リピズスの昔話
「検死してる瞬間は流石に予想外だったわ」
酷い音がしたらしい。両隣の住人が顔を見合わせ相談の末離れた地域に住んでいる大家を呼んだ。
倒れ、棚にぶつけた頭は血を流し意識混濁。吐瀉物と舌で窒息し酸素が供給できなくなった為脳死…とコンボを決めたようだった。ここまでで3時間ほどだという。
マスターキーでドアを開け、死体発見してしまい悲鳴を上げ倒れかけた大家の代わりに隣の住人が呼び出し、駆けつけた警察はすぐさま検死を始めていた。
膝を殴られ反応を確かめられたり、顔を太い針で何度か刺された時点でグロッキーになった私は即この穴だらけの身体を諦めた。私の夢はここまでぐちゃぐちゃな惨状を作り出せるはずがないのだ。
「カーネリアンさんが待ってるから帰ろう」
「もういいの?数人になら夢渡りとかもさせてあげられるけど」
「キリがなくなっちゃうから大丈夫」
たとえ佐直汐音として生まれた身体に奇跡の復活だの取材が来るレベルで戻っても、待ってるのは頭蓋骨陥没の手術からだし植物人間になってる可能性もある。未練がないと言えば嘘になるけど動けない身体じゃ悪友達とゲームは出来ないのだ。意味がないなら戻る必要もなかった。悩んだ末そう伝えれば「今恋人とかいないもんね」と納得される。余計なお世話だ。
「カーネリアンから聞いたと思うけど神になりたかったの、生きた彼をこの世界から連れ出して」
間に合わなかったけどと少し悲しそうに霊道を進んで行くリピズスに「カーネリアンが好きだったの?」と問う。好きの意味合いが違うかなと返ってきた。
太古の昔。
自分の生まれた世界で死霊魔術師は国に仕え、星見をすることが主な仕事だった。
国の英霊やらを霊界から呼び出し行く末を占うついでに死者を霊界へ導く役割も担っていた。彼らを送った後は遺族へのケアをし人生を進ませるのも重要な仕事の一つだった。そうやって皆が死を越えてきたのだと言う。
そんな生と死を司る神聖な役職だったはずの死霊魔術を穢れとして扱ったのが700年前の中央大陸の帝王だった。
新しい新興宗教と結託し死霊魔術師狩りをはじめた。
「死霊魔術師達はそろって高給取りだったからその財産を没収し私財にしたかったのかもしれないね、まあとにかく私達は国を追われたわけ」
頭脳派労働職だったから私たちは全体的に体力はなかったんだよね、馬にも乗れなかったからとリピズスは苦笑する。
騎士団を向けられてどんどん数が減っていって。
師匠に逃がされた私は一人この洞窟に辿り着いた。そこで巣穴にしていた若い火竜に拾われたんだ。
基本死霊魔術師は魔物を襲わないものなんだ。そういう矜持を持っていたし、人も魔物も等しく霊界へと送り届けてきたのが幸いし、偏見を持たれずにすんだ私は保護され、庇護下の魔物達と火竜と生活を始めた。
数年後、偵察から帰ってきた魔物が死霊魔術師は根絶したという王の宣言を聞いて帰ってきた。たった一人になった私をここの彼らは見捨てないでいてくれたんだ。
たまに洞窟に来る冒険者を皆で倒しながら何年もかけて世界中に散らばった同族の魂を集めてもらって。
私はすべてを霊界に送り届けることができたあと、火竜に話をすることにした。
「ここのみんなは優しいのに私は奥の間で冒険者のアンデッドを操る事しかできない」
「盾を作るのも重要な役割だ」
「友よ、私は神に成ろうと思う」
庇護下の魔物たちは人を襲うことなく暮らしているのに見た目が同じだからと同一視されてしまうのだ。
理不尽な死に怯え、親を、子を、友を亡くし嘆く彼らを見たくない。
「楽園を探してくる、だが死霊魔術師のままでは霊魂しか導くことはできない。私は神に成ろうと思う」
わが友は強いからきっと私が返ってくるまで待っていてくれる。そうだろう?火竜カーネリアンよ。
「それでカーネリアンさんは門番をしてたんだ…」
「未だに成れてないのは予想外だったけどね、私の知ってる仲間はカーネリアンだけになっちゃったから寂しいだろうし早くなれるようにスパン短くしてたんだけども」
「殺されちゃったと」
「そう、肉体から剥離された魂って時間と共に変異してどんどん自分を失っちゃうからすぐさま飛んでいきたかったんだけどさぁ。私の身体はすでに朽ちてたし導くためのカンテラを持ってきちゃってたから依り代が何もなくて、ちょうど目の前に振ってきた魂をカンテラと一緒に送り付けたんだよね」
「私の人権一切無視なのはやっぱクレーム入れてもいい?」
カーネリアンと話していた時は人が怖かったのだろう、彼の影に隠れるようにこちらを窺って伝言を頼んでいた彼女はそれだけの理由があったことが解ったので今更説明責任だのと非難しようとは思わない。
ある程度一緒にいて私の人となりを理解した彼女は「そこは軽んじて申し訳なかった」と素直に頭を下げてくれた。
(死後とか考えたこともなかったな……)
今を生き、貯金し、遊び、恋人だの家族だのを作っていずれ死ぬのだろう位は思ったことはある。
生きたいとも死にたいとも思ったことはなかったが、いざ死んだのを認識してしまうとまだ人生を楽しみたかったなという想いも湧いてしまっていた。
だが、提示された世界は自分が生まれ育ったところではない。
これから私の現実となる世界はゲームの、ゲームの世界……?
「今更なんだけど貴方の出身ってゲームの世界なの?」
「ん?OPとか言ってた映像の話なら君はその時すでに意識混濁してたから…、私の見てきた映像を取り込んでたんだと思う。死にかけの魂は干渉しやすくされやすいから」
確かもっとおどろおどろしい映像だったし…と首を少し捻りながら答えるリピズスに導かれながらがっくりと肩を落とした。起きたら賢者タイム状態にされる奴だったと生きてたとしても残念な翌日が待っていた事を知り悲しんでいれば「霊道を作るための依り代にしたお詫びとして画面で選択してた死霊魔術師を器として練り上げたし」と衝撃発言が飛び出した。
「…あの、今から他の器を作ってもらうことは」
「それなんだけどね、あの三人がカーネリアンと奥の間に保管していた敵のオーブの両方を殺さないでいてくれれば可能だったんだけど」
ええと、リソースっていう奴が足りなくなったとわざわざわかりやすく単語を私の世界の物に変換し、丁寧に棄却された。
「死霊魔術師迫害受けた末に絶滅してるからどうかとも思ったんだけどさぁ…」
「大丈夫デス、説明を続けて下サイ…」
「うんわかった!君の身体だけど今は魔力が固定化されてないから存在が感知されないよ。数日たてばちゃんと人間としての身体になるから、お腹が空きだしたら合図だと思ってね」
得意げに素人に説明してくれる少女に手をつながれたまま、私は何も見えず感じられない霊道を戻っていくのであった。