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ヘンマン卿

「…マ、アルマ。起きろ」

「誰…新人くん?今日は会社休みますって伝えて……」

「色々と気になるが今は捨て置いてやる。さっさと起きろ」


 とうに身支度を終えたサイラスがアルマの肩を揺する。首ががくんがくんと前後するレベルの強さになってようやく目を覚まし、張り付きかけた角膜と瞼の間に涙を浸透させて揉み解したアルマが目を開け……、そして混乱した様子でサイラスに視点を合わせた。

「あれ、書類の山は」

「ほんとに何を言ってるんだ……」

 特異すぎる仕事を選ばない魔術師だから回されまくったのだろうとアルマの寝言への疑問を自己完結させサイラスは彼女の寝ていたベッドへ荷袋を投げる。

 だが当の本人はまだ寝ぼけているのか、丁度ベッドで上体を起こしているだけの己の膝の間に落ちてきたそれを避けたり驚嘆したりすることもなくぼんやりと眺めているのでため息を漏らし首を振った。


「あと5分で出るぞ」

 挨拶をしに行かなきゃならんだろうがと暴発している頭を梳かそうと己の手荷物から櫛を取り出し、アルマの長い濡れ羽色の髪に手をかけた。

 ゆるりとカールする毛先はまだしも頭頂部付近で跳ねている寝ぐせに悪戦苦闘していると、ようやく脳が覚醒したのか「ぐぇ?……あ!ヘンマン卿!」とサイラスへ頭を向けた。

「……すみません」

「おー……」

 今の今まで年下である男に世話をされていたという事実に気づき、恥ずかしさからか若干頬を染めて礼を言うアルマと、ばっちり見合わせたおかげで照れが伝染したサイラスは、それを誤魔化すかのように生返事で返した。



 櫛をしまうサイラスを後目に、緩めていたブラウスの首元をしめて付属の黒いリボンタイで括りつける。

 この部屋に鏡はないし化粧をする時間もないがまあ見れる程度にはなっているはずだ。

 服は冒険をせずに白と黒でまとまっているし、なにより前世の自分より若くて顔もスタイルもいい。若さは正義である。

 ピーンナに数時間連れまわされたものの買っといてよかったと過去の自分に感謝をしつつ、リピズスのマントを羽織ればただの少女からそれなりの魔術師へと変貌した。

 カンテラとロッド、そして愛用のポーチを腰のベルトに取り付けて、荷袋の口を締めベッドに放るとサイラスへと声をかける。


「お待たせ、よろしくお願いします」

「まかせろ」

 少しだけ緊張した面持ちで、多少どもりながら「こんなところ、で!…っ友人を放り出すほど薄情な人間じゃないし」と続けたサイラスに、黙ったままにこりと笑みを返したアルマは後を追う。

(サイラス、私のこと友人だと思ってたのかー)

 親友達以外との関係が軽薄な一般社会人生活を営んできたアルマは友人とはもっと長く付き合った深い仲のことだと考えていたが、相手がそう思っているならばと知人枠にいたサイラスの立ち位置を彼に合わせて友人枠へとひっそり置きなおした。

 一方通行が悲しいのは世界や立場が変わっても変わらないだろうし。


(まあ彼のことをチョロインって言われたら否定出来ないよなぁ、私。二度目ましてで友人にするのは本当に危ないんだからね)

「詐欺に気を付けるんだぞ」と老婆心が口から零れ、音になってサイラスの耳に届いたがサイラスは不思議そうに小首をかしげただけだった。






 朝霧で湿って黒く染まった石畳を踏みしめ街のはずれへと赴いたアルマは目の前の重厚な門と厳重な装備を身体に巻き付けている警備隊の人間たちに槍を向けられ、入れてきたばかりの気合が漏れ出てしまった。

 しおしおと枯れ花のごとく小さくなっていくアルマの心境なんてものともせずにサイラスは自分の冒険者登録証を取り出した。


「要件は」

「私はアージエのサイラス、こちらはポタムイの魔術師アルマ。ポタムイギルドのロッシから連絡が行っていると思うがヘンマン卿にお目通り願いたい」

「照合します」


 一人称を堅苦しく私に変えたサイラスが後ろで昨夜みたいにジャケットの裾をつかんで隠れようとしているアルマを促す。

 数秒ごそごそとポーチを漁ったあと、荷袋から付け替えていたバッジをサイラスの脇の下から腕を伸ばして差し出した。

 バッジ上に翳された機械の照合音が小さく響く。機械を持った警備兵が奥に引っ込んだのを見てアルマはサイラスの脇の下から腕を抜いた。

「もっと堂々としろよ」

「槍向けられてできるわけないじゃん……」

「次の瞬間攻撃されたら私絶対避けられない」と己の反射神経のなさを言い切ったアルマに「アレでテスト合格しておいてよく言う」とサイラスは喉まで出掛かったが、そういえばヘイトは己に向いていたんだったなと思い出し閉口した。

 第三勢力の不意打ちなんだからそりゃ攻撃を食らうわ。

 未だ戦闘能力が未知数な魔術師に対し、仕方なく庇ってやるかと引っ付かれたまま待機していれば奥から戻ってきた警備兵が手首を一度外へ翻すジェスチャーを見せる。

 重厚な音を立てて重たい色をした金属製のこれまた巨大な門が開かれ、槍を構えていた警備兵達は道の両端へと戻った。


「どうぞ」

「要件が終わったらそちらまで連絡して頂くかと」

「畏まりました」


 頭を下げて見送る兵士の横を抜けるサイラスの後に続き、ありがとうと一言だけ会釈をしながら追いかけていく。



「代理、今からそちらに例の魔術師が参る予定です」

「よろちい。……いいわね?今日は他に誰もいれちゃだめよ!」

「畏まりました」


 重く暗い金属の扉の先へと進んでいった彼らを見送った警備兵の持つ小型無線通信魔道具からはくふくふと独特な少女の笑い声が響いていた。





「サイラス、領主って街の中心とか……せめて障害物のない広い通りに面してるとこに居住するものじゃないの?」

 街のはずれとか通り越してもはや森なんだけどと鬱蒼とした草地を己の腰から取り外したカンテラで照らしながら進む。

 手入れのされていない木々は好き勝手に枝葉を伸ばし、行く手を阻んでいるのを避ける為中々体力を使う。

 かろうじて地面に転々と埋まる石のレンガが良心か。原生林ですらもっとまともに人の手が入っているだろう。

「サイラスのご実家もこんな感じなの?昔一度行ったきりなんでしょ、騙されているのでは?」と心配するアルマにヘンマン城が金が無限に湧く特殊な場所なだけだと返す。


 事実、ザルートルのミランダの城も己の実家であるアージエ城もデカさのせいで邪魔になるからと中心部にはないものの、しっかりと通りに面した場所に作られていたし、ロッシの家は城とまではいかないがそれなりに大きな建物であり町一番の大通りに面していた。

 ……ちなみにザルートルよりも巨大なアージエ城だが、現当主はともかく作られた当時は力の誇示というよりは防犯面に関する設備の増加に伴う増築やら研究施設の充実さ、そして使用人の生活の質向上を求めて勝手にでかくなっていったので維持費がままならないが仕方がないとあきらめてカツカツの生活を送っている。サイラスが金策の為に火竜カーネリアン討伐を目論み、アルマの倒したブラッドベアの魔石を渋った理由であった。



 無限に湧くなどと金の話をしたからか、「サイラスのご実家ってミランダさんとこみたいじゃなくてロッシさんの家みたいな感じ?」と実に失礼な勘違いをしているが、アルマの質問には関係がないので首を振って捨て置く。城に関しての造詣の浅い奴に今反論したところで「ふーん」で終わるだけなのは考えなくても想像できた。ついでにロッシも非戦闘員となる使用人枠を極限にまで減らしたからあのハコモノになっているだけで本来は小さくとも城を持てる身分であるのだが、まあ己は関係がないので勘違いをさせたまま放置するべきか。何かあれば本人が否定するだろう。



「ヘンマン城は精霊達の庭だ、彼らの許可なく移動はできないしそもそも精霊は生態的に人工物を嫌うと言われている」

 安置で外へ顔を見せることのない精霊使い以外で精霊と話せる人間も聞いたことはないから真偽のほどはわからないが。

 サイラスの言葉に頷く。確かにいくつかのゲームでも精霊だの妖精だのは人の手の入ったものを好まなかった。

 そう考えれば領主だろうと不便な立地なのは仕方ないなと納得できる。

 湿った土を靴の底に貼り付けながらサイラスの後を追った。



 街と森を隔てていた金属製の巨大な黒い門より薄い壁の建物が木々の間から見え始める。恐らくあれが城なのだろう。

(想像していた城とはずいぶんかけ離れた外観だな……)

 城といえば城ではあるがどちらかというと……、否。明らかにザルートルのミランダのところの方が城に近い豪華さがあった。

 装飾の一切ないシンプルなブルーグレーの壁に黒い窓枠がちらほら見えるがアクセントといえばそれとたまにはみ出ている丸い柱のみ。

 まるで巨大な独房ではないかと錯覚する遊び心のなさに絶句していればギギィと正面に位置するこれまた重たそうな両扉が動き出した。

 即座にその場で頭を下げたサイラスに慌てて真似をし視線をつま先にやる。


 この世界の常識のない自分でもせめて初見は粗相のないようにと冷や汗を垂れ流して十数秒、その場に待機していた己ら二人の頭上から可愛らしい声が響いた。



「よく来た、面を上げるのじゃ!」

 のじゃロリである。

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