ヘンマン領都②
ザルートルでは街長であるミランダたちに素のままでも穏やかに迎えられたので、先ほどのように囲まれ、しかし一定範囲以上は近寄られず、奇妙な……まるで犯罪者を見るような目つきをされるとは思っていなかったのだ。
今後はもっとこの世界の魔術師らしい振る舞いを身につけなければならないのかもしれない。
萎れたアルマがサイラスのジャケットを握りしめながら軍馬の腹に顔を埋めて歩く。
進みにくそうにしているが調教をクリアした軍馬は蹴り飛ばすこともなく、またサイラスもそれを知っているので放置していた。
「怖すぎる……、普通に過ごしてあんな目向けられるならもう魔術師やめる」
「早い早い」
厩舎側の受付を済ませて軍馬を中に収納しているサイラスがネガティブになっているアルマを「冒険者登録して二月位しか経ってねえじゃねえか」と適当に往なす。
案内された仕切りの中、今しがたセットされた新しい藁の香りに待ってましたとばかりに飛び込んで寝始めた軍馬を名残惜しそうに離れたアルマを連れ宿を取る。
宿の間接照明の暖かな光に少し気分を取り戻したのかアルマに余裕が窺えるようになったのを見て、サイラスは内心胸を撫でおろした。
自分と行動したおかげで唯一の魔術師を失ったとなれば戦争回避に走っている現在の行動がすべて無に帰す。
ヘンマン領と喧嘩しても今のアージエには勝てる見込みがないのだから……。
「部屋めんどくさいから一つで良いよな?」
「なんでもいいよ」
思春期ならいざ知らず、残念ながらアルマの中身は立派なアラサーなので気にするほど初心ではない。
元来そういったことに興味を持てないタイプだったので他者から見れば枯れているとまで揶揄されたこともある。
(まあワンナイトするにしろ5歳以上年下の子となる気はさらさらないし……)
自己の年齢をやはり精神面で換算しているアルマには考えに至ったところでその選択肢はすぐさま除外されてしまうのだ。彼は親戚の男の子と同じ分類であった。若干他より可愛がりだしてはいる。
対するサイラスも軍務経験中に何度も男女同室になったことがあるしアージエの虎でも別部屋を取ることはなかったので耐性があった。ひっそりと、領主になるまでは種をばらまかないと己に制約をかけているのもある。
ーーのでちらりと二人を見た後、宿の人間に「ベッドの数は?」と聞かれたことにそろって首を傾げた。
「いや二つ……」「いりますけど……?」
二階の一室の鍵を手渡され、サイラスに続いてグレーの堅い板で出来た階段を登っていく。
馬を預けた厩舎部屋の番号も提示しなければならない為割高ではあるが壁に掛けられた絵画や花瓶は中々見ものであったし旅客を意識した内装ではある。
だが領都ヘンマン市はザルートルと違い豪華さのかけらもない。
ザルートルが汚れと手入れの度合が目立つ白を基調として固められているのに対し、ヘンマン市は実にシックだ。
雨の色をしている外壁にそれより薄いブルーグリーンの内壁。ダークウッドの家具一式。
デザイン性のある複雑な見た目でもなく、装飾なんて木目調のみの素材を押しだした無骨な部屋をアルマは一瞬で好きになった。
我が家でまだ遊びつくしていないので、いっそのことサイラスと帰りにでも家具をここで見繕ってもらうかな。俄然楽しみになって来たと考えていたアルマの腹が再びがなる。
「お前の腹の虫をそろそろ止めに行くぞ」
「あ、うん。どんなご飯があるかな」
これはおいしいから絶対おすすめとかってある?不味いから一度食べてみろってのもいいけど……と食い意地の張った前世の民族並の質問を投げてくるアルマにこの世界産のサイラスは呆れ「不味いもんをわざわざ食べたがるなんてイカれてるのか」と目を細めた。金出すんだから美味いもんを食えよ。
一応領主としてそれなりの地位と見栄を外部に見せなければならない為に実家ではシェフを雇っているサイラスは知らない。
このどんくさい物知らずの女はその空っぽの常識をあえて利用し、ポタムイの婦人たちから教えてもらったレシピだけで飽きたらず名前の知らない食物を適当にぶっこんで自己流レシピを開発していることを。
そして前世でメシマズではなかったにも関わらず食べ合わせの悪い食料とやってはいけない加工法をフルコースにして何度も腹を壊していることを。
社畜で体力がなかったから出来合いのものを買っていただけで本来はそこそこ研究者気質なのである。
今は市場に出回っているものだけ使っているがそのうち野生の魔物や毒にも手を出すと断言できるだろう。
そこまで感じ取った……なんだかんだで世話焼きのサイラスは定期的に生存確認に行くことになるのだった。
実に面倒くさいことである。
一階の大衆食堂で一品目すら決めかねているアルマを無視して注文したハーピィ肉のスープを口にする。
アージエのシー・サーペントのスープより薄味だが精霊の泉近辺でしか採れない魔素の濃いハーブの花弁が、兎肉やコボルト料理より幾分も値段が高い分彩で楽しませてくれる。
フランがいないと糧の出費が嵩むなと啜れば同じものを勝手に注文されたアルマが唇を尖らせて「これ何の肉?」と問う。
「ハーピィ、食感から言ってモモ肉だな。胸肉はもっとサクッと歯が通る」
「食レポの方??」
カトラリーで何度かつついた後、見様見真似をする子供のようなぎこちない動きで口にし始めたアルマを見て、付け合わせの炒飯を流し込むように腹に収める。
実はアルマより断食時間が長かったのである。慣れているとはいえ腹を空かせていたことには変わりない。
アルマに見せていたキャラとは逆へと突き進む見栄を捨て去ったその動きをぽかんと口を開けおっかなびっくり見つめているアルマに目を細め、「移動中に睡眠取らせたがなるべく休んどけよ、明日一番にヘンマン城へ向かうから」と返した。
「あ、うん。サイラスって大衆食堂だろうともっとお上品に食べるのかと思ってた」
「冒険者が飯時に時間かけてたら死ぬだろ。アージエ領か領主代理の仕事でしかやらねーわめんどくせえ」
「どんどん口悪くなってくじゃん」
明け方のポタムイでの不遜な言動から一変し、己の知る20代相応の態度で接しだしたサイラスをアルマは笑んで迎えた。
きっと、あの日あの時のブラッドベア戦時が彼の素なのだろう。
今しがた彼が口にしたように自領では相応の振る舞いをしなければならないのだ。
ポタムイでのあれも抜け切れていなかったか、はたまた仕事という括りで自分を偽っていたのかはわからない、が……。
(慣れてくれたんだと喜んでいいよね?)
知り合い以上、友人未満の名前も付けられない関係ではあるが、彼は今確かに一枚皮が剥がれていた。
彼の仲間に接するような態度で己へと話しかけてくれたのだと気づいたのである。
いずれ共に冒険とかできたら楽しそうだなぁなんて夢想するアルマを己の皿を空にしたサイラスが眺める。
「ヘンマン卿への謁見と精霊の泉への挨拶は晴れた明け方の日が顔を出すころから朝露が蒸発するまでの時間と限られている。俺の用事より先に挨拶を終わらせるべきだろう。寝坊したらその分無駄な時間を過ごすことになるからな」
「了解、服とかそのままでいいかな」
一応ポタムイで流通しているものではなくザルートルで購入した見た目重視の服装を持たされてはいるが、ただの小綺麗な服というだけの物。
サイラスの普段着にすら正装感は劣る。カフスにすら装飾がなされている彼と並べばどちらがその儀式へと出向くのかわからなくなるだろう。
鏡を見ればリピズスのマントだけが布自体に重厚感があり浮いて見える。
ブーティの中でつま先を握ったり開いたりと遊ぶ。ポタムイでは他人を見たところで正装なんてものはないしザルートルでも鎧しかわからなかった。圧倒的にそういったTPOを弁える為の知識がないのだ。
不安そうに経験者に問えば「相応だろ?」と鼻で笑い飛ばされた。おもわずテーブルの下で脛に蹴りを入れる。
「あら、ごめん遊ばせ!」
「この……ッ」
突然の衝撃に脛を抑え、座ったまま器用に蹲るサイラスに聞こえないほど小さく「ありがと」と零したのであった。




