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 腕を引き、自慢の街並みを進むピーンナはアルマを見やり娼婦だった頃の己の過去を思い浮かべていた。

 ピーンナは帝都中央部の地下大水道にて構成されたスラム出身である。


 そこは決して住み心地が良いわけではない。

 暗く湿った空気に下水の臭気、果てはこの環境を好むスライム等の魔物と日々縄張り争いまで起こる始末である。

 それもひとえに隅々まで整備された煌びやかな都市の中で唯一無料で水を補給できるのがこの地下だったから。かくして、ただそれだけの理由で迷宮のごとく入り組んだ下水道内を無限に拡大して出来て行ったのである。

 スラムに屯する者は何も資産のない者だけではない。

 指名手配犯、売人、薬中、工作員、孤児、etc……。

 そんな闇鍋状態だったせいで、地上に出るやつは治安部隊に掴まるか、大抵人買いに売られていくのが理由となる。なのでスラム以外の世界を見たことがなかったあの頃のピーンナにとって地上に希望を見いだせなかった。下水のスラムで暮らすのが当たり前だった。


 彼女が初めてそのスラムを出たのは10をようやく過ぎたころだった。

 犯罪者であった両親の仕事で足がついて、自分たちが逃げる為に取引として持ち出されたからである。

 スラムの人間にしてはそこそこの顔をしていたピーンナはハリボテの安っぽいムード溢れる部屋の中で人買いに初めてを取り上げられ、幾度目かの人買いの元で客を喜ばせるための全てを仕込まれた。




 娼婦であったことは事実である。ピーンナはその過去を誇りはしないが否定もしない。

 スラム出身だったおかげで高級娼婦にはなれなかった為、雁字搦めな生活を強いられなかったのはピーンナの人生においてとても大きかった。

 生きることで必死なスラムと違い、懐に余裕のある地上の男は着飾ればチヤホヤしてくるのだ。

 上手におねだりをすればタダで物をもらえるのである。最初は高級なお土産目当てだったピーンナは次第にカワイイ物を身に着けるのが趣味になっていった。

 己に入ってくる金では綺麗な高い物は買えなかったし、そもそも気に入ってくれた相手が豪華なものは勝手に貢いでくれたのでわざわざ吟味する必要がなかったというのも手伝った。

 だからこそ煌びやかなものではなく、地上のませた女児が親に強請る様な……、営業では成績に響くせいで持つことが許されない砂糖菓子のような可愛らしい物ならば己の給金であろうと手が届くのではないだろうかと憧れるようになっていったのである。

 囲われている高級娼婦と違い家賃以外の生活費を工面しなければならなかったピーンナは貯金をし、されどその店頭にディスプレイされている商品を買うことはならず、指をくわえて見ているだけだった。

 そんなあの時の己の顔と同じく、もの欲しそうな顔をしているアルマをピーンナは捨て置けなかったのだ。



 自分の給料が説明もなく天引きされており、その行く先を辿れば己を売った両親に横流しされていると解り怒り狂ったピーンナは、店を抜け出しスラム時代と娼婦で鍛えたスキルを駆使し。そして、二人に復讐し……。

 殺人鬼として断罪され首を切断される寸前の諦めた命をミランダに犯罪奴隷として拾われたあの日までを走馬灯のごとく思い描き。


生活の質を落とさない(お洒落を我慢しない)の」

 ミランダと同じことをアルマに向けて放った。






 アルマは笑顔だった。

 元来も表情変化が豊かではなかったが、魔素体に半強制で転生後はさらに表情筋が動かなくなったと己ですら感じている程であった。

 己ですらそうならば周りはもちろん見たことなどない。既に「ミランダによってザルートルに召集された表情の変わらない魔術師の少女」と噂が回りきっている街の人間は思わず踵を一歩引いてピーンナとアルマに道を譲った。


 スライムに向けたような歪な笑顔ではなく、純粋な喜びを顔に乗せていたのである。


 アルマは我慢していた。

 アラサー素体(佐直汐音)ならばここまで面倒くさいことは思わなかった。

 着飾っても限界があることはよくよくわかっていたし、素体の年齢的にも冒険は出来ない。

 年齢的に合わないこともある、周りの目が気になる性質だったので奇抜を気にしない親友達ではなく既婚者の友人達に合わせもした。

 そして何より運動をしていない体は筋肉痛に成りかねないのだ。


 だがこれは何ランクか容姿が上がったメイキング素体である。アラサーではないのだ。

 リピズスの身体を基礎として制作された為、見た目だけは完全に17の小娘なのである。

 シルエットは全体的に細めで緩くウェーブがかった黒髪を肩下まで伸ばし……。

 現在自分の身体なのでそう呼称するのは恥ずかしくなるし戸惑うが、表情筋があまり動かないおかげで皺ひとつないそれは美少女と属してもいいレベルであった。


 キャラメイキングではイケメンを作ろうと思っていたのに何をと揶揄われるかも知れないが、それはそれ。自分の入れ物だろうが見た目が優秀な素体を着飾りたいのはゲームを前にしていたころと一切変わっていない。

 リピズスが素体用に用意していた一張羅がそれなりに可愛かったのも意識の端でアルマを煽るのを手伝った。


 現在のアルマが持つ着替えは彼女がくれた一張羅のうちの泥塗れになって洗濯されているマント、ピーンナからもらったブーツ。そしてポタムイで購入した服である。

 前者二つは厳選されたものなので何も文句はない。問題は服であった。

 ポタムイはここザルートルと違って長閑である。田舎だともいう。

 火竜の縄張りに最も近い街であった為重要な産業を任せられなかったのも大きい。

 何かあった時のしっぽ切り用緩衝定点観測街なので商人の出入りもほぼなく、自給自足用に農業を主な産業としているので街の人間はほぼ全員肌が焼けていた。

 土に塗れ作業をする彼らはどうせ作業で落ちるしとがっつりと化粧をしない。

 稀に年ごろのおませな子が化粧をしているが、それも日中で自然と落ちてしまうような粗悪品をやってくる商人によって流されているらしく、化粧などしてもしなくても変わらないとの空気が蔓延しているのだ。

 化粧が出来ないとどうなるか。似合う顔を作れないので機能性重視の服しか出回らなくなるのである。


 アルマの肌は洞窟で暮らしていたリピズスが元になっている為白い。魔術師が浸透したポタムイでもそれだけで未だに目立つのでマント以外の一張羅をタンスの肥やしにしていた。

 無地のカットソーTシャツにデザイン性のないパンツを合わせ、サンダルやらで街中を練り歩いてようやく人の目を免れるレベルなのである。


「せっかく珍しい黒髪なんだから色味をそれに合わせた方がいいわね、ここからここまで試着します」

「魔術師さんもピーンナに掴まって災難ね、でも服はもっと良い物を選びなさい」


 だから今こうやってピーンナとザルートルの服屋の店員に見繕われて交互に着飾らせられている間も箪笥の肥やしになるんだろうなと諦めていた。

 アルマの表情の変化に目敏く気づいたピーンナが怪訝そうな顔で問いかけたのも自然な流れだったのだ。





「下地が合わないなら一度ポタムイ全体を更地にすればいいだけでしょう?」

「規模が違いすぎる……」

 大体人の意識っていうのはそう簡単に変わらないもので数年かかることを頭に入れて作戦を立てないと……とデモデモダッテを口にしたアルマに、ミランダに見繕ってもらい一瞬でスラムを出歩けないほどに、男に己を好きに着飾らせていた娼婦時代を黒歴史にするほどに意識改革をされた覚えのあるピーンナは「一日も掛からないわよ」と鋭い目のまま笑んだ。

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