寄生スライム②
ピーンナに沼の近くまで送り届けられた後、契約通りにスライムの間引きをしていた己を襲ったのは、今まで間引きしてきた彼らより数倍は大きなスライムだった。
報告書に端的にまとめ上げた内容をなぞるように述べていくアルマへと、紙面から目線だけをあげてちろりと伺ったミランダは淹れさせた紅茶を口に含みながら魔術師の能力を測定するために脳内で情景を再生していく。
冒険者ギルドで発行されている初心者用魔物図鑑ーー通称、魔物一覧書ーーには他の魔物はともかくスライムに関しては数ページに渡って割くほどの詳細はない。生息地の条件、種類、特性程度が最低限まとめられているだけのお粗末な項目となっている。
何故ならスライムは大抵の人間が人生で最初に倒す魔物だからだ。
基本水辺で人里に近い場所にコロニーを形成するため下水から這い出てくる確率が高く、水回りの掃除をしただけでも小さなスライムは水道管を登り対面することになる。皆物心ついたときには日常生活で回数を熟し冒険者であろうがなかろうがスライムは狩れるようになるのだ。
スライム自体は決して弱い魔物ではないが通常即効性のある決め手を持たないので処理時に攻撃されても医者に掛かれば良い。
だからわざわざ魔物一覧書や付随する書物にに対処法などが載ることはないし、スライムを研究しようとするもの好きも現れないのだ。
まあそこを逆手に取ったのが中央の軍事研究所なのだが……。
ヘンマン領は湿地も多いが火竜の影響下にあったので比較的温暖傾向な地域であること、そして洞に近ければ近いほど魔物の強さは段階的に上がる為、即効性の武器がない魔物は自然と淘汰されることになる。
スライムはポタムイであれば物好きが飼育しているレベルでなければまず見ない魔物なのだ。
案の定今日初めて見たらしいスライムを語る度に顔をしかめていたが、あの内臓の透けた胴体を初めて目にして全く反応しない方がおかしいのである。
魔物に中々対面する機会のない貴族とほぼ同じような表情だったので、火竜の洞のある山で引きこもっていたというロッシの報告に漠然とした疑問を抱くもほぼ間違っていないようだとミランダはふと湧いたその考えを一蹴して足を組みなおした。
笑んだアルマは周りを見渡す。
未だ制限時間内であるらしく誰もこちらに向かってきている様子が伺えない。
いきなり手駒を全て殺されてしまったことに慌てる姿を一瞬見せた後すぐさま第二波を送り込もうとするスライムの真正面で目尻を下げ、人前ではしてはならないほどに酷く顔を歪めていた。
今アルマが使っているのは死霊魔術だ。
予想通り、スライムに効かなかったはずのそれが操られているワーグ達には効いているのだ。
アルマはポタムイでルーティンワークを熟して誤魔化すための威力度外視の派手めな魔術の修行をしたり、同時に死霊魔術も行使出来ないかと試行錯誤し割かしのびのびと暮らしていた間に死霊魔術が効くのは命あるモノと命あったモノなのだろうと予測を立てていた。これはポタムイでアンデッド狩りをしていたころに出くわした森の少し奥まった場所に生息していた植物系モンスターにも効くことが解っているからの推測である。
そしてどうやらこの世界のスライムは生き物という括りから除外されているようだ。最近のゲームでは中々見かけなかったが恐らく無生物と言う属に配置されるのだろう。
そこまで考えてふと気になることをぼやいていたのを思い出した。
「魔石を回収しようにもいつの間にか死体ごと消えている」と言っていたのだ。
リピズスが与えてくれた知識の外の話ではあるが、遠征までの期間はアルマに経験則という知識を与えてくれていた。
生命力である魔石を回収し、肉の器だけがその場に残れば魂はオーブへ。
魔石を回収し、肉の器に魂が入り込めばゾンビへとこの世界では変化するのである。
肉の器が操られているだけかと思っていたワーグは神経伝達器官を乗っ取られ身体を動かしているアンデッドのゾンビであるのではないかと予測が出来た。
そして、入れ物とは違いアンデッドになったモノに対しては死霊魔術は効果がある。しかも特効なので即死だ。
手駒のいなくなったスライムなど取るに足らない。
(これがチートでゲームバランス崩壊させてる奴の気分かぁ…)
救助を待つだけのジリ貧だった戦場の風が一気に自分の背を押してきたことでアルマはばしゃりと足元の泥を跳ねさせ仁王立ちする。
泥だらけのロッドを拾い上げ腰のベルトに差し、同じく泥だらけのカンテラを頭上に掲げカランと乾いた音を鳴らしたのだ。
爆竹のように炎をはじけさせ渦を形成する。
指のような触手も、アンデッドになった状態で操られていたワーグ達も。
黒く偏食した肉が腐り落ちている状態でこちらに向かってくる人だったものも。
全て同時に焼き尽くした為戦意を喪失した対象を捉え処理したと〆められた報告書にミランダは目を細めた。
「間引きで依頼したのだけれど、加減が効かずにほぼ全滅ってことね?」
「ギッ……、すみません。目の前で解体したあの個体が強くて……」
短く奇声を上げ、目線をじわじわと外していき罰が悪そうに手遊びと言い訳を始めたアルマの身体能力を目の当たりにしているミランダは額を抑えた。
ヘンマン領唯一の魔術師を失う可能性があったことを再確認し今更ながら背筋に悪寒が走ったのである。
恐らくロッシがポタムイギルドの人間を巻き込んで彼女の能力値を偽造していると予測付けてはいたものの、体力はともかくとして戦闘力、特に解析能力が予想以上に高いのだなと己の中での議論を終結させた。
情報のない中で良くここまでたどり着いたものだと舌を巻くが顔には出さず毅然とした態度を取り続ける。
あくまでも主導権は自分の物であると無言のままに主張する。上の人間は部下の為に決して弱みを見せてはならないので。
間引きと偽ったが本命であった研究所産個体の討伐までしっかり熟されている。
彼女は黙ってしまったこちらの出方を伺いつつ祈るように膝の上で手を組んだ。
腰が落ち着かない彼女に、解析能力はあれどこちらの腹を見透かすほどの目はないと見てようやくミランダは「まあ」と口を開く。
「スライムの増殖スピードに困っていたのは事実、それにあの個体を倒せていなかったらザルートルまで森が拡張されていたかもしれないわ」
今回は不問と言うことで、依頼料金は規定通りお払いしましょうとミランダが一つ柏手を打った。
事実、廃街を呑み込みかけていた森の浸食が止まったのを帰り際に己が眼で確認している。
アンデッドに変化させた手駒を使い回収した魔石を長い年月かけて多量に食い変質したのではないかとミランダは考えていた。
最初は研究所の個体と同じく死体を貪っていただろうあの個体はいつしか寄生能力を身に着けたのだろう。
死体を幾重も動かせば嫌でもかしこくなっていくはずだ。
狩りをし子株を増やし、それらで沼地を徐々に増やして湿度をあげ、この森自体に手を付けたのだ。
沼の周辺だけ圧倒的な高さの木々が生息している理由もこれで理解が出来た。
頂点が見えない程に森の木々を成長させたということは、おそらく……。
(アレは生者にも寄生できるほどに変化していた)
間一髪で間に合ったのだと、ギルモの診断が終わったピーンナに連れていかれた魔術師の後ろ姿を目で追いながら身震いを一つした。
閉められたドアをしばらく見つめていたミランダはいつの間にか部屋の中に侵入してきたギルモを視界で捉えると、通信機を受け取り急ぎヘンマン城へと繋げたのだった。
仕事で疲弊してて間が空きました、申し訳ありません。




