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コインタワー②

 冒険者がお金を手に入れるにはいくつかルートがある。

 施しやチップ、犯罪などを除き、大抵の人間は以下の4つを選択する。


 1、領主などを主人にして定期的に給金をもらう方法。

 2、魔物が落としたお金やアイテムを拾って換金する方法。

 3、ギルドにて依頼を受けて完了後報告をしてギルドから受け取る方法。


「そして4つ目が『指名を受ける』方法です」


 4本目の指をたてながら説明する職員の男(先ほどロッシと名乗ってもらった)に思わず復唱した。

 冒険者とは名ばかりの傭兵業であるのはリンさんの説明で知ったが、私がやってきたゲーム達とは違って細かい部分までシステム化している。


 ただ時期尚早ではないだろうか。まだ戦力テストのようなものも行っていないし一つも依頼を受けていないのだ。

 未知数であるアルマに4つめの方法を持ちかける意味が解らなかったのである。

 復唱し怪訝な顔を見せたアルマにまあそうでしょうなと苦笑して手元に持ってきていたファイルの一つをカウンターに広げる。


「この街を含めたヘンマン領内ではここ数年でアンデッドの目撃頻度が上がっておりましてですな」


 日中に出ているアンデッドはともかく、大抵の夜中にこそこそと活動しているものはそれほど脅威ではない。

 基本的に大人しく、縄張りに入らなければ自分たち人間とは互いにスルー出来る程なのだそうで。

 冒険者を派遣して狩りを行う余裕があるはずもなく、領主からは害がなければ放置しろと伝えられているらしい。

 だがあまりに増えすぎると今度はその大人しい性質を狙って他の魔物が寄ってくるのだという。


「餌、ということですか」

「はっきりと言葉にしてしまうなら」

 アンデッド同士でも共食いをするのだから他の魔物が狩りに来ないと考える方がおかしいほどに。


 手元のファイルから地図を取り出し、囲うように指をさす。

 帝国という地図の中で一番大きい文字の括りのうちさらに西へと進み、指を置かれたヘンマン領という領地の最北西に位置する小さな街の上に、のぞき込まないとわからないほどの小ささでポタムイと書かれているのを発見した。


 海はなく、山に囲まれた盆地のようなポタムイと繋がる街道を追う。

 少し太めの線で囲まれたヘンマン領内は平野が少ないらしい。なるほど、人相手の籠城ならともかく魔物が増えすぎれば他所に逃げるのにも苦労するだろう。産業も発展しにくそうだ。


 ああ、登録したばかりの魔術師に4つ目を教えた意味が……、あれだけ歓迎された理由が解ってしまった。



「すでに領主の方に登録情報が送られているのですね?」

「ええ、近いうちに必ず指名依頼が来ます」


 本拠地が自領内なら馬鹿にならない派遣料を指名代に含ませなくて良くなりますから。

 大人の事情であると白状し上品に笑めば、アルマはその珍しい髪と同色の瞳を緊張で揺らす。

 俯き頑張りますと答えた彼女に自分の指示は正解だったなとロッシは感じていた。



 実は奥の方で職員達がすでに周辺地域からの依頼の処理に追われだしているのだが、自称の20より幼く見える少女に即日任務は酷だろうと、金貨を数えさせていた間に気絶しているリン以外の全員に返信遅延の通達を行っていたのである。


 使い潰すつもりは毛頭ないが、余らせておくなんてもったいないこともしない。

 なにせこの街はヘンマン領の中でも最貧なのだ。一次産業は充実しているおかげで食うに困らないが贅沢は出来ない。



 魔術師の能力を持っているものは素質発覚後から周囲に持て囃されることになる。

 幼少期であればあるほど修正することもかなわず横暴なまま成長する者が大半の中で、アルマという少女は実に謙虚であると言えよう。

 大人に囲まれ怯える少女のフリをして、存外に胆は据わっているし周囲の観察も怠らない。頭の回転も速いときた。

 まるで中に大人が入り込んでいるような違和感すら感じられるし、人里離れていたにしても少女はあまりにも物知らずが過ぎる。


 だが……、こちらに向ける悪意がなくて、まともにビジネスの話が出来るならそれでいい。

 知らなければ教えてやればいいのだ。

 大切にしてやれば原石は輝くのをロッシは知っている。



「試験は明日以降にしましょうか。即日入居ですよね?商店街にはリンの弟たちが勝手に案内してくれるでしょうから買い物は彼らに任せるとして、こちらで手配できる物を用意いたしますよ」

 そう言ってロッシは引き出しの中から一枚の紙を取り出しアルマに差し出した。


 リスト化された購入書には箇条書きで物品の名称、値段、購入か借用かと並んでいる。

 のぞき込んだアルマは、なんだか教科書を買ってる学生みたいだななんて懐かしみながら地図、図鑑系書籍数冊、素材買取リストをすべて購入にチェックしサインする。


(うーん、郵便局のような役割もこの街ではここでやってるって書いてあったし、通販の時に値段がわからないと厄介かな……)


「物知らずで恥ずかしいのですが、帝国内の基軸通貨とかってないんでしょうか?」

「ありますよ、本当に人里離れて生きてきたんですねぇ……」


 怪しむような目つきではなかったがこれ以上突っ込まれるとぼろを出しかねない。

 苦笑いし濁せば「あなたの持ってる金銀系の貨幣は帝国外でも変わらず同じ価値として使えますね、ただ帝国内のみではあるがもっと軽い紙幣もあります。都市部ではこっちの方が使われていますね」と親身になって教えてくれる。


「どうします?両替もこちらで行えますが……」

「物件購入費と税金は3年分だけにして、重いので残りの半分くらいは両替してしまいたいと思うんですが、任せてしまってもよろしいでしょうか?」

「畏まりました、物件費と税金は多少前後するのでお出しくださった金貨の3割くらいを今両替してしまいましょう」


 それにリストの方も必要ですよねと回収された購入リストの備考欄に帝国紙幣両替と記入し回収される。

 タイミングを見計らったかのように現れた職員にその紙を渡すとまた別の職員から金庫を受け取り開ける。

 洗練された連携に畏怖を感じていれば目の前に己が出したままだったコインが各一種類ずつ並べられた。



「穴が開いた銭貨ですが、スラムの方で使われているのであまり見たことないかもしれないですね。そして金貨と大金貨、こちらも通常使われないのでこの3種は対応する紙幣はありません。他に金塊だの宝石だのありますが、金塊に関しては純度や比重の精査がかかわってきますし、宝石は時価になっているのでこちらも省かせていただきます」

「なるほど、市場で使われているのはこの5種類ですか」


 ロッシは首肯し、避けた残りの5枚をそれぞれ距離を取りつつ整列させる。

 大銀貨・銀貨・大銅貨・銅貨・小銅貨と指さし同価値の紙幣を置くと、両脇に大金貨・金貨・銭貨を整列させ、各種コインタワーを一塊ずつ持ってきた。


「ポタムイのあるこの領内では穀物と畜産が安めになっておりますが、都市部では書籍だのが安くなります。値段が上下するのは流通量やら需要によりばらつきが起こりますね。戦闘員として登録されておりますが、素材などの売却でより多く稼ぎたいのでしたら運び屋などに時価を聞いた方が良いでしょう」


 口を休めることなく手元を動かしながら物知らずに淡々と説明していたロッシが「ふぅ」と一息つく。

 形成された貨幣表はとても美しい、几帳面なロッシの性格がにじみ出た一種の作品であった。

 数分後に消える運命にあるその作品を見て、アルマは遥か昔におはじきセットで数字の勉強をした小学校時代を思い出し、その一瞬で分かる10枚組のタワーに胸をなでおろした。

 アメリカのような25セント硬貨、日本円の5円50円などがないのでおつりを少なくまとめるとかいうことは出来ないが、これも紙幣に両替することによって幾分も負担が減るだろう。

 3種類ある銅貨も中サイズの物には馬のような絵柄が浮き出ているので慌てなければおそらく間違えることもない。


「この帝国内では紙幣の最小値、小銅貨は1枚1ハロとなります」


 後ほど市場や商店街に顔を出すと思いますがこの街の中なら一番高い単価の家具でも銀貨程度で買うことができます。

 剣や斧や槍ならともかく魔法武器やロッドは作っていなかった筈ですのでのでそれなりにかかると思いますが、その辺は店主と交渉して頂ければ……。と記憶の引き出しを開け唸るロッシに首肯する。現場に行った方が早いだろうと考えたのは自分も同じだった。


 物件購入資金と残りの3割を両替し終えたところでようやく購入物件のファイルを渡される。

 カウンターで物件漁りをするつもりだったのだが、希望していた要綱にヒットした場所をあらかじめ見つけて置いてくれたらしい。何から何まで、初対面の小娘に至れり尽くせりである。

 これが公務員かぁと瞼を薄く閉じてしまったアルマに付箋のついた見取り図を3枚渡してくれたロッシがファイルの分厚い裏表紙から鍵束を取り出し立ち上がった。


「座りっぱなしで疲れたでしょう、見学に行きましょうか」

 両替した硬貨の処理を職員達に任せ、ロッシはカウンターから出てアルマの身支度を待ってから椅子を引いてやった。

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