積みをして、ここ3年間はヤマトゲームズの開発に参加していた。
そもそもどうして、会社を辞めることになったのか。それは半年前、ボクあてに届いた1通のメールがはじまりだ。
タイトルには【エムドサーガ開発者様へ】と書かれていた。
エムドサーガというのは中学2年の時から構想、高校の時に絵を描き、専門でプログラムを学び、卒業制作で完成させたボクのエムドサーガ《黒歴史RPG》のことだ。名前を聞いただけで顔が赤くなる。
「なぜ……今になって5年も前のゲームの話を?しかもほとんど素人が作ったゲームだぞ」
ゲームは学校管理のサーバー上で無料公開されており、今でも遊ぶことはできる。当時熱中して自分一人で作ったゲームは、
あの絵柄:まともに絵を描いたこともない自分が見様見真似で描いた見るに耐えがたいキャラクター
あのシナリオ:村娘のヒロイン3人とパーティーを組むことに。機嫌を取りながら尽くして尽くして冒険を進める恋愛?シミュレーションRPG
あのシステム:村娘のヒロインたちは成長しない。主人公のレベルを上げ強化魔法を使い、彼女らを補助して強くなっていく涙ぐましい設定
完成させた当時は"ボクが考えた最高のゲーム"と意気揚々としていたが周りの評価としては最悪だった。やりたい人がいるとは"今となっては"思わない。考えただけで恥ずかしい、とんだ鬼畜ゲームだ。
「わざわざクレームとかよしてくれよな……」
薄目を開けながらメールのを内容を確認した。
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エムドサーガ開発者様
はじめまして、スナーレスト社のルナリアと申します。
突然の申し立て失礼いたします。この度はお願いがありまして、ご連絡させていただきました。
弊社の社長のスヘルツが当ゲームをプレイしたところ大変気に入りまして、
是非、我が社が運営しておりますVRMMORPGファルノアスの中で開発に協力をしてただけないかと思った次第です……
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「クレームじゃない?しかも……ファルノアスで開発ってどういうことだよ??」
メールに書いてある内容が信じられず、目を丸くして何度も読み返してしまった。
ファルノアスとはフルダイブ型VRMMORPG、つまりヘッドギアを使い、直接脳に信号を送ることによりファンタジーの世界をリアルに冒険できるゲームだ。
この手のものは、すでに多くのゲーム会社からリリースされているが、ファルノアスは最近注目を浴びている作品の1つとなっていた。理由としては、3つある。
1つ目は自由度の高さ。基本的には剣や魔法を使い、モンスターを倒しながら冒険行うのが主体であるが、ゲーム内ではさまざまなことができる。
たとえば農業や釣り結婚などはもちろん、住居、娯楽施設があったりSNSに投稿、生配信ができたりと、おおよそ現実世界でできることも可能となっている。また、"領土"ごとに色々特色がある。
2つ目は独自の通貨を使用していること。ゲーム内で使用されているスナーコインは現金と換金することができる。スナーレスト社は現実世界で暗号通貨(仮想通貨)であるスナーコイン(SNAR)を発行、運営しており、それが直接ゲーム内での通貨として使用されている。
ゲームを始める時はある程度費用が必要だが、モンスターを倒したり素材を売ったりすればスナーを入手することができる。上手くプレイすれば稼ぐこともできるため、プロゲーマーも存在している。逆に熱中するあまり現金を使い込み本当の意味で廃人を生み出してしまう危険性もあるのが怖いところだ。未成年がプレイするためには親の承諾と換金可能の上限金額、R18機能制限等が定まっている。
3つ目は社長であるスヘルツが自らゲームの宣伝をしていることだ。動画サイトにゲーム内の様子を公開しており、スヘルツの見た目は金髪ロングの緑の瞳のエルフ耳、年は12,3才ぐらいに見える"アバター"を使用している。口調は社長っぽいというかおじさん臭く、中の人はどんな人間なのかと想像してしまう。
たまに出てくる社長秘書のルナリアは紫髪ボブの薄紫の瞳、メガネをかけていてしっかり者のお姉さんと言った感じだ。生意気でおっちょこちょいなスヘルツとしっかり者のルナリアの掛け合いがおもしろく、人気のチャンネルとなっていた。
しかし、驚くことに現実世界で撮影された会見やニュースの写真記事でもゲーム内のアバターと"同じ姿"をしており、その徹底さに「コスプレ社長」「ロリばばあ」「リアルスヘルツたん」と、ニュースサイトを騒がせたこともある。撮影用のコスプレイヤー替玉の疑惑もあるが真偽はわからない。
開発者の間では謎の多いゲームとも噂が立っていた。
最近は開発情報をオープンソースとして公開することも多く、ゲーム開発コミュニティに参加して情報交換をしている企業も多い。
スナーレスト社はどこにも属しておらず、開発環境、ゲームエンジンはおろか使用言語すら非公開となっている。一部のハッカー(クラッカー)がサーバーへの進入を試みたが、行き着いた先には何もない(404 Not Found)だったらしい。これは、あくまで噂である。
わかっていることは、ファルノアスの世界に存在する"領土"は提携している開発者(企業含む)ごとに開発が分担されており、領土内で得た収益は開発者へ支払われることになっていた。また、開発中に得た情報は外に漏らしていけない極秘事項になっている。これはスナーレスト社のホームページにある開発者募集のページに記載されているのだ。ほとんど情報が非公開のため、どんな人が採用されているのかも知ることができない。
領土内での利益が直接反映されるため、より多くのプレイヤーに領土内で遊んでもらえるよう切磋琢磨している。戦争イベントで領土の奪い合いが起こり、裏では開発側での利権の奪い合いとなっているのだが、プレイヤーは気にせず自由に遊べば良い。
「嬉しいんだけど、開発環境が不明なんだよな……」
ボクが使用しているプログラミング言語はC#で、ゲームエンジンはUnityだった。もし他の環境で開発が行われているのではあれば新たに勉強をしないといけないし、直ぐに取り掛かることはできない。興味はあったので、とりあえずいくつかの質問を投げ、メールを返信した。
メールは直ぐに返ってきて、
・開発環境、生活面での心配はいりません。私どもがサポートいたします。
・情報に関してはお教えすることができないので、参画してからお伝えします。
「サポートしてくれるのであれば良いかな……」
不安を感じながらも、注目されている作品へ参加できるまたとないチャンスに<お受けしたいと考えています>と返信をした。
そうして会社をやめてから1週間は日頃の疲れを取りつつ、ファルノアスをプレイしながら過ごした。初めにプレイするアバターを作るのに100スナーが必要だ。今日のレートで1スナーが約121円だから、今日始めたら日本円で12,100円かかる。ゲームとしては大きな出費である。
ベータ版を出したのか3年前でリリースされたのが2年前。開始に100スナー必要なのは当初から変わっていない。変わったのはスナーの"価値"だった。リリース当初はあまり注目をされていなかったが、大手SNSのフットプリントでスナーコインによる決済可能の発表がきっかけで注目を浴びた。同時にゲームの評価が上がるのと比例して、初めは1スナーが0.32円だったの現在は121円まで高騰していた。無名だったベータ版時代からスナーを所持していたら大金持ちになっていたかもなと妄想してしまう。ちなみにファルノアス1の領土を持つラリブキングダムは"獣の足跡"をエンブレムにしている。これにフットプリントが関係しているかは正式なコメントをしていない。
週末。ボクは六畳一間のアパートにある荷物を実家に送るため、段ボールに詰めていた。何度かルナリアさんとメールのやりとりをした後、いくつかのガイドラインの中で機密情報の保護のため住み込みで作業になっていることがわかった。
「今どき住み込みってないよなぁ、でも3食付きってのはありがたい」
一人暮らしの偏りがちな食生活には嬉しいことだ。それにしてもブラック現場な匂いがプンプンするのも否めない。
机の上のデジタルフォトフレームを片付けようとした時、写った写真を目にして手が止まった。
写真にはボクと今井キョウコ、篠田シンジの3人が写っていた。当時よく一緒にいた専門学校時代のクラスメイトだ。
笑顔でピースをしているキョウコは直前まで別れの寂しさに泣いていた。感情表現が豊かで誰とも話せる明るい性格。少し人の話を聞かないところはあるが、整った顔立ちとスタイルの良さで男どもからの注目の的であった。入学当初パソコンの苦手な彼女が困っていたところを助ける機会があり、その後も仲良くしてくれたのは嬉しい限りだった。キャラクターデザイナー志望で、現在はゲームアプリのキャラクターデザインに抜擢されるなど実力が認められてきている。
仏頂面で立っているシンジはお坊ちゃんぽく見え、背の高い切れ目のイケメンだ。言うまでもなく女子からモテた。そして普段は無口で口を開けば皮肉を言う、嫌なヤツなので男子からは嫌われていた。
ボクとは偶然好きなゲームが同じことで話すようになる。仲良くなってわかったことは、貧乏な家庭で育ち、高校卒業後2年間働いてお金貯めてから学校に来たこと。3次元より2次元美少女を心より愛していたこと。シナリオ書きを得意としていたが、稼げると言う理由でボクと同じプログラマー志望に落ち着いた。見た目と裏腹に残念な人格形成をしてしまったことは納得である。卒業後は大手ゲーム会社に就職をしたのだった。
二人はとても優秀で、卒業制作を共同で作り優秀賞を獲得していた。当時から才能を発揮していた二人にボクは引け目を感じていたのだった。
キョウコからこの間、久しぶりにご飯食べようと誘われたのだが、忙しいという理由で断ってしまった。ただ彼女が頻繁に更新するSNSには目を通していた。
いや……"忙しい"というのは言い訳で、連絡を取らないのは業界で活躍する姿にまた引け目を感じているのだ。そんな自分が情けない。シンジに関しては1年ぐらい前からプツっと音信不通となってしまった。卒業生の中でも就職したが合わずに業界から離れてしまった人と連絡取れなくなることはある。元気でやっているといいが。
荷物を詰め終わったボクは引越しのトラックを待っていた。明日からはいよいよ開発現場に行くのだ。
ー秋葉原ー
「次は秋葉原ー秋葉原ー」
昨日のうちに住んでいたアパートを追い出されてしまったので、一晩ネットカフェで過ごすことになった。空調がききすぎで乾燥をしていたため少し喉がいたい。
山手線を秋葉原駅で降りたボクは中央改札口に向かっていた。ホームページには会社の住所は渋谷区になっているのに集合場所として秋葉原の改札前を指定されていたのだ。開発現場は別にあるのかと不思議に思った。
改札を出た瞬間、自分が誰と待ち合わせをしているかすぐに分かった。忙しく学校や会社に向かう人々の中で、ビジネススーツ姿の紫色の髪でグラマラスな体型、おまけに2本のツノの生えたルナリアが立っていたのだ。
「すみませんお世話になります、春田と申します。待たせてしまったみたいで申し訳ないです」
「いえいえ、時間ちょうどですよ。問題ありません」
メガネの奥のキリッとした目つきでボクを見つめていた。写真や動画で見るよりもずっと美人だ。ボクは少し顔が赤くなるのを感じた。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いいたします。それでは弊社はこちらですので付いてきてください」
そういうとルナリアは歩き出した。大きな電気量販店を通り過ぎたところで疑問に思ったことを聞いてみた。
「あの、いつもそのお姿なんですか?」
ルナリアは考えている様子で少し間を置いてから答えた。
「いつもです。ここ秋葉原はこの姿でも普通に暮らせる良い街です」
スーツ姿と言う点は平日の朝の駅には馴染んでいるが、その容姿は目立ってしまうと思うのだが……ルナリアは続けて質問を返す。
「春田様は普通とは違うこの姿についてどう思われますか?」
「とても美しくて綺麗で、ボクは好きです」
ボクはハッと息を飲んだ。「美しい」とか「綺麗」や「好き」など思ったらすぐに言ってしまう。前にキョウコから女性に好きって簡単に言ってはいけないと怒られた事があるのを思い出した。
「そうですか、この姿を嫌がられる事もありますので……その、ありがとうございます」
今までとは一変して、少し口籠った様子で頬を赤らめていた。そして尋常じゃないほど歩くスピードが早くなり、バーっと先に行ってしまった。
「は、速い!す、すみません待ってくださーい!!」
ボクは走ってルナリアを追いかけた。
一本裏路地へ入り、しばらく歩くと潰れたバーのような店の前で立ち止まった。
「こちらです。スヘルツ様がお待ちですのでお入りください」
「え?は、はい」
こんなところに社長がいるのだろうか、ルナリアが深くお辞儀をしている姿を見て嘘ではないようだ。恐る恐る扉を開けた。
中へ入ると少し薄暗く、まさしくバーであったようだが今は営業しているわけでは無く、スペースを利用しているだけで撮影機材やゲーム機、パソコンなどが客席に置かれていた。奥に目をやるとバーカウンターに座っていた金髪の少女がクルッと椅子を回転させこちらを見た。
「おぉ!キミが春田くんか。待っておったぞ!!」
無邪気な笑顔と少し年配の上司を思わせる口調とのギャップはまさしくスヘルツだった。こちらも写真や動画で見た通りだ。
入り口から近くのテーブル席に荷物は置かれておらず、そこに通された。
スヘルツは笑顔でこちらを見ながら着かない足をフラフラさせていた。対面で座ったボクは少し緊張していた。
「どうぞ」
ルナリアがコーヒーを淹れてくれた。スヘルツの前には牛乳の入ったコップが置かれていた。
「ありがとうございます」
一口飲んだところでスヘルツが口を開く。
「すでにご存知かとは思うが、自己紹介をしよう。私はスヘルツ・ヨクト・レスト。スナーレストの取締役社長をしている。彼女が秘書のルナリア・フェムト・レストだ」
「よろしくお願いします。春田カズキです。この度はお誘いただきましてありがとうございます」
改めてお辞儀をした。
「春田くんが参画してくれてうれしく思うよ。あのエムドサーガ、おもしろかったからなぁ」
本当にスヘルツがプレイして気に入ってくれていたのか。ボクの黒歴史を。
「ありがとうございます。でも、どうやってあの作品を見つけになられたのですか?」
「あぁ……知人の作品を覗いていたら偶然見つけてな。あの絵柄、おかしな説明書きを見て、興味本意で覗いたら、初めはうわぁって思いながらも独特の世界観が癖になってな。最後の魔王まで倒してしまったよ。なぁ、なぁ?とくにあの魔王がお気に入りでな。私の嫁にしても良いか?!」
「ゴホンゴホン、スヘルツ様」
ルナリアが軽く咳払いをして、少し興奮気味のスヘルツを止めた。公開されている卒業制作は検索には引っかかり難く、見つけるのは難しい。目的がありサイトまでたどり着いたのであれば、納得がいった。
あんな作品を最後までプレイしてくれて、キャラクターに大してオレの嫁評価をしてくれるとは。当時のボクが聞いたら泣いて喜ぶだろう。
「構いませんよ。お褒め下さり、ありがとうございます」
「ほんとか?いいのか?!……あぁすまない。ともかくキミが作ったゲームに愛情と熱意を感じたのだよ」
少し場にも慣れてきたところで、スヘルツが真剣な眼差しでこちらを見た。
「それでは本題といきたいのだが、準備はできているかね?」
「はい、できております。住み込みとの話でしたのアパートは引き払いまして、持ち物は手荷物だけになります。開発資金に関しては先日、スナーに換金して指定のウォレットに入れております」
カバンには数日分の衣服とノートパソコンが押し詰められ、ポケットにはスマホが入っている。現在のすべての所持品だ。開発には資金と言うものが必要だ。ゲームをリリースして資金を回収、利益を得られるかは商売なので成功するとは限らないが、使える貯金のほとんどをスナーに変えて資金として用意をしていた。
「そうか、それでは荷物をすべてルナリアに渡してくれるか?スマホも頼むよ」
「え?は、はい」
ボクは言われるがままに荷物をルナリアに渡した。情報漏洩に対するセキュリティの高さだろうか、今まで働いてきたところ以上に徹底されている。
荷物を渡している間、机には契約訳書とカードのようなものが置かれた。銀のプレートには読めない文字のようなものが書いてある。右下には赤く半透明な菱形の石が埋め込まれていた。
「それでは契約書にサインをお願いします」
開発は業務委託となるため、仕事をするには必要なものだ。サインを書き終えると赤い石が光り、プレートに新しく文字が追加された。どんなギミックなのかと驚いたがスヘルツは構うことなく説明を続ける。
「これはICカードのようなものだ。エリアに入るには必要で、先ほどキミが言ったウォレットとも連携済だ。たくさんの情報を入れておく開発者の命でもある。くれぐれも無くさないようにして欲しい」
「はい、気をつけます」
いっしょ渡されたホルダーにカードを入れ、首からかける。最近どこの企業も入り口や開発室の扉を通る際はセキュリティカードが必要である。酔っ払ってなくした、電車に置き忘れたなどは重大なセキュリティ事故として処分が下る事もある。扱いには十分注意が必要だ。
「色々と情報不足で不安だと思うが、実際に現場を見た方が分かりやすいだろう」
そういうとスヘルツはフラフラしていた足を椅子から下ろして立ち、バーの奥へと向かった。
「こっちだ、ついて来てくれ」
奥には地下へと続く階段があり、たまに振り返りながら降りていくのだった。ボクは恐る恐るついて行った。階段の先には鉄のドアがあり、さらにその先には1階のバーの居抜き状態とは違い、ベットが5床並べられていた。手前には中年の男、若い男女の3人が横になっていてヘッドギアをつけている。それぞれにベッドの上にモニターがついていて、脈拍数のようなものや、視界カメラの様子だろうかゲーム内の様子が映し出されていた。
「彼らはテスターだ。ここでアップデート項目のテストをしてもらっている。ちょっとここで待っていてくれるか」
そう言って、二人は奥の部屋へと入って行った。不思議に思いルナリアの顔を見た時、少し顔を赤くして目をそらしたことが気になった。
部屋はエアコンと、3人の脈拍の電子音が静かに混ざり合って聞こえた。ボクは空いていたベッドに腰をかけ、ヘッドギアを手にとった。ボクが持っていたものよりスペックの高いハイエンドモデルのようだった。しばらくすると
< 春田くん。待たせたな >
突然スヘルツの声が聞こえた。しかし、周りを見渡しても姿が見えなかった。
「社長、姿が見えませんが?どこにいるんですか?」
< すまない説明していなかったな。先ほど渡したカードを見てくれ、ここから聞こえているかと思う >
カードを見ると声に合わせて赤い石が僅かに光っていた。
「会話もできるんですか。すごいですね」
< あぁそうだ。そのまま先ほど私たちが入った部屋にきてくれるか?カードで入れるはずだ >
部屋の奥には二人が出て行ったドアがある。ドアには鍵がかかっていたが、カードをファルノアスのマークのあるボックスにかざすとピッピッと音がして解錠された。
中に入るとそこは狭い倉庫のようであったが、先ほどルナリアが着ていたスーツとスヘルツが着ていた洋服がかけられていた。棚には綺麗にたたまれた下着のようなものが見える。さらに奥にもう1つドアがあった。ボクはゴクリと唾を飲んだ。
「どう言うことだ……」
ここに服があると言うことは、二人は今、裸なのか??まさかとは思うがこの奥では一体何が待っているんだ。急な展開に動揺を隠せなかった。
< こちらは準備できている。次はその奥に進んでくれないか >
準備できてるって、ボクはまだ心の準備ができていません。いくらエムドサーガが気に入ったからってそんなご褒美もらっていいのでしょうか。
「は、はぃ。失礼します」
緊張で声が上ずりながらボクは返事をしてドアを開けて中に入っていった。
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