ヘンマン卿②
のじゃロリがマジで存在するのかと謎の感動を覚えているアルマが下げていた頭をあげる。
同じように隣のサイラスも目線を隠していた前髪を避けつつ彼女の姿を視界に収めたと思ったらいきなり武器を構えだした。ブラッドベア戦で使われていた宝剣ではなく大量生産品ではあるが。
「は……、は?」
「いや圧……」
いくら己がある程度地位が高くて相手があまりにも上から目線が過ぎるからって幼子に剣を向けることはないだろと今にも階段を駆け上りそうなサイラスを羽交い絞めにする。
見た目通り筋力がないのでとどめることが出来るかと問われれば否と断言できるが遅延はできるはずである。
どうしていきなりキレ始めたのだと暴れだすまで秒読みのサイラスに叫べば「優男の当主はどこに追いやったんだ」とこっちを無視して幼女へと問う。えっ?
「ヘンマン卿じゃないの!?いやでも小さい子に武器向けちゃだめだよサイラス!ほら若干泣いてるじゃん!」
「あれが演技だった場合お前即死するぞ?構えろ!卿に成りすまされてるなら下手したら帝国が落ちる!」
「やだやだやだロッシさん助けて!!敵対しないでのじゃロリ!逃げて幼女!」
子供を殺すのも知り合いが殺人を犯すのもやり返されて殺されるのもみたくないと、一歩ずつ階段を登っていくサイラスに縋りついて引き留めようと目論むアルマの叫びに、目を潤ませていた幼女が袖で目元を拭うとフンと鼻息荒く仁王立ちを始める。
幼女に抵抗する気はないらしい。もはやサイラスの凶刃を防ぐことがかなわない距離まで来ているのに彼女の両腕は胸の前で組まれたまま。
じりじりと前進していた二人と幼女までの距離感は突如サイラスが走り出したことにより崩壊し、不意を突かれたアルマが振り落され、サイラスの足は加速する。
「サイラス!」
己の手札は死霊魔術と炎。即座に出せはするが両方とも致死へと至るものである。己にもはや止められる手段はないのだと悟る。
階段を二段飛ばしで駆け抜けたサイラスが幼女の眼孔に向け突きの形を取った。
一瞬で決着がつくはずの状態を認知したくないのかアルマの制御外で本能がスローモーション映像のように目の前の光景を変換して見せた。
目を塞ぐこともできず、間に合うはずもないのに階段途中で放られた為に数段転がり落ちていたアルマが駆け寄ろうと四つ這いのまま地面を蹴り上げたところで第三陣営が現れたのであった。
「そこまで!管理者ジサイの名のもとにこの場を収めさせてもらおう」
時が止まる。いや、止められたが正しい。
己を引きずって階段を上がれる程度には力があるはずのサイラスの凶刃の先は文字通り爪一本で止められたのだ。しかも幼女よりも小さな身体の者に。
目前の刃と己の眼球の間に割り込んできた一本の指を見て幼女は目の前に己を害する敵がいるというのに勢いよく後ろを振り向いた。
「おじいちゃま!……とジサイおじいちゃま!」
「ふくく、このジサイをお前の付属品扱い!挙句おじいちゃまだと!!傑作だなぁヘンマン?」
「……良く言い聞かせておく」
「泉の管理者…精霊王ジサイ……」
階段最上階で一人は男の腰に縋りつき、一人は幼女に張り付かれた男を揶揄い、一人は彼らの奔放すぎる言動に頭を抱えていた。
和やかな空気を醸し出しながらコントを始めた彼らを見て、揶揄い、目を細めている男に剣先を指一本で止められたサイラスの時が動き出した。
ズシャリとグリーヴの音を立てて膝を地面に落とすと頭を階段に押し付けた。
所謂土下座の型であるがここは異世界、土下座などという名称はなくただ首を垂れただけである。
アルマが驚いて「サイラス…?」を名を呼び背中に手を置けば、彼は異常なほどに小刻みに振動していた。
ぽたりぽたりと階段に落ちる水滴は涙ではない、汗だ。
異常なほどにそれを垂れ流している彼にぎょっとして投げかけた言葉を思わず途中で止める。
次の瞬間、延ばされたサイラスの手によってアルマの額は相当の勢いをつけて地に伏せさせられた。
頭が割れたと勘違いするほどの音を立て衝突したせいでアルマは、その激痛により状況把握どころではなくなってしまった。
悶絶する少女とそれをなお抑え込み震える青年の頭頂部を薄く開いた一対の目で品定めするジサイと名乗った男が笑う口を閉じた。
「ジサイ様っ、……どうかご慈悲を」
永遠に続くかと思われるほどの静寂の中、サイラスの震える喉が徐々に止まる。
命をあきらめることによって冷静に回りだした彼の頭がアルマを地に押し付けていた掌をわずかに動かした。
己を囮として後方へ押しやるような彼の指の動きに反応したのはジサイ一人だった。悶絶するアルマはもちろん、上から見下ろしている二人も気づいていない。
「首をあげよ、ニンゲン」
ピリ…と空気が震える。
声のトーンからしてあの小人だろうということはわかるが、アルマはともかく、同世界産であるサイラス即座に従えるほどの豪胆さを持ち合わせていない。
管理者、すなわち圧倒的上位種なのだ。彼らにとっては人なぞどれだけ文明を持とうが動物に過ぎないのである。
頭は上げずに上目遣いで様子を窺うべきか視線を彷徨わせている横で、悶絶していたアルマは涙目のままグイと頭を持ち上げた。
当然、その上で押さえつけていたサイラスの腕が上半身ごと上がる。
「バッ…!」と焦ったように今一度それを押さえつけようと力を入れかけたサイラスの目の前まで飛ぶように……、いや実際に低空飛行をしながら近づいたジサイはぐるりとアルマを一周した。
(この外套とカンテラ、それにこの容姿……。炎のスキルが使われた形跡もあるがあの竜が手を貸しているらしくごく僅かにまで抑え込まれている。よくここまで隠し通せたものだ。耄碌したか?ジサイ)
常時二人分の力を行使しているのだ。衰える速度も二倍になろうというものなのだがそれを許さないジサイは遥か彼方の記憶を引きずり出して密かに自嘲した。火竜に負けた気分にされるのは癪だったので。
……しかし思わぬ手札を手に入れた。
カーネリアンが囲うものだからもはや己の手でどうにかするしかないと籠り続けてきたがそれも終わるだろう。
さて、庇っているところを見るにこちらへ手渡す気はなさそうだがこの男への褒美はどのあたりまで積めば買い取れるか。
数秒の間を開けた後、ジサイは左で指を鳴らし、右人差し指だけを立て掌を上に見せるとツイ…と指を上空に向ける。
抗えない力によりサイラスの顔はアルマと同じようにジサイのほうへ無理やり向かされ、指の音とともに召喚された本を風がめくりあげると全て白紙だったはずの本に文字が浮かび上がっていった。
「登録者名は……ああ、アージエの僧侶か。なかなか珍しいものを連れてきたな、このジサイへの手土産というわけではあるまい?」
「……っ」
「許す。ヘンマン、茶だ。うんと苦いやつを入れてやれ」
ひとまず人死にが出なかったことで胸をなでおろしはしたものの、空気を読んで黙ったままでいるアルマへと再び向けられたジサイの瞳孔がキュウと閉まる。
ヤギのように横長になるそれを内心興奮して見つめ返すアルマを視界の端で確認したサイラスは体中の水分が蒸発したのではないかというほどののどの痛みを覚えるも、ジサイはそれを無礼講とする。
ジサイとっておきの茶を出してやれと歓迎の意を示したことにこの場でただ一人気づいたヘンマンと呼ばれた男は長丁場になるだろうと踏んで幼女に魔道具で湯を沸かす使いを命じる。
デレっとした顔で抱き着いていた幼女はその命にシュタッという軽い音と砂埃をたてて地に着地すると「わかったわおじいちゃま!」と告げ屋敷の中へかけていった。
「ジサイ様、パティに湯沸かしに行かせましたがとりあえず彼らと中へ入れられては?後ろの彼女への儀式を先にすべきかと」
「そうだな、ついてこい僧侶と供のもの」
くるりと踵を返し屋敷の中へと向かうヘンマンの肩へと飛び乗ると、足を組み座った小人から視線をサイラスに向けたアルマは、通常ではあり得ない待遇に呆けるサイラスの両頬をむにりと引っ張り「痛かったんですけどぉ!」とのんきに文句をつけだしたのであった。




