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寄生スライム

(前世で受けたかったな、コレ)

 なんて針…というより鍼とコードで繋げていた機械部分を簡易消毒して仕舞うギルモさんを見ながら思った。

 まるで鍼灸治療のようなそれにかかれば慢性肩こりや座り仕事につきものの腰痛も直されていたかもしれない。いやきっと羽のように軽くなったに違いない。刺された先の血流が良くなっているのが火照る身体で解ってしまう。

 まあ、行く時間がなかったので一度も足を運んだことはないし針灸治療後の身体がどんな状態になるのかわからないのだけれど……。


 保険なんてこの世界にはないっぽいしというかそもそも入った覚えがないので結構点数行っちゃうんだろうか。

 手持ちそこまでないんだよなとトランクの隠し底にしまい込んでいる予備の財布の中身を思い出す。

 ロッシさん達に白目をむかれるほどの大金をカーネリアンさんはため込んでいたようだが死霊魔術を人に見せられないせいで弱い火の魔術しか使えない。今回だけじゃなくて今後も確実に苦戦するはずだ。時間が長引けば長引くほど負傷具合は増えていくだろう。


 生涯の医療費とかを考えると現時点で金持ちだろうがあまり余裕はないはずだ。

 情けないので思い出したくないが、なんだかんだで他者の役に立ててからの強制された第二の生を楽しんでいるので死因から孤独死、特に動けないままの餓死辺りは極力省いていきたいものである。


 まあでも治療はすでにされてしまっているので足りなければ取りに戻った後で払うしかない。

 足りなければ後払いだのツケだのにできるか聞こうと問う。


「治療費?ミランダ持ちですでに払われてるぞ」

 先に帰ってきて呼び出しをかけた時にすべて終わっていたらしい。えっ、つまり他人の金で医者にかかってしまったってこと?

「それはあの……、ありがたいんですけど契約範囲外では?」

「お前他のと性格全然違うけど魔術師なんだろう?手厚くしておかないとこっちの外聞が悪くなんだろうが」

(と、特権階級ゥ~!)


 煽てなけりゃ仕事も出来ねぇ餓鬼なんぞに頭を下げたくはねぇが被害妄想が激しい、贅沢を知った奴らに一度福利厚生を切ったと噂が回れば今以上に遠征を断られるようになる、と一応魔術師を名乗っている自分へ面と向かって嫌味を投げたギルモさんへと頷く。

 まあその辺はミランダさんから聞いてたり私の反応を観察して別物であると結論付けられたおかげなんだろうけど。


 この世界の人間からの印象が最低値を振り切ってる魔術師を情勢が変わっていたことに気づかなかったリピズスに勧められ安易に名乗ってしまったことに今更ながらも若干の後悔の念が沸く。

 ポタムイの人たちが暖かく出迎えてくれたのが打算10割だったかもしれないのが確定したら絶対泣く……。

 探らない方がいいわこれ。


 アルマは帰り支度を始めたギルモの愚痴をちょん切るために「ありがたく好意を頂戴させていただきます」と両手を合わせ頭を下げた。





 ギルモさんを見送り少しした頃にロレアさんが数人のメイドを引き連れて部屋へと入ってきた。

 一人は私のトランクを、一人はティーセットを、一人は書類とペンを、一人はもう洗い終わったらしい着ていた服を、最後の一人はカンテラとロッド、そして洗ってくれたらしいグリーヴブーツとベルトなどに吊り下げられるウエストポーチを手に次々と目の前の大きなローテーブルへと並べていく。


「お召し物はいかがされますか」と尋ねられ、結局同じものを着直すことに決めた。ローブを上から着ちゃうからどれでもいいんだけども。

 理由としては別の服にするとトランクに入るように詰める手間が出てくるの一点に尽きる。

 火竜の洞で命を燃やした冒険者たちの誰かが残したこのグリーヴは洗われて綺麗にされているのでもらったブーティの代わりに服を潰しながら押し込まなければならないが。


「……そういえばピーンナさんは大丈夫ですか?」

 風呂での外傷回復術によってどのくらい治ったのか注視していなかったので外見を人一倍気にする彼女の肌がどうなっているのかわからないのは不安だった。

 それに自分と接触していたから微弱ながらも麻痺は起こっている可能性まである。

 さっさと着替え、書類を安全圏へと取り出してからグリーヴをトランクへと押し込みつつ尋ねればロレアさんはニコリと意味深に微笑んできた。まあ大丈夫ならいいんだけれども。

 そうですかと答えれば横から別のメイドが「まあミランダ様がこちらに来る前に寄って行かせていると思います、腕だけはいいので」と返した。

 私のせいで麻痺が残ったら……と思い戦々恐々としていたのでほっと胸を撫でおろしながら着替えと荷物をまとめ終え、持ち寄られた書類に目を通す。



(自分としてはハチャメチャにありがたいんだけど世界観ぶち壊しなんだよな)


 カリカリと、インクを付けたペン先から流れてくるのは異国の文字ではなく生前の日本語である。

 左から右へと増えていく文字を追えば追うほどに違和感を感じてしまうものの、ポタムイで私が書いた大量の報告書を見てきたはずのロッシさん達も未だに気にした様子はないからこれはギフトみたいなものなのかもしれない。

 もしこれで一瞬でも言語能力に疑問を持たれていたら、立ち位置が危うかったかもしれないと思い至り、一つ身震いをしてペンを置いた。

 ひとまず落ち着こうと淹れてもらった紅茶に手を伸ばした所で、満を持してとばかりにミランダが彫り物に金を落とされ出来た装飾のドアから入室してきた。



「治療はちゃんと受けたようね?痕も残らないみたいだし無事で何よりだわ」

「ええ、おかげさまで。ギルモ先生の手配までありがとうございました」

 ひと悶着あったけど、と心の中でぼやく。何も対応が出来なかったので方々への、主にピーンナさんへのフォローをしてくれと投げうった。


「アルマさん、今日は遅いし日程に余裕があるならあの子が部屋を用意しているから泊まっていって?……あとそれとは別で、報告会が終わったらピーンナと少しお話して欲しいのだけれど」

 しかし投球先のミランダによって笑顔で読心の後即座に打ち返され、アルマは音を出さない静かなため息とともに肩を落とした。

「承りました、まともにお礼も言えてないので後程……。報告を始めたいと思います」

 優雅にソファーへと腰を下ろしたミランダの前へ先ほど己が書いた報告書を相手側に向け卓上を滑らせる。


 アルマにとって……、否。

 中の佐直汐音にとってその気遣いは普通だったのだがミランダは気づかれない程度に目を張った。



(本当に今まで見たことないタイプねぇ……)

 常識知らずな所はあるし節々に小さな違和感は感じるが、ごくごく自然に行われた行動は作られたわざとらしさすら見えなかった。それこそ機関の教育ではなく親の教えレベルで。


 中央で、日常的な派閥争いを乗り越え生き残った己の感覚は確かだ。

 いつまでも終わらない軍部内の冷戦に嫌気がさしたタイミングで送られてきたヘンマン卿からの打診に飛びついたのだ。

 ヘンマン領は当時、火竜という世界規模の災禍を抱えていた。

 いざというときの為に派遣要請されども中々冒険者や戦闘スキルのある者が居つかず、王国騎士団を派兵するほどの金も余っておらず、特出した名産もないので国も最低限の援助しかしない。

 唯一ヘンマン卿という生きた歴史がその地を管理している。ただそれだけなのだ。

 しかも卿は自領に籠り、子孫たちが影武者として卿の名を騙り表舞台に立っている。帝国内でもそほぼ知られていないそれを囲うような物好きはまずいない。

 ……まあなぜかただの軍医だったはずのギルモは彼の人のことを知っていて……。

 我関せずと宙に浮いていただけなのにいつの間にかミランダ派閥となっていたそれをまとめ上げ、他派閥との緩衝を減らすべく工作してから部下へ渡し、騎士団をやめ……、そんな過程を越えてようやく新ザルートルの都市計画代理人へ転職することが出来た私についてきたのだが。


 廊下で検査器具を手の上で転がし遊んでいたギルモにすれ違いざまに投げられた「白」という一言で騎士団の間者でないことは判別ついたのでこれから彼女の語る一言一言に気を張らなくても良くなったことは実に僥倖である。

 一応共闘している男からの首肯をもらえたのでアルマと名乗る少女への警戒レベルをほぼ皆無に落とし報告書へと流していた視線を彼女へと向けた。

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