運命のロッド
のどかであったポタムイの街は数時間にして全域に魔術師の出現という事件が噂として駆け回っていたらしい。
冒険者組合の外に出ればここに来た時よりはるかに人が減っていたのでおそらく彼らが伝聞して回ったのだろう。
危害を加えられることはないがその好奇の視線に参ってしまった。安くしておくから後で来てくれと呼び込みをしてきた肉屋はひっそりチェックはしたが。
先導するロッシさんは初老を過ぎていると思われるものの、その背筋はまっすぐ伸び、アルマに向けられる視線の一部を遮ってくれるのがありがたい。
彼はわざわざ少し遠回りをして商店街を歩いてくれたようだが残念ながら一軒も見る余裕なく1つめの物件に辿り着いてしまった。
「築何年なんです?」
「どれも12年でしょうか、魔術師を呼び込みたいという領主からの命で建てたは良いものの最辺境の田舎に来るわけもなく、さらに賃貸にしては日割りでも予算を超えてしまうようで任務で一時的に留まった冒険者たちからも手付かずです。言ってしまえば未入居物件で不良在庫です」
(すごい早口でぶっちゃけた……)
貴方のおかげでそれが一つ減るので万々歳ですよと鼻息で口ひげを揺らすロッシの全身から嬉々としたオーラをぶつけられ、多数の視線とのコンボでアルマの精神がガリガリ削れていくが、そんなアルマに気づくことなく鍵を開き中へと誘導される。
「もはや新築じゃん」
「税収マイナスなのがもったいないし悔しかったので……、うちの大工たちのモデルルームとして綺麗にしておりました」
「……モデルルーム」
冒険者と同じく技術者も割と派遣要請がありますのでと明かりをつけ、質のいい革靴から靴棚に入っていたスリッパに履き替えそれほど高低差はないものの材質を変えてしっかり分けられている三和土から上がりアルマの分を用意する。
洋風のこの世界で靴を脱ぐ文化が?と疑問に思い問うアルマに「ある家とない家があります」と答える。
「ちなみにその3件のうち三和土があるのはここだけで」
「ここにします」
食い気味に返答するアルマに少しびっくりしたようで目を見開いたが、次の瞬間には元の落ち着きを取り戻し「それではリビングの方で契約書用意しておきますのでどうぞご自由に見学してください」と主導権を投げ渡された。
(まさか靴を脱いで過ごせる物件があるとは思っても見なかった)
アルマは1階の廊下の先にあるリビングへ向かったロッシを見送り、持たされていた見取り図を開く。
2階、庭付き、ギルドからそれほど遠くもなく商店街にとても近い利便性良しの超優良物件であるがそりゃあそもそも任務もなく稼げないこんな地域じゃどんなによくても環境的瑕疵物件になる。
最辺境なので別荘にするような街でもないだろうし、リタイアした冒険者が住むには貯蓄が減るのは避けたいだろう。
領主はもっと別のアプローチをした方が良いとは思うが……。
「必死だったんだろうな」
冒険者はどんどん都会に移り領内の防衛が薄くなっていく中、少しでも人材の流出を止めたくて焦った結果なのだろう。
勝手に見たこともない領主を憐れみ、生前にいた世界でもやっていた賃貸チェックを進めていった。
「ここにします」
「お眼鏡にかなったようで何よりですが他の2件は見学なさらなくてもよろしいのですか?」
選び方が雑なのでは?と言いたいのかもしれないが、畳はないものの日本で見慣れた住宅そのものでこちらとしては何も文句はないのだ。
ユニットバスではないし、良く分からない器具が備え付けられているが台所も広い。カビも汚れもひび割れも軋みもない。田舎の家なので部屋数は多いがあってもなくても困るものではない。
ロッシさんが用意してくれていた書類と器具説明書に目を通し何枚かにサインをする。
この世界には魔道具というものがあるらしく、台所に備え付けられていたアレもその類らしい。
「水道も、照明も、火器も、冷蔵庫も魔石で動いてるんですか」
「良い家にはそれ相応の、と領主命で取り揃えましたからねぇ。まあサービスを良くしても土地に問題が」
「でしょうね……」
相当鬱憤がたまっているからか、はたまたアルマが同情してくれるからか。ロッシの口からはとめどなく鬱憤が吐き出されていく。手は動かしているし説明も怠らないので文句はないけれど。
「戦闘業系の方は大体自分で魔石を稼いでくるので、ギルドにある鑑定機で調べた後は生活費分抜いた残りをギルドに買い取らせる形になりますかね、一括で調べた方がお金も浮くので魔石入れの購入だけはお勧めしておきます」
専用に作られているので劣化を防いでくれますし、と魔道具の実演を見せてもらう為共に回る。
魔石を電池と置き換えて考えることにしたので比較的すんなりと受け入れることが出来たが、月額支払いをしなくて済むのはとても嬉しい。今使っている魔石は魔素というエネルギー源がそこまで詰まっているものではないというので近い内に魔石を補充しなければならないが、まあ明日試験を受ける為ギルドに行かなければならないのでその時に予備を購入しておこう。本格的に依頼を受けるまでは頼ることになりそうだ。
「それでは、明日お待ちしております」と言って契約書にギルドで両替していた家賃と税金むこう3年分に見取り図などの住宅情報と、この家の鍵を交換して帰っていったロッシを見送ったアルマはテーブルの上にポーチの中身を取り出し並べる。
硬貨はかなり減らしたが、やはり重い物は重い。まずはこれをしまい込みたい。
だがそのままにしておくのも防犯的によろしくないので靴棚に紙幣も追加で手持ちを7割ほどそこに隠した。
魔石入れを買ったらその中に入れれば良いだろうがそれまでは唯一備え付けだった扉のある場所である。
腰のベルトに下げていたカンテラを、紙幣と硬貨の山が消えて置き場の出来たテーブルの上に置き、周りを整頓する。
「試験何やるのか不安だけどとりあえず誤魔化し用のロッドは欲しいかな」
紙はあるのにペンがないのでメモを取ることもかなわないし不便なのでそれも必要だ。
掃除道具はまあ追々としてベッドにはマットレスもないので宅配があるならそれを、ないならカートも買うか借りなければならない。
一人暮らしを始めた当時の期待感が蘇ってきてしまい苦笑する。
(今日はずっと過去を振り返ってばかりだ)
暇を持て余せば悩むことは増える。
死に際に郷里を想うという奴か、はたまたアラサーの「昔はよかった」という思い出話か。
ぜひとも前者であってほしいと願いながらポーチに再び紙幣をしまい込み玄関の扉を開けた。
「アルマお姉ちゃんやっと出てきた!」
ギルドから後ろをついて回っていた子供たちである。どうやらずっと戸口で待っていたらしい。
「ここが僕たちの街の鍛冶屋です!」
「って言っても何でも作ってるから何でも屋だよ」
「最近は修理屋も始めたしね」
こっちきて!と気絶した職員ことリンさんの弟アーニー君(道中名乗られた)とその仲間たちにやはり両手を繋がれ半ば引きずられるように中へと入っていけば、渦中の魔術師さんが来たぞと店主らしき男とカウンター前の女が笑む。
打算が大いに含まれるとはいえ出会う人間がこうも笑顔だと心丈夫を通り越してもはや不気味の域である。
だからと言って注文をしないわけにもいかないのだが。
「この子たちに魔石入れなどもこちらで作っていると聞きまして注文したいのですが、お忙しいなら出直します」
「とんでもない!チェキータ、俺がそっちに行くから後でもいいかい?」
「それじゃあそれで。魔術師さん、私チェキータ。今晩は酒樽を開ける予定なんだ、うちに来な!」
言い逃げするように去っていく背に後ほど伺わせていただきますと投げかけたけどこれ聞こえたのかな?
チェキータこの機に新樽開ける気かよと呆れかえった子供たちに囲まれている私に、鍛冶屋の店主が「ホアキン、俺の名だよ」とえくぼを作る。
「アルマです、お話遮ってすみませんでした」
「ほう?驚いたな。魔術師なのに謝罪する奴がいたのか」
(嘘でしょ、謝罪も出来ない奴しかいないの!?)
ホアキンの爆弾発言に苦笑いで返すアルマに代わり、アーニーが道中探られまくった購入予定品を勝手に注文していく。
「待て待て待て待て、アルマちゃん困っとるじゃろがい」
「先ほど注文したいもの聞きだされてるので大丈夫です。彼らが言ってくれた魔石入れを自宅用と、あればで構わないのですが手持ち用の物もお願いします。あと鍋とフライパンなどの台所用品も……。ああそうだ」
この街に来るまでに壊れてしまったので魔術師用のロッドを購入したいのですが。
「ロッドは魔術師が来ないから作ってもない……、いや一つだけあるな」
ちょっと待っててくれるかと告げ奥へ向かったホアキンに子供たちが首を傾げる。彼らには思い浮かばなかったらしい。
こそこそと互いの記憶のすり合わせを行っているアーニー達を見て、奥から戻ってきたホアキンはニンマリと笑顔を浮かべた。
「この前来た『銀の大山烏』の奴が邪魔だからと売ってくれたんだよ」
ロッドの性能が気に食わないだの持ち歩くのが面倒だだの言ってたなぁと上に視線をやり会話を思いだそうとするホアキンの手にはあまりにも見覚えのあるロッドが鎮座していた。
(カーネリアンさんの宝箱から出てきた奴ゥー!!)
3日ほど前に神殿からテレポートして消えた三人組の記憶が瞬時に浮かんだアルマは自分が叫ばなかったことを褒めた。
ここで彼らの姿を見たなんて反応をしてしまえばどこから来たのだと怪しまれるのは必至である。
硬直した身体をゆっくりと息を吐きながら解し、アルマは偽りの喜びを顔に出す。
「いやぁいいタイミングだった、商隊がやってきたら必要ないし売ろうと思ってたんだよ」
魔術師の武具についてはからっきしだったから記憶掘り出せてよかったよと腕より少し長い程度のロッドをカウンター上に置いた。
これが台座の方にあればそもそもこんな危ない橋を渡らなくて済んだのだが、それでも助かったのは事実である。
一番の懸念事項が解決したのでとりあえずいくらだろうかとアルマが紙幣を数枚撮り出してる間に、ホアキンはカウンターの脇に置いてあった小型の機械をカチャカチャ鳴らしロッドにライトをあてる。
スキャナーのような動作を始めたそれを全員でじっと見つめていれば、先ほどまでこの小型のスキャナーが上に置かれていた機材から紙が排出されていく。
飛び出した紙を手に取りホアキンが上から下へと視線を流し、納得がいったとばかりに目を細めた。
「一応このロッドにも特殊スキルがあるにはあるんだが、後から付与された呪いか何かで相殺してしまってる。ちょっと高価な棒になってんだな」
二束三文で売りつけてきたからラッキーと考えてたけどこれは商隊には買い叩かれると肩を竦めた。
ホアキンさんから紙を受け取り効果を読む。なるほど、火竜に挑んだ者の遺留品なだけあって氷属性の武器だったらしい。
本来ならひんやりとしているはずのロッドはカーネリアンさんの攻撃により呪いのように火をまとってしまったのだろう。というかカーネリアンさん本当に火竜だったんだな。
火傷した箇所のように全体が火照るロッドを手に取り片手でくるくると回しながら馴染み具合を確認する。
氷属性だのは別にいらないのだ、そもそも魔術師ではないので強い武器を持っても生活に困らない程度の魔法が使えるのみで強力な技は使えない。明日の試験をスルー出来ればいいのだから。
「このロッドを買います、あとは先ほどの注文通りの品を」
全部でいくらになりますか?
ポーチを開けさらに紙幣を何枚か取り出せば、今後も長い付き合いになるだろうと考えてくれたのか都市部で流行しているらしい性能の良い魔石入れと台所用品を見繕ってもらえることになった。
巡り巡って自分の元に来たロッドに運命というものを感じてしみじみとした空気に浸っているアルマは、カウンターに乗り出した子供たちが店主が在庫を出す度に口出しをしている為に購入予定の物が使い道のわからない機能が付きまくったハイスペックなものへと変化していることに気づくことはなかった。