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カーネリアン

 人がようやく通り抜けられるほどの隙間から風が吹きこんでくる。

 生き物の音は一切しないものの、手前の部屋に火竜がいたことを裏付けるかのような熱風だ。

 じりじりと肌を焼かれる不快さにも関わらず、汐音は15分ほどうずくまって考えていた。


 インストール中に2窓して漁っていた本家と関連サイトにはそんな情報一切載っていなかった。

 夢の私は妄想逞しいなぁと笑い飛ばしたいが、明晰夢とは熱や空気感をここまで過敏に情報として取得出来るものだろうか。一度疑ってしまったせいでこの懸念を捨てきることができない。


(ゲームをやらない人間だったらこんなこと考えずに済んだのに)


 ローブからカンテラを取り出す。彼らの話通りなら死霊魔術師を名乗っても良いことはないだろう。

 かと言って、MMOの世界が元なら次の冒険者がやってくる前に門番は復活してしまうはずだ。行き止まりでヒッキーしたらきっと詰んでしまう。

 夢だろうと殺されるのは御免だが餓死もしたくない。


「途中でアイテムが落ちてたら拾いながら洞窟から出よう、そして食料を集めよう」

 この夢が覚めるまで。不安から逃避行する為に呟けばカンテラの中でカランと音が鳴る。誰の魂なのか知らないが同意してくれるらしい。

 例え人間じゃなくても味方になってくれる奴がいるのは心強いなと汐音は裸足で割れた石畳の上を進んで扉の隙間に身体を滑り込ませた。案の定自分では開けることができなかった。死霊魔術師は筋力が弱いイメージが先行しているのかもしれない。


 石畳なのは神殿の部屋だけだったらしい。壁と同じ岩肌がむき出しの素足に痛みを与えてくる。

 ツボ押しと化した通路にひんひん泣きながらしばらく進むと開け放したままの大部屋にたどり着いた。


 一定の間隔で吹きこむ熱風。

 大部屋の真ん中には解体し、素材にならないと判断され残ったらしき火竜(ドラゴン)の屍があった。


(これもOPで見たドラゴンだ)

 私の頭はネタ切れなのだろう。見たものを夢で生成するだけの機関となってしまったらしい。

 陳腐さにワクワク感を殺された私は苦笑した。苦笑したままの顔で固まってしまった。


「……死霊魔術師か」

「ヒエッ」


 耳を撫ぜる音に全身の毛を逆立て、手に持っていたカンテラを落とした。

 スピーカーのようにカンテラの中から呼びかけてきたソイツに後退って距離を取る。後ろを確認しなかったせいで通路に戻れず背中が壁に当たった。


「最後の死霊魔術師が700年前か?転生とはずいぶん時間がかかるんだな」

 おかげで私は死体になってしまったと笑う。

 流れから言って目の前のドラゴンなのだろうが死んだのに随分と陽気だ。胸熱展開、死んでなかったよ……。


「私はようやく守り人である門番から解放されるんだ。喜べないわけがないだろう」

 屍はピクリとも動かない。カンテラのオーブが揺らぐだけだ。オーブなら自分に害はなかったはずと心を落ち着かせて倒れたカンテラを地面に立てる。

 ドラゴンとはどのゲームでも高位の存在なはずだ。最低限礼儀を整えたいが岩肌のせいで正座はキツい。

 足を崩す許可をまず得ようと背筋を伸ばした。


「良い、私は死んでしまったからそれほど時間があるわけじゃないしあやつからの伝言も伝えねばならぬ」

「心読まないでいただけますか……」

 せっかく気合を入れたのに軽く削がれ、がっくりと肩を落とす。ドラゴンは始終楽しそうに笑っていた。


「さて先に自己紹介と行こうか。私は火竜カーネリアン、お前の身体の持ち主の友だ」

「話が全然見えてこないんですがドラゴンじゃなくて火竜なんですね…。私は佐直汐音、会社員です」

「珍しい名前だな、故郷はどこだ?」

「日本というところなんですけど…多分ここゲームを元にした私の夢の世界なので知らないと思いますね」

「ふむ、待っていろ。情報を取り寄せる」


 どこから…なんてツッコミを入れる事も出来ず、ただ「はい」とだけ応えて待機する。

 手持無沙汰になってしまったが相手先を待つのは会社のおかげで慣れているのでオーブの揺らぎを観察して潰す。

 数分後「草」と笑い出した火竜ことカーネリアンにドン引きした。ネットスラング覚えてきたんですけど……。


「大体の事情は貰った」というカーネリアンに「誰に!?」と言うツッコミが喉元までせりあがってきたが、次に出てきた彼の言葉にツッコミを入れる余裕など霧散した。

「お前、急性アルコール中毒で死んでるな」

「いやいやいや」

 夢でしょこれ、死因が情けなさすぎるのは私の妄想力の限界なんだろうけど。

 そう笑い飛ばそうとするのにカーネリアンの声はただ冷静で。

「確かめさせる術が私にはないのがなぁ」と申し訳なさそうにぼやく彼には嘘をつく理由がないのだ。きっと真実なのだろう。


 信じられない、信じたくない、信じるしかないのか?

 変異していく汐音の心情を読み取り、黙っていたカーネリアンは「顔をあげよ」と優しい声色で告げる。


「私の名を付けた友…リピズスは転生を幾度と繰り返し神になると言っていた。700年もかけ幾度も星を渡り、お前の世界に辿り着いた。そして私が死んだのを知り同時刻に死にたてだった魂を霊界への通路として送ってきたと言っている」

「ねぇカーネリアンさん」

「文句を言いたいのか?だがお前はわが友がいなくても死んでいた」

「確かに勝手に死体というか魂を弄られたクレームはしたいですけれどそこじゃないです」


 いますよね、カーネリアンさんのそばに。

 ちらりとオーブの後ろに薄ぼんやりとした炎が増えたのを確認している。どうせなら本人に説明してほしい。そう願った私を見ながら「お前が思ってるより観察スキル高かったな」とカーネリアンさんが笑った。

 揺れる小さな火の玉の返事をじっと待つ私に観念したらしい。かき消えそうなほどの存在感だったそれは半透明の人型を取り始めた。


「みたいの?自分の死骸を」

「まだ夢だと思ってるので。踏ん切りをつけるために是非お願いします」

 それとも私の魂はすでにこの世界に定着しちゃいましたか?

 カンテラの横に立つ少女に微笑む。

 はっきりと話されたわけではないが、死にたてのカーネリアンさんの魂を連れていけるなら同時刻の私でも出来ないはずはない。

「大変だ、賢いよこの子」

「だから言っただろう、連れてきた魂には責任を持ちなさい」


 ペットじゃないんですけど、と心の中でツッコミを入れていると少女は「カーネリアンが怒ったから説明も私がするね」と頬を膨らませながら汐音の両手を握りしめた。最初からそうしてほしかったな。

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