旅立ち
リピズスの身体をモチーフにして練り上げたという私の器の元に帰ってきた。
姿見などもなかったからわからなかったが言われてみれば人型半透明の彼女にそっくりである。
私がじっと見つめているのに気づいたらしく、隣に並んで胸を張るリピズス。いやそっくりとかのレベルじゃない、瓜二つだった。
幻覚を見ながらキャラメイキングをしていた時はイケメンを作ろうと躍起になっていたが、画面上で操るなら男が良いというだけでなりたいわけではなかったので女だったのはただただありがたい。生理現象の時とかに焦らなくてすむ。
「まあ、この姿でお風呂とか入るの少し罪悪感あるんだけども…。少女だし」
「身体は器だから私は気にしないよ」
独特な宗教観があるらしい。カンテラ越しに撫でられたオーブのままのカーネリアンさんは「わが友の姿だ、大事に扱ってくれ」と言っているから死霊魔術師特有の物なのだろうが。
「実は台座の中にも色々保管してあるんだ。右奥の角横を3回、左手前の角に体重をかけて音が鳴るまで押し込むと開く。閉めるときは対称を押せ。人は先立つものが必要だろう?私からはそれをやろう」
「ありがとうございます」
「じゃあ私からは導きのカンテラを餞別にやる、私にはもう必要なくなってしまったから」
今度は霊魂のカーネリアンと共に一方通行の旅をすると言う。転生をし続け独りぼっちになってしまった生者の火竜の為に、神へと至る道を探さなくて良いのだそうで。
私がカンテラを揺らし霊道を作り出せば終わる。
カンテラとスキルの使い方も聞いた。
この洞窟のものはすべて好きに使っていいと許可をもらった。
近くの街道までの道も教えてもらった。
後は自由に第二の人生を歩んで欲しいと新しい名を魂に刻まれ、祝福を受けた。
ツンと鼻の奥が痛む。これ幸いとばかりに巻き込まれたし一日も経ってない短い間柄だったけど、彼らとの思い出はきっと忘れることはないだろう。
「第二の良い旅を『アルマ』」
「死霊魔術師ってのは上手く隠して生きるんだぞ!」
「死霊魔術師なのはほんとに不本意だけど……まあうん、頑張ります。貴方たちも良い旅を」
カランとカンテラが揺れる。
「あ、うっかりしてた。私達死霊魔術師には霊魂は火の玉に見えるけど一般人には丸いボールみたいに見えるから気を付けてね」
「めちゃくちゃ大事じゃんバカ!!」
職業を隠させる気あるのかと集束する無の空間へと大人げなく叫ぶ。
従来のゲーム等ならレイスだのファントムだのと呼ばれていたようなものをあの冒険者パーティーがオーブと呼んでいた謎がこんなあっけなく解決してしまったが、知らないままだったら怪しまれてた可能性が高い。
ごめーんと軽い謝罪に続いた笑い声が遠くなり、たった一人になったのだと寂しさが募るが応援されたのだ。
楽しんで生きることにしようと門番の大部屋から神殿へと向かうことにした。
「このカラクリどうなってんだろう」
言われた通りに押し込むと真一文字の亀裂ができた。数秒後砂ぼこりを舞い上げ勝手に持ち上がり出す蓋にアルマは感心する。主である火竜が消滅した時点で存在はしても地図上からは消されるらしい。今後もここに立ち寄るかはわからないけど誰も知らない倉庫と考えたら中々ありがたかった。知らない人に彼らの遺物を盗まれなくてすむし。
「お、ブーツとポーチ発見!」
自分たちを消そうとした冒険者の持ち物だという中身は多種多様なものが詰まっていた。
大剣の隊長率いるパーティーが持って行ったアイテムはこの中に入りきらなかった物らしい。雑に台座下の脇に追いやられていたのは彼らには必要のないものだったからだそうだが、そのおかげで台座の調査までされなくて済んだのだと思うと宝箱様々である。
「さて、とりあえず肉体が定着する前にどっか人里に潜り込んで生活の目途をたてなきゃいけないな」
コツコツとつま先を地面に落して足にフィットさせる。特性付与はされていないブーツだがヒールは低めなので歩きやすいだろう。倒された冒険者たちのバッグも漁り、使用用途が謎のポーションやら水筒やらナイフやらの必要そうな物をポーチに移し替えた。
(生活がちょっと便利になるレベルの理魔法は教えてもらったし魔術師の冒険者のフリをしよう。賢者っぽかった眼鏡君はロッドを持ってたから私も長物……は台座に入る長さじゃないから宝箱……)
欲しいものが必ず手に入るなんてチート能力はないらしい。
「武器は折れたことにして街についたら買おう」
死霊魔術は人に見せられないから攻撃手段がないも同然である。
安全に、そして怪しまれず暮らしていくために時間を無駄にはしていられない。
現時点で持っておきたいと考えられる物は取り出した。他のめぼしい物はまた来ればいいと急いで台座の蓋を閉め大部屋も過ぎ去る。
カンテラが導くままに進む。導きのカンテラと呼ばれたコレは本来の用途で使われていることが嬉しいのか、中のオーブは1匹しかいないのにとても明るい。足をしっかり運べるのは嬉しいが転がった冒険者やモンスターの死骸まで見えるのは頂けない。
肉と皮が中途半端に張り付いたままの骨を見ないように視線を若干上げて分かれ道も迷わず洞の入口へと向かう。
「ああ、外だ」
木漏れ日の降り注ぐ森の中、近くに川があるらしくせせらぎの音も鳥の鳴き声と共に聞こえてきた。
世界に固定化されてないアルマを感知できなかったのか、小さな魔獣が踏み出しかけた足の下を駆け抜け思わずつんのめって殺生を止める。
前のめりに倒れ込んだアルマの手と膝は少し擦り剝けたが、草のクッションがそれ以上の怪我を留めてくれた。
通路に倒れていた死骸なんてなかったのではないかと思えるほどの平和さが広がっている。
これがOP……、じゃなくてリピズスが見てきた世界の空気かぁと大きく深呼吸する。
青臭い草木の香りを肺いっぱいに吸い込んだアルマはたった今第二の人生を歩みだしたのだった。
プロローグ終了です。