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ポタムイの街

 死霊魔術師が死滅し700年と少し。

 かの時代と世論により死霊魔術師(導くもの)を失ったアンデッドは年月をかけ、誰も気づかないほど細微な変化を起こしていった。

 徐々に物理攻撃が効かなくなっていき、霊道を開ける管理者がいなくなった為に世界各地で溢れ出したアンデッド達は自らの縄張りを確保するために共食いを始めていった。

 共食いにより力を蓄えた個体は日中に耐性をつけだしていた。

 次第に生者との生活圏が被っていき村を一つ飲み込んだのが始まりだった。

 討伐の為各国が大量の死傷者を出し解ったことは『魔法攻撃なら倒せる』ことと、『死霊魔術は完全に失われていた』ということだけだった。

 魔術師達が王命で研究を進めていったがかつて国の5分の1を占め流派まで分かれていたその技術は師によってのみ授けられるものだったのである。

 帝国の報告にもはや失われた技術を復活させることは敵わないと結論付けた貴族たちは挙って魔術師を国営の冒険者ギルドから引き抜きだしたのである。


「……そんな状態がずっと続いてきてるので攻撃の使える魔術師って市場価値がとても高いんですよ!歓迎します!」

 徐々にカウンターから身を乗り出して鼻息荒く説明してくれた青年から避けようとアルマは上半身を精いっぱい仰け反らせていたのである。




 ――話は1時間ほど前に戻る。

 二人を送り出し、新たな人生を始めてから3日。順調に世界に馴染んでいった身体が腹の音を鳴らした頃合いで無事街道までおりることができ、何も特筆するような出来事がないまま数時間先の街へと到着したアルマは早速聞き込みを始めることにした。

 最初は見慣れない風貌に引くほど警戒されていた(し、一組目の親子には逃げられた)が、自分は冒険者として登録したがっている魔術師だと説明すれば180度態度を変えて歓迎され今度はこっちがドン引きしたのである。

 魔術師という単語を聞きつけて先ほどの家族も戻って来たし、家の中にいたらしい母子もわらわらと往来に顔を見せだす。

 服の裾を引いた少女が「魔術を見せて欲しい」と呟くので自分の実力ではそんなに大きなことは出来ないし大丈夫だろうと軽くチャッカマンレベルの小さな火を指の上に浮かべたのが運の尽きだった。


「魔術師だ!」

「本物だ!」

「うちの街にも魔術師が来たのか!」

「ポタムイにようこそ!」


 波状に【状態異常:お祭り騒ぎ】が広がっていく彼らに不味い流れになってないかとアルマはハッとする。需要がなければたかが冒険者をここまで歓迎するはずがないのだ。

(何かを目の前で倒してくれとか言われたら死ぬじゃん……)

 社会的に。アルマは顔には出さなかったが肌の露出がほぼない服の下で滝のように汗を流していた。

 死霊魔術があれば安全に黄泉送りできるが人前で使えないのだ。自然魔法の一つである理魔術は素人同然のスキルしかない。


 詰んだな……。遠い目をして死刑宣告を待つアルマが脳裏に浮かべた言葉たちは幸いなことに一切連ねられることなく、両腕を子供たちに取られたまま冒険者ギルドへと連行されていったのである。


 役場のような建物のこれまた役場のような無骨で機能的な内装とのんびりくつろいでいたらしい職員が一斉に騒音をたてる戸口に視線を向けた。

 この辺境の地に舞い込んでくる騒ぎは今までろくなものだった試しがない。

 職員一同が警戒し身をこわばらせた中、開け放たれたドアから入ってきたのは笑顔の住民たちと、その真ん中で断頭台に上がる人間の顔になっていた見知らぬ少女であった。


「兄ちゃん、丁重にね!!」

 玉になった集団の中から抜け出し、正面のカウンターでくつろいでいた職員の一人に少女を指さしながら告げる少年。

 仕事中にだらけていた兄の姿を認識できないほどに興奮状態の弟の頭を軽くはたいて「指をさすな」と叱る。

 受け付けは奴の仕事だからとちらちらと視線を寄こしながらも再びくつろぎ始めた職員達を一瞥し、苦い顔で虚無と化した少女を迎えた。


「冒険者ギルドへようこそ、本日担当させていただくリンと申します。どういったご用件で……」

 青年の問いかけに、会社員時代に鍛えられた転身スキルが火を噴いた。


「失礼しました、ええと本日は魔術師で冒険者登録をしに」

「魔術師!」

「魔術師って言った!?」

「来たんですけども……あの、なんでこんなに驚かれるんですかね……」

 カウンターを挟んだ自称魔術師の少女と己の後ろで違いにフィーバーしている住民と同僚たちを先ほどの弟のように叱りつけるが効果はなく、自分も踊り出したいのをぐっと我慢してニコリとほほ笑むと長らく使われてなかった引き出しから書類を取り出した。そして最初に戻る。



「この辺境の街…いえ、領には魔術師が派遣、冒険されること自体が稀でして。ああ他の冒険者はいますよ、今は出払ってますけど魔法付与された武器で皆さん討伐しに向かわれます」と説明を続けるリンと名乗った青年にアルマは納得する。


(人材を切り捨て立ちいかなくなってしまった運営に畑違いを大量に招集して放り込んで金のない場所は放置ねぇ、救えないな。迫害を受けてきたリピズス達死霊魔術師も、先祖やお偉方の方針のせいで捨て置かれてるこの街の住民たちも)


 良い様に使われはしたが死霊魔術師としての核を責任もってしっかり植え付けてから送り出してくれた彼女に悪い印象は持っていないのだ。自分とは違い国の為に働いてきたのに最終的にアフターケアを怠ったまま処分されたリピズスを想うとやはり眉をひそめざるを得ない。

 だが口には出さない。この世界で私はほぼ赤子である、何も知らない新参者が出しゃばれば碌なことにならないのは世の常だ。

 手元に置かれた書類を見る。ご都合主義のように日本語だがこちらもおそらく彼女がそう身体に設定をしておいてくれたのだろう。もしくはオーブのように見え方にフィルターがかかってる可能性……、いや考えてもわからないし読めてれば良いでしょう。はい終わり終わり。


(しかし何というか……700年経ってるのに文字の形態変わってないのはちょっと驚きだわ……)

 堅苦しい言葉の羅列を読み込んでいく、罰則事項とかに触れて犯罪者にはなりたくないし。


「ギルドって国営なんだ」

「冒険者ギルドだけですね。初めてだと知らない方もいらっしゃるので説明させていただきますが20年ほど前に我らが帝国は主に治安維持のため、属する国家全てにギルドの国営を義務付けました」

「その治安維持のための徴兵に応じる義務が生じる訳だ」

「まあそういうことです。ただその治安維持の徴兵自体はそう頻繁にあるものじゃないんですけどね、前回は2年前だったのでしばらくは」


 ないでしょうねとリンは頷く。数年に1度の頻度でアンデッド狩りと呼ばれている習慣が帝国の中心部ではあるようで、よほどのことじゃない限りギルドの戦闘系構成員は強制だという。

(これは先ほどの話と繋がっているんだったら不定期なのにも理由があるな)

 ただそれを現状知る術はない。そしておそらく人前に出て戦ってる姿を見せる一種のパレード的なものも挟むと予想される。

 人前での死霊魔術縛りをしているので木偶の坊と化すのが目に見えている。

 もちろん登録しなければ義務は発生しない。


(でもなぁ、メリットが大きすぎるんだよなぁ)

 宙にやっていた視線を書類におろす。


 物件の賃貸売買、装備雑貨などの割引、医療費負担の増額、転職などによるスキル講習。

 そして何より税金の軽減と身分証。冒険者ギルドとかある時点でファンタジーな世界なんだなぁなんて呑気に思っていたけど残念ながら現実である。その他保険証とかあるのかわからないけど、身分証制作のための書類を一緒に手渡されている時点でおそらく一番手軽に作れる場なのだろうと予測できる。

 身分証がなければ国を移動するどころか領を跨ぐのも困難だという。


(頻繁に関所があるのだろうか)

 国を移動する気は全くないのだけれど、生活用品を自活できる気は全くしていない。食料はどうにかなろうともカーネリアンさんの洞窟で一生を過ごすのも遠慮したいので家も借りたいし人に完全に感知されるようになった身体では疲労も溜まるだろう。ベッドで眠りたい。人に紛れ込んで暮らすなら作らないという選択肢はない。


 頭の中で色々理由を述べ、不定期開催の祭とかいうタイムリミットまでにどうにか誤魔化せる能力を身に着けようと決心し、記入用書類を手に取る。

 出身地が不明な人もいるのだろう。必須項目になっていない現住居などに心から感謝する。洞窟とか書きたくない。


(歳…そうかプロフィール決めてなかった)

 怪しまれないようにしなければならない。リピズスに身体年齢聞いておけばよかったと後悔をはじめ名前の最後の文字をあからさまにゆったり書き始めた私に「そう言えば」と目の前のリンは切り出す。

「女性にこれを聞くのはあまり好ましくないのは承知なんですが、おいくつなんです?」

「に、じゅう……」

「!?」

 リピズスはおそらく10代くらいなんだろうけど、中身が10代を装って言動をおこすのは正直イタいしキツイ。よって数歳だけサバを読もうとしたアルマが探り探り十の位を口にすれば「失礼しました、10代前半かと思いました」と目の前から飛んできて白目を剥いた。どうやらこの世界の人々は発育が良いらしい。今後の人生約10歳サバを読んで生きていくのかぁ。

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